第16話 〜リンゴ飴と贈り物〜
勇理とウェスタは、シモンズに別れを告げてカフェを後にした。
「またいつでも、いらしてください」、そう笑顔でお辞儀をしたシモンズの姿に、勇理は心が締め付けられる思いがした。
「シモンズさん──闇憑きのことが憎くないのかな……」
「そりゃ憎いじゃろうよ。だがのう、憎んだところでどうしようも無いこともある──それが闇憑きともなれば尚更のことよ。あれは災害に近いと言ってもよいからのう」
手に剣を持った魔物が災害レベルとか、笑えない世界である。
「なあ、ウェスタ……どうやったら闇憑きはいなくなる?」
ウェスタは勇理の問いに立ち止まると、朧げに空を見上げた。
「天空の神々によって創り出され、かつて悪魔族を封じた五つの宝珠──その力が弱まったことで闇憑きが現れたのだとすればじゃが……」
ウェスタは再びゆっくり歩き出す。
「宝珠をひとつに集め、再度──封印の儀を執り行えば、恐らく闇憑きを封じ込めることは可能じゃろう……」
「五つの宝珠……じゃあ、今すぐそれを集めてその──封印の儀? それをやれないの?」
「そう簡単な話しじゃないのじゃ。五つの宝珠──水の宝珠、火の宝珠、土の宝珠、風の宝珠、聖なる宝珠。この五つは、テロスアスティアの各地に配置されてるうえ、守護者によって守られておる。ただ、この守護者がやっかいでのう……あまり協力的とは言えん」
「なにかしがらみでもあるの?」
「うむ……宝珠はそれ自体が力の象徴。まあ、一時的にでも手離したくないのじゃろ。テロスアスティアも一枚岩ではないのでのう、宝珠の均衡が崩れたとたん、侵略を企てる輩もおるじゃろう」
「そんな……」
こんな事態だからこそ団結して闇憑きに立ち向かうべきではないのか……政治と権力──テロスアスティアも地球も、そういうところは同じらしい。
大通りに出ると、道端でポツンと小さな屋台が商売をしていた。
カウンターには串に刺さったリンゴ飴が並んでいる。赤々としたリンゴにコーティングされた飴が、艶やかな光沢を放っている。
美味しそうではあるが、兵士が行き交う通りでリンゴ飴とは、あまりにも場に合っていないように思える。
ウェスタは屋台の前で歩みを止めた──その視線は、じっとカウンターに陳列されたリンゴ飴に向けられている。
「お、嬢ちゃん! リンゴ飴はどうだい? うちのは絶品だぜ」
気の良さそうな店主が、満面の笑顔でウェスタに話しかける。
当のウェスタの表情は変わらないものの、その場から動こうとしない。
「あの──ひとつください」
勇理は一番美味しいそうな、プリッとしたリンゴ飴を指差した。
「お、兄ちゃん! お目が高いねぇ、当店で一番美味いリンゴ飴を選ぶとは」
ウェスタが不思議そうにこちらを見上げる。
「はいよ! 本来は二〇カウンだが、特別に十五カウンでサービスだ!!」
勇理はゲルラからもらった巾着袋を手に取ると、中から金貨を一枚取り出した。
この金貨がどれくらいの金額なのか検討もつかないが、金貨ならリンゴ飴のひとつぐらいは買えるだろうと踏んで店主に差し出す。
「これで足りますか?」
「おいおい! 金貨なんてどんだけお釣りがくると思ってるんだ。もう少し小さい額で頼むぜ兄ちゃん」
どうやら金貨は高額らしい──一万円札でリンゴ飴を買うようなものなのだろうか。
勇理は巾着袋を広げて店主に見せた。
「すみません……どのお金だったらちょうどいいですか?」
店主は驚いたように勇理を見つめる──こんな客は滅多にいないだろう。
「兄ちゃん、どっから来たんだよ? まあ、いいか──」
店主は巾着袋から三枚の銅貨を抜き取った。
「これで十五カウンだ! 毎度!!」
「あの。どうしてこんなときにリンゴ飴なんて売られてるんですか?」
店主からリンゴ飴を受け取る際に、勇理は疑問に感じたことを聞いてみた。
「えっ? あ、まあ兄ちゃんの考えももっともだ。こんな時にリンゴ飴だなんて不謹慎だって思うだろ? でもよ、大変なときこそ、美味いもん食べて、みんなに元気になってもらいてーじゃないか。リンゴ飴は見た目も綺麗だしよ、子どもたちも笑顔になるだろ?」
店主はそう言ってウェスタにウィンクする。 ウェスタはなにか反応するわけでもなく、クルッと背を向けると、そのまま素っ気なく歩きだした。
「おっと、なんか変なこと言っちまったかなぁ」
店主は悪びれた様子で頭を掻く。
勇理は礼を言うと、直ぐにウェスタの後を追った。
そしてウェスタの隣に並ぶと、リンゴ飴を差し出す。
「なんのつもりじゃ?」
ウェスタは差し出されたリンゴ飴と勇理を交互に見て、怪訝な顔をする。
「いや──ウェスタが食べたそうに見てたから。よかったらと思って」
ウェスタの口からため息が溢れる。
「お主……余計な気を遣いおって。別にリンゴ飴が食べとうて見ていたわけでない」
「そ、そうなんだ……でも、立ち止まって見てたから食べたいのかなと思って」
「少しばかり懐かしくての……それでつい見ておっただけじゃ」
ウェスタは遠くの方を見つめた──まるで、遙か昔のことを思い出すかのように……。
その表情はいつもの冷めた顔とは違って、あどけない少女のように映った。
金色の髪がサラサラと風に揺れ、街の白い風景に溶け込む。
「まあ、せっかく買うてくれたんじゃ。ありがたくいただこうかのう」
ウェスタは小さな手で勇理からリンゴ飴を受け取ると、一思いにかじりついた。
パリパリと心地良い音が口から漏れる。
「うむ……いつ食べても美味いのう」
ウェスタは目を細めて顔をほころばせる。
勇理はリンゴ飴を買ってよかったと、その表情を見て思った。
大通りの先で、勇理はある店の前で歩みを止めた──リズがサーシャへのプレゼントを買った雑貨屋だ。
ショーウィンドウの明かりは消え、店内も暗く、営業している気配はない。
サーシャへのプレゼントはどうなったのだろうか……勇理はそれが気がかりでこの店に立ち寄ったのだが、閉まっていてはどうしようもない。
「──どうかしたのか?」
「いや……なんでも──」
勇理が仕方なく立ち去ろうとしたとき、カランカランと音を立てて、店のドアが開いた。
中から若い女性が顔を出した──リズと買い物したときにいた店員だ。
「ねえ! そこのあなた!」
「──っえ?」
勇理はキョトンとした表情を浮かべる。
「やっぱりそうだ! あなた、あの女の子と一緒にいたひとよね? ほら、小さい子を二人連れてた──」
恐らくサーシャとリルのことだろう。勇理はぎこちなく頷く。
「よかったぁ──これ、あの子がプレゼントで購入したやつなんだけど……渡すのに待っててもらったら、いなくなっちゃってね。そのあと全然取りに来ないからどうしようかと思ってたの……あの子は来れそう?」
勇理は店員の手元にある、二つの小さな木箱を見つめる。
一つは青いリボン、もう片方には赤いリボンがされている。
「リズは……あの子はもう来れないと思います……」
勇理の言葉に、店員は困ったように項垂れる。
「えっ──そうなの? それは困ったわ……ねえ、申し訳ないんだけど、これあなたに預けてもいいかしら? プレゼントはあの男の子用って言ってたから、渡してくれるかしら?」
まるで友達に頼むような気軽さだが、勇理はむしろそのつもりだった。
「もちろんです。おれから渡しておきます」
「ありがとう! 助かるわ──」
勇理は店員から木箱を受け取る。ただ、店員から渡された箱は二つある──一つがサーシャ用だとしたら、もう一つは誰への贈り物だろうか……。
「あの、このもう一つのは誰宛か、彼女は言ってましたか?」
「それ──たぶんあなたへの贈り物だと思うの」
「どうして自分にだって──」
「いえ、これを彼女が購入したときに聞いたの。一緒にいた彼にですかって? そしたら、顔を赤くして頷いてたから……きっとそう。あなた、名前はユーリでしょ?」
「なんで自分の名前を?」
「ふふ、それは開けてみたら分かるわ。赤いリボンのがあなたへの品だから間違わないでね! それじゃ、私は片付けがあるからこれで失礼するわ──もしあの子にあったらまたお店に寄ってって伝えて!」
店員は勇理たちに手を振ると、慌しく店内へと戻って行った──。
「──お主への贈り物だそうじゃ。開けんのか?」
ウェスタが勇理の手元を指差す。
「あ、うん──」
勇理は青いリボンの箱をポケットに入れると、もう一つの箱の赤いリボンを解いた。
木箱の蓋を開け、中に入っていた薄い布を開くと、銀色に輝くブローチが顔を出した。
ブローチには繊細な花の装飾が施されている。
「──これは」
勇理がブローチを手に取ると、ウェスタが「見せてみろ」とばかりに手を差し出した。
「これは『旅守りのブローチ』じゃな」
「旅守りのブローチ?」
「ここに花の装飾がしてあるじゃろ? この花は『光の花』と言ってのう。テロスアスティアに広く咲く花なんじゃが、お主も見たじゃろ? 難民区域の側に咲いておる白い花──」
「──あ、うん、いっぱい咲いてた……」
「光の花は別名、『旅人の花』とも呼ばれておってな。その大昔、ある旅人が恋人の死を偲んで、生前その恋人が愛した花の種と旅をして、各地に植えたという言い伝えがあるじゃ。それが、この光の花と言われておる」
ウェスタはブローチを勇理に返した。
「そのブローチは開くようになっておる。中に光の花の種を入れて、旅路を共にするといいじゃろう」
勇理がブローチの側面にある金具を外すと、ブローチが横に開いた。
中にはなにか文字が彫られている。
「ねえウェスタ──ここに何で書いてあるの?」
勇理はウェスタにブローチを見せた。
「『ユーリへ──光が貴方の旅路を照らさらんことを』と、書かれておる」
「リズ……」
締め付けるような熱いなにかが胸いっぱいに広がる。
「それはお主を守ってくれよう。大事にするんじゃな」
ウェスタが空に向かって呟いた。
勇理は黙ったまま強くブローチを握りしめた。
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