第17話 〜黙然の再会〜
「太陽の騎士様に敬礼──!!」
突然の大声に勇理は驚いて立ち止まる──大通りのちょうど十字路辺りに差し掛かったときだった。
どうやらこの十字路とは、なにかと縁があるようだ……。
十字路を挟んだ先──通りの脇を綺麗に整列した兵士が、一斉に剣を空に傾けている光景が目に飛び込んで来る。
さらに兵士の間を、まるで英雄の凱旋さながらに悠々とした様子で、白い鎧を纏った三人と、質素な白いワンピースを着た幼女が三人──こちらに向かって歩いてくる。
勇理は真ん中を歩く人物を見て、自分の目を疑った。
目が冴えるような純白のレザーアーマーを身につけ、白いスカートを靡かせ歩くその女性は、勇理がよく知った幼馴染の姿だった。
「聖奈──!!」
勇理は、ほぼ反射的に名前を叫んだ。
呼ばれた当の聖奈はさして驚いた様子もなく、鉄仮面のような表情を崩さない。
距離はそこまで離れていない──ほんの数メートル先で十二分に聞こえるはずが、まるで勇理のことなど視界に入っていないかのようだった。
聖奈は真っ直ぐ前を見つめ、その歩みに一寸の迷いはない。
「おい聖奈──!! おれだよ!! 勇理だ!!」
勇理は必死に聖奈の気を引こうと、急足で十字路を渡り、道を塞ぐようにして手を振りかぶる。
聖奈はそこでようやく立ち止まった──感情が抜け落ちた、氷のような冷たい視線が、勇理に向けられる。
「聖奈──なあ、どうしたんだよ?」
「……」
聖奈は勇理の顔を見ても、未だに眉一つ動かさない。
まるで他人のように振る舞う幼馴染の態度に、勇理は焦りを覚える。
「おい、聖奈──!!」
勇理が聖奈に近寄ろうとしたとき、強い衝撃が顔を走り、身体ごと後ろへ投げ飛ばされる。
「──っう……」
そのまま地面に頭を強打し、悶える──痛みとショックで視界がグラグラと揺らいだ。
「なんだキサマは? 気安くセーナに近寄るな」
聖奈と勇理の間に割って入るようにして、一人の男がこちらを睨みつけている。
歳は勇理より少し上だろうか──ウェーブがかった金髪を後ろへ流し、深い海のような碧眼が特徴的だった。
どうやらこの金髪の男に殴られたようだ──勇理は殴られたことよりも、聖奈との会話を邪魔されたことに苛立ちを覚えた。
「お前こそだれだよ! おれは聖奈に話があるんだ! そこをどけよ!!」
勇理が立ち上がり際に、男の肩を掴もうと身体を前に傾けた瞬間──微かな風圧とともに。頬に鋭い痛みを感じた。
──!?
そこから直線上に一条の切れ目が生じ、血が滲み出す。
目線のすぐ下には、剥き出しの剣が真っ直ぐ伸びている。
──見えなかった……!?
頭に血が上っていたとはいえ、勇理には男が剣を手にしたとこすら確認できなかった。
「どうやら、死んで償ってもらうしかないようだな」
男は腰を沈め、剣を構えた──口元に微かな笑みを浮かべる。
その表情は余裕に満ち溢れている。
聖奈は勇理が殴られても尚、棒立ちのまま止めに入る気配はない。
「──!? あちっ!!!」
男は、いきなり火傷でもしたかのように、剣を手放した──支えを失った鉄の塊は、甲高い金属音を立てて地面に転がる。
男の手から白い煙が立ち上がっているのが見えた──。
装備していたレザーグローブの一部が無残にも焼かれ、煤で黒ずんだ手が露出している。
「な、なんだこれは──!?」
男は焼かれた手を押さえ、整った顔を痛みで歪ませた。
「ふん──妾の連れに愚行を働くとは、まったくいい度胸じゃ」
勇理が後ろを振り向くと、そこには片手を前に突き出したウェスタの姿があった──。
表情はいつも通り冷静さを保っているが、その目には怒りと不快感を燻らせている。
「だ、だれだお前は!? 子どもは下がってろ──」
男は唾を撒き散らしながら叫んだ。
子どもという
「愚か者め──一度死ぬべきはお主のようじゃな。あの世で自分の無力さを嘆いておれ」
「な、なめたことを抜かすな!!」
男の声は震えを抑えきれず、先ほどの余裕は微塵も感じられない──。
強気な言葉とは裏腹に、明らかにウェスタのことを警戒しているようだ。
それでも、男は無傷なほうの手で地面に落ちた剣を取ると、そのままウェスタに斬りかかろうとした。
「その辺にしておけスキールニル!! 命が惜しかったらな──」
聖奈の左後ろに立っていた別の男が、金髪の男を制した。
金髪の男と聖奈に気を取られて気づかなかったが、その男はかなり背が高い──。
鎧の上からでもわかる岩のような鍛え上げられた肉体──背中には段平のような、幅の広い大剣を背負っている。
「なぜ止めるダグ!?」
ダグと呼ばれた大男は一歩前に出た。
「その御仁は『炎神のウェスタ』との呼び名が高い炎のゴーレム本人だ。ゴーレムながらにして、その魔力はSランク──お前が逆立ちしても勝てん相手だ」
「──!? この小娘が炎のゴーレムだと!?」
小娘というワードに、ウェスタの眉が二回──ピクピクと動いた。
「……妾はあまり我慢強くない性分でのう。そろそろ街ごとお主らを灰に変えてしまいそうじゃ」
ウェスタはそう言うと、リンゴ飴を豪快に頬張り、左手を前に構えた──凄まじい熱気が見る見ると辺りに立ち込める。
「もういいわ──」
金髪の男が、決死の表情で再び剣を構えようとしたそのとき──ピシャリと水を弾くような、聖奈の鋭い声が男の動きを止めた。
「行きましょう」
聖奈はそう言うと、有無を言わさぬ勢いで踵を返し歩き出した。
終始──事の成り行きを人形のように無言で見つめていた三人の幼女もそれに従う。
「──おい、待ってくれセーナ! くそッ──おまえらおれに恥をかかせたこと忘れるな」
金髪の男は捨て台詞を吐くと、慌てて聖奈のあとを追った。
残された大男は、「無礼を許せ」とだけ呟くと、力強い足取りでその場を立ち去る。
道端で隊列を作っていた兵士たちは、事の展開が飲み込めずにざわついている。
「──あの娘がお主の幼馴染か?」
ウェスタはゆっくり腕を下ろした。
「うん……そうだと思う──でもあれは……」
あれはもう勇理の知っている聖奈ではない気がした。
冷たいというよりも、決して勇理のほうを見ようとはせず、その存在を記憶から消そうとしているかのようだった──。
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