第20話 〜約束と覚悟〜

「聖奈──!?」


 ──いや、あれは聖奈の声じゃない……。


 そもそも聖奈はあんな話し方はしない。だとしたら先程の声の主は……。


 ふとやった視線の先で、聖奈の肩にまとわりつく白い猫が目に入った。


「あら坊や──あなた良い匂いがするわ」


 ──っえ!?


 勇理の耳元で囁くような甘い声がしたと同時に、首元に柔らかいファーのような感触が当たる──聖奈の首にいた猫の姿が一瞬で消えていた。


「てめーーーフェレス!!」


 肩にいたムタリオンが怒りのこもった声をこちらに向ける──正確には勇理の首元にだが……。


 ピリピリと静電気のような音を残して、首元にあった感触が消える──同時に、一度視界から消えた猫が蒼白い光を放ち、再び聖奈の肩に出現した。


 ──瞬間移動!?


「あの猫は……?」

 

「あいつは神獣のフェレスだ──」


 ムタリオンは猫を睨みつけている。


「神獣ってことはムタリオンの仲間?」


 言われてみると、猫の背中にはフワフワの毛に覆われた羽のようなものが見える。


「あっ!? んなわけねーだろ、あんな極悪クソ○ッチ猫と一緒にすんな」


「やだ、なんて下品なのかしら──やっぱ下等な動物は振る舞いだけじゃなくて言葉も獣並なのね」


「なっ──!? てめー」

 

「おい──お前たち! 王の御前であるぞ。例え神獣とて言葉は謹んでもらおう」


 今まで黙って事の成り行きを見守っていた、二本の大剣を背負った戦士が注意に入る──腹の底にずっしりと響く、低音だが張りのある声。

 

「まったく調子が狂うのう……」


 カッサンドロスは、痩せこけてシワシワな頬をさすると、声を張り上げた──。


「オホン──!! それよりも陛下!! 兼ねてよりお耳に入れておりました、この者たちこそ、太陽教が誇る、人工ゴーレムこと太陽のゴレーム、そしてその聖痕者たち──」


「──!? 人工ゴーレムだと!! そんなの存在するわけねーだろ!!」


 ムタリオンはクリクリな目を見開いて、カッサンドロスの言葉に反応する。


「フンッ! 偉大なる太陽神を前に不可能こそ存在しないのだ!!」


 ──人工ゴーレム……ウェスタとはまた違うゴーレムってことなのか?


 勇理はウェスタの様子を伺うも、その表情からはなにも読み取れない。


「陛下──この度はご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じ奉ります」


 聖奈が、先程のゲルラと同じ言葉で王に挨拶をし、一連の流れで華麗に跪く。

 残りの二人も、彼女の動きに合わせ片膝を床につけた。


「其方が先の襲撃で闇憑きを退けたセーナだな。その働き、見事であった」


 レモス王は満足げに頷いた。


「さて──意図せずとも、こうしてインペリオンの精鋭が集まったわけだが……」


 王は王座からゆっくりと立ち上がると、天井から降り注ぐ光を一点に見つめた。


「闇憑きどもの動きは日に日に活発化している──光のオーブを擁するこの聖都インペリオンとしては、早急に対策を考えればならぬ」


「レモス王──その件につきましては、こちらのムタリオンの話しと、我々の推測から封印が弱まっているのは確実かと」


 ゲルラが王からムタリオンへと視線を移す。


「──ああ、天界でもテロスアスティアで不穏な動きを感知してるみてーだし、そう考えて間違えねーだろ」


「うむ──そうなると封印の儀を執り行う必要があるのだが……」


 レモス王は思い悩むように眉を顰めた。


「なにか問題があるようじゃな」


 ウェスタが何かを察したように呟く。


「我々も封印が弱まっていることを予測し、既に先遣隊を各オーブの守護者へと送ったのだが──未だに帰還した部隊は疎か、連絡すらも途絶えておる」


 張り詰めたような空気が王座の間に漂う。


 王の言葉通りなら、先遣隊はなにかしらの理由で連絡が取れない、もしくは全滅したかのどちらかだろうか……。


「いずれにせよ、早急に守護者からオーブを集め持ち帰る必要がある。ゲルラよ──インペリオンの民でない其方に頼むのは気が引けるが、先ずは西のエンポールに赴き、水のオーブを持ち帰ってはくれぬだろうか?」


 ゲルラは黙ってレモス王を見つめると、手にした槍の石突で床を叩いた。


「はっ! 闇憑きの襲撃を受け、彷徨っていたシャティヨンの民を保護してくださった恩──ここで返さなければ先祖に顔向けできませぬ。その命、このゲルラ・フラマージュにお任せください」

 

 レモス王はゲルラの言葉に力強く頷く。


「感謝する。其方が行ってくれるなら心強いことこの上ない──それと、ユーリ」


「は、はい!」


 呆然と話を聞いていた勇理は、慌てて姿勢を正す。


「先の話しの続きだが、破壊のゴーレムとの面会を許可する。ジーク──彼をシヴァの元へと案内せよ」


「はっ! 仰せのままに」


 大剣の戦士は右手の拳を胸に当て敬礼する。


「では、ゲルラよ──朗報を待っておるぞ」


「お任せください──必ず水のオーブを持ち帰って参ります」


 ゲルラは視線を下に軽く身体を前に傾ける。勇理もそれに倣って頭を下げた。


「ユーリ──破壊のゴーレムの元へと案内する。付いて参れ」


 ジークに促され、勇理はゲルラたちと共に王座の間を後にする。

 すれ違いざまに、勇理は聖奈の顔を覗き見た──その表情は冷たく、こちらのことなど視界に入っていないかのように、真っ直ぐ前を見据えていた……。



「ユーリとか申したな──」


 前を歩く大剣の戦士ジークが、唐突に勇理の名を口にした。


「スキールニル……いや、我が愚息が其方に迷惑を掛けたようですまない」


 ──!?


「えっ、もしかしてあの金髪──いや、あのひとはジークさんの息子さんなんですか?」


「──そうだ。スキールニルは剣の腕は立つが、頭に血が上りやすい性格をしていてな。ゆくゆくは私の跡を継がせ、王の剣としての役目を果たさせるつもりが、あのような人工ゴーレムになど……」


 どうやら、ジークは人工ゴーレムのことをあまり良くは思っていないようだ。


「人工ゴーレムとはいったいなんなのですか?」


 後ろで話を聞いていたゲルラが尋ねる。


「人工ゴーレム──カッサンドロスは太陽のゴーレムとか呼んでいるが、古代の禁呪によって作り出された核を埋め込まれたゴーレムだ」


「人間がゴーレムの核を作り出すとか、ウサギが逆立ちするくれー無理な話だ。そもそもなんだ、その古代の禁呪ってのは?」


 ──今、自分のことウサギって認めた!?


 勇理は肩のムタリオンを横目で覗く。


「私にも詳しくは分からんのだが、近年──深淵の谷で見つかった古文書を太陽教が解読に成功したようでな……そこに書かれてあったようだ」


「おいおい、深淵の谷は二千年前に封鎖されたはずだ──」


「……」


 ジークはムタリオンの問いには答えず、黙々とと歩みを進める。


「──!? おい、まさかてめーら……封鎖したとか嘘つきやがったのか!?」


「二千年前にどんな約束が交わされたのかは知らぬ……が、太陽教は秘密裏に深淵の谷を調査していたらしい」


「マジかよ……あそこを封鎖したのは理由があんだよ。クソがっ──」


「その古文書とやらを、妾たちに見せてもらうことは難しいのかのう?」


 ウェスタは、自身の三倍くらいの身長差がありそうなジークを見上げる。


「ウェスタ殿──カッサンドロスは厳重に古文書を管理し、誰にも見せることは無いと聞いている。内容を確認するのは安易ではないだろう……ただ──」


 ジークは考え込むように言葉を止める。


「……方法が無いわけでもない。息子──スキールニルのこともあるのでな。ここは私に任せてもらえぬだろうか?」


「うむ──だが、無理は禁物じゃぞジーク。知っておるだろうが、あの老ぼれタヌキは相当な権力を持っておる。狙われたらお主とてタダじゃ済まぬじゃろ」


「ご心配には及ばぬよ、ウェスタ殿──このジーク、いざとなれば太陽教を壊滅させてでも、古文書の中身を手に入れてみせよう」


「それはそれで現実味があって恐ろしいのう──」


 恐ろしいというより、ウェスタはどこか楽しげな表情を浮かべている。


「さて──そろそろだ」


 ジークの言葉通り、暗い廊下を抜けると少し開けた広間に出た。


 広間の奥に、魔法陣が描かれている扉が見えた──床には扉を中心に白く霜が降りている。


 ジークは扉に近づき手をかざすと、セバスチャンが城門でしたように短い呪文を唱えた。


 呪文に反応して、扉が内側へとゆっくり開かれる──。

 外との温度差がかなりあるのだろうか、開かれた扉から冷気を帯びた白い煙りが逃げ場を探すように溢れ出した。


「やけに寒いね……」


 薄着のゲルラは寒そうに肩をさする。


 部屋に足を踏み入れると、肌を刺すような冷気に思わず足が止まりそうになる──。

 吐く息は白く、呼吸する度に鼻の奥がパリパリと音を上げている。


 部屋は想像以上に広々としていた──。

 ドーム状の天井に窓らしきものはなく、明かりがないはずのその部屋は、ぼんやりと蒼白く寒々しい光で満たされている。


「あれがシヴァだ──」


 ジークが指さした先──家具一つない殺風景な空間の中心で、白いワンピース姿の少女が簡素な椅子に座っていた。

 少女の肌は透けてしまいそうなほど白く、長い白銀の髪が雪化粧のように、伏せられた少女の顔を覆い隠している。


 少女が座る椅子を中心に、大きな魔法陣が地面に描かれている。

 魔法陣の内側には、鎧やら武器があちらこちらに散乱していた──床に倒れた騎士と思わしき兜からは、白骨化した骨の一部が垣間見える。


「ユーリ──これを持て」


 ジークは腰にぶら下げた皮袋から腕輪を取り出すと勇理に手渡した──。

 腕輪は幅広く黒い鉄のような素材で出来ており、蛇のような複雑な文字が刻まれている──中央に埋め込まれた鏡のような銀色の宝石が鈍い光を放った。

  

「──これは?」


「契約の腕輪だ。腕にはめておくといい」


 よく分からなかったが、これが無いとゴーレムとの契約はできないということだろうか?

 勇理はジークから手渡された腕輪を確認するも、切れ目がなく、どのように装着したらいいのか分からない。


「これってどうやってはめれば……」


「腕輪を腕に当てりゃわかる」


 ムタリオンが自分の前脚をポフポフと叩いてジェスチャーする。


 腕輪を右腕に当てると、まるで吸い込まれるかように沈んでいく──それは勇理のために作られたかのように、しっくりと腕に馴染んだ。

 

「装着できたようだな──では、床に描かれている魔法陣を見てくれ」


 勇理はジークが指さした先──床の魔法陣に目を向ける。


「あの魔法陣に足を踏み入れると契約の儀が開始される。そこから先は、私たちは立ち入ることはできない」


「あの……あそこに散らばっている武器や鎧はなんですか? それに、白骨化したような遺体もあるような……」


「──あれは契約の儀に失敗した者たちだ。回収したくても魔法陣の中に入るわけにはいかんのでな……仕方なくあのままにしてある」


 契約の儀に失敗したら命は無い──勇理の心臓は緊張と恐怖から激しく暴れだす。

 

「その……契約の儀とはどのようなものなのですか?」


 勇理の問いにジークは複雑な表情を浮かべる。


「契約の儀はゴーレムごとに違うのでな……詳しくは分からんのだ。ただ──」


「失敗したら命はねえ──シヴァとの契約はその類だ」


 ムタリオンは以前にも、その光景を目の当たりににしたかのように言い切った。


 勇理は固唾を呑んだ。

 内容もわからない、死ぬかもしれない──そんな不条理なことに、今から挑まなければならない……。

 かつての自分なら、逃げ出していただろう。

 だが、今は果たさなければならない約束がある。

 勇理の脳裏にリズの背中がフラッシュバックする──。

 強くなるんだ……。

 叶えられなかった約束を果たすために──。


「大丈夫だユーリ──お前なら出来るさ。自分を信じてやんな」


 ゲルラが勇理の肩に手を添えた──その手を伝ってムタリオンがゲルラの肩へと移動する。


「シヴァの試練はテメー自身との戦いだ……自分に勝ってこい。ここで見ててやるからよ──」


「いざとなったら、妾がこの部屋ごと全て消し飛ばしてやるから安心するがよい」


 ウェスタは表情ひとつ変えずに、手の平で火の玉を作り出した。


 ──消し飛んだら、どっちにしても死んじゃうような……。


「ありがとう、みんな。なんとかやってみるよ」

 

 まるでリングへ送り出されるボクサーの気分だった──。


 勇理は魔法陣の中心に座るゴーレムの少女を、もう一度その目で確かめる。


 少女は依然として顔を伏せたまま動かない──死んでいるのか生きているのか、生命としての気配が感じられない。


 勇理は覚悟を決めると、魔法陣へと一歩足を踏み入れた──。

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