第6話 〜聖なる都 インペリオン〜

「おーい! こっちだ」


 勇理は自分の背丈ほどある草をかき分けながら、竜騎士の声を頼りに足を進めていた。


 またいつ、あの黒い煙りを放つモンスターが現れるか気が気ではなかったが、竜騎士に加えて魔法を使うウサギ──いや、神獣も一緒なのは心強い。

 

「おい、そろそろ抜け出せそうだぜ」


 神獣ムタリオンが勇理の肩でくつろぎながら前方を指す──。

 言葉の通り、草をかき分けると目の前の景色が開けた。同時に強い日差しで目が眩む。

 

 そこには、青々と草木が生い茂る広大な草原が広がっていた──。奥のほうには森が見え、そのさらに向こうの側の地平線には雪帽子を被った山が連なっている。


 少し先で、竜騎士が槍で武装した数人の兵士らしきグループと会話しているのが見えた。

 兵士たちは先ほどのモンスターが着ていた鎧とは違い軽装だ。白く長い衣を纏い、スカーフのような薄い布を頭に巻いている。


「ここはいったいどこなんだ……」


 辺りを呆然と見渡す勇理に、ムタリオンが頬を軽く小突く。


「ったく──ここはどこ、私は誰? みたいな顔しやがって。男なら多少は理不尽なことでも、ドンと構えろ。ちなみに、ここは第七下界テロスアスティアだ」


「テロス……第七……え、なにそれ?」


 勇理は地理には詳しくなかったが、少なくとも地球にそんな名前の国や場所があるなんて聞いたことない。それに、第七下界とはいったい──。


「おい! モタモタしないでおくれ!! 早く移動するよ」


 竜騎士がよく通る声でこちらに手を振っている。勇理は駆け足でグループに合流した。


「話は移動しながらにしよう。ぼうず、あんた馬には乗れるかい?」


 竜騎士が立派な毛並みをした白馬の背中を軽く叩く。

 もちろん、勇理に乗馬の経験などなかった──。


「いえ、馬は初めてです」


「へー、馬に乗ったことないとは珍しいね。まあ、別の下界から転生されたんじゃ仕方ないか……馬は見たことあるかい?」


「あ、はい──馬なら地球にもいます」


 まるで宇宙人にでも話しかけるような内容だ。勇理は不思議な気持ちになる。

 というか、ここは本当に地球じゃないのか?


「そっか──じゃあ、まあ話しは早いな。私の後ろに乗りな」


 竜騎士は軽快な動きで馬に跨ると、勇理に手を差し出し乗馬を手伝う。


「兵の話では周囲にの姿はないようだから、そこまでスピードは出さないけど──振り落とされないようしっかり捕まってておくれよ」


 ──まさかこんなタイミングで乗馬を経験することになるなんて……。

 勇理はしっかりと竜騎士の腰に手を回す。


「おい、よこしまなこと考えるなよ」


 ムタリオンがニヤニヤしながら目を細める。

 硬い鎧の感触で、どう邪になれるか逆に聞きたい──。

 勇理は肩に乗っかる小さな神獣を見つめる。このウサギは可愛らしい見た目に反して、言動がどうもオッサンくさい。


「じゃあ、いくか──」


 竜騎士は馬を走らせながら片腕を上げると、指で大きく円を描いた。

 それを合図に、後方の兵たちが馬で隊列を組みながら後に続く。


「で、ぼうず──なにから聞きたい? おっと、舌を噛まないように気をつけて喋れよ」


 予想以上の揺れに勇理は必死に竜騎士にしがみつく。聞きたいことがあり過ぎてなにから話していいのやら……。


 刺されて死んだはずの自分がどうして生きているのか──。

 切られた手が再生したことや、あの得体の知れないモンスター、竜騎士に自分の肩に平然と乗っている人の言葉を話すウサギ……。


 とりあえず、勇理は一番気になっていることを聞いてみることにした。


「ここはどこなんですか? 自分が知っているとことは別世界な感じなんですが……」


「だから、テロスアスティアつってるだろ」


 ──だから、どこだよそれ!


 勇理は肩の小動物を睨みつける。

 

「ムタリオンのう、それはあまりにも説明不足じゃ。ここは七つある下界のうちのひとつ、テロスアスティアじゃ。お主がいた下界とは別の世界じゃな」


 竜騎士の鎧から少女の声が響いてくる。


「べつの世界?? じゃあ、ここは地球じゃないんですか?」


「お前がいたは第一下界だな。まあ、一番天界の影響が少ないから、こことはだいぶ違うだろうけどよ」


 ムタリオンは大して興味なさそうに、両方の前脚で顔と耳の毛繕いをしながら答える。


「で、でもどうしておれはこんなとこに? だってあのとき刺されておれは──」


「それはお前が一度死んでここに転生したからだ。そしてお前は──手が再生したところを見ると、能力は再生と考えるのが妥当だろう」


 竜騎士は馬を操りながら、淡々と前を見据えて言う。


 転生? 聖痕者? 再生の能力?? 聞けば聞くほど混乱しそうになる話だ。

 あまりにも突拍子のない話の連続に、勇理は頭がパンクしそうになる。

 

「まあ、お前が転生した理由はなんであれ、とりあえず訳分からんことばかりだろう。先ずはインペリオンに戻ってからゆっくり考えればいいさ──」


 竜騎士は脚で軽く馬の胴を蹴って速度を上げた──。

 勇理はその言葉に従い、一先ず考えるのやめてみる。

 いくら考えても現状は変わらないし、そもそも勇理はあれこれ考えるのが苦手なのだ。

「考えても答えが出ないときは行動あるのみじゃ」そう言っていたじっちゃんの言葉を思い出して、勇理は少し気持ちを落ち着かせる。


 暫く馬を走らせると、遠くの丘にいくつかの細長い塔がそびえ立つのが視界に入った。


「あれが中央大陸の首都──聖なる都インペリオンだ」


 竜騎士が塔のほうを指さす。


 馬が近づくにつれ、街の全貌が見えてきた──。


 インペリオンと呼ばれるその街は、白一色で統一されていた。

 小高い丘の上には城だろうか──鋭利な斜面を描く壁を土台とした大きな建造物が見える。そこから大樹のように連なって伸びる大小の塔。中央の塔はひと際太く、オベリスクのような四角形の断面は先端にいくほど細くなっている。その佇まいは、まるで高く天を貫く剣のようだ。

 城を囲むように城壁が設けられ、そこから広がる街並が、白い砂を散りばめたかのように陽の光を反射し煌めいている。

 その姿は聖なる都を冠するのに相応しく、あまりに神々しい風体に勇理は心を奪われた。


「美しい街ですね……」


「聖なる都だからな。まあ、全てが美しい──ってわけでもないがな」


 竜騎士がどこか含みのある言葉を口にする。その間にも馬はどんどん街へと近づいていく。


「さあ、そろそろ着くよ」


 暫くすると、勇理たちは街の門へと到着した──。

 城を囲む城壁ほどで立派ではなかったが、城外にも高い壁が廻らされており、その上を弓を持った警備兵が巡回している。

 竜騎士は門を潜らずに、横に逸れてさらに馬を走らせる──。


「街には入らないんですか?」


 遠ざかる門を見て、勇理が不思議そうに尋ねる。


「ああ、私たちの住む場所は街の外にあってな──。まあ、気にするな」


 そのまま道なりに進むと、白一色で統一された街並みとは対照的に、形も色も違う様々なテントが密集しているエリアへとたどり着く──。

 テントが立ち並ぶ道を抜けると、竜騎士はこの場所の中心と思われる、広場のような開けた場所で馬を止めた。

 あとからついて来た兵士たちも、同じようにして勇理たちの後ろで馬を休める。


「さあ、降りた降りた」


 竜騎士に言われるがまま勇理が馬から降りると、子どもの集団がこちらに駆け寄ってきた。


「ゲルラ様ーー!! お帰りーー!!」


 子ども達は勇理には目もくれずに、馬から降りた竜騎士を囲い込む。


「おう、ただいまー!! みんないい子にしてたか?」


 竜騎士は子ども達の頭を優しく撫でている。


「人気ものだな。まあ、おれはガキは嫌いだが」


 ムタリオンがその光景を見て嫌そうに顔をしかめる。


「ねー! なにその子!! 可愛いーー!!」


 小さな女の子が勇理の肩に乗っていたムタリオンを指さした。

 もの凄い勢いで、今度は勇理の周りを子ども達が群がってきた──。

 勇理はふと思いついたように、両手で肩のムタリオンを掴むと子ども達に差し出した。


「ほーらみんな、可愛いウサギさんだよー」


「ちょっ!! おま、なにしやがる!! や、やめろーー!!」


 情けない悲鳴を撒き散らしながら、必死にバタバタと足を動かすムタリオン──それを子ども達はお構いなしに撫で回す。


「ウサちゃん可愛いー!!」


「モフモフしてるー!」


 抵抗できずにもみくちゃにされるムタリオンを見て、勇理は必死に笑を堪えた。


「てめー!! こんにゃろ! おぼえとけ──ってそこ触るな!! あっ──そこはやめてーーー!!!!」


 勇理がされるがままのムタリオンを眺めていると、突然──上着の端を引っ張られた──。


「ねーねー、変な服」


 視線を下に向けると、ひとりの男の子が学生服を掴んで不思議そうにこちらを見上げている。

 勇理はどう答えていいのか分からず、困惑した表情で苦笑いを浮かべた。


「お、お兄ちゃんこういう服が好みなんだよ。アハハ……」


 我ながら酷い言い訳だと思いつつも、他にいい返しが思いつかない。


「そうなんだ! お兄ちゃん変わり者だね!!」


 男の子は満面の笑みを浮かべると、元気よく走り去っていった──。


 たしかに、ここでは勇理の学生服は浮いて見えた。学生服どころか、現代っぽい服装のひとはひとりも見当たらない。

 歴史の授業で習った、戦国時代に初めて日本に流れ着いたポルトガル人もこんな心境だったのだろうか──などと、くだらない考えが頭をよぎる。


「ぼうず──紹介がまだだったな」


 馬を兵士に任せた竜騎士が近づいてきた。


兵装解除ディザーマード──」


 竜騎士が低い声で呟くと、その足元から風が巻き起こる──スカートのような扇型の全身鎧に着込まれた鎖帷子が、ゆらゆらと舞い上がる。

 やがて、まるで砂が風に流されるように、鎧は光の粒子となり竜騎士の身体から剥がれていく。

 少しつづ剥がれ落ちた粒子は、光輝く球体を形成しながら一点に集まり、やがて勇理の腰くらいの背丈の少女へと形を変えていく──。


 鎧が剥がれ去った竜騎士から、背の高い女性が姿を現した──。ウェーブがかった燃え盛るような赤い髪に、琥珀色の肌、ルビーのように赤く煌めく瞳からは、力強さと、闇を照らす灯火のような暖かさが共存している。

 襟ぐりの深い白のブラウスの上から、ヨーロッパの民族衣装のような前を紐で締め上げる胴衣に、踝までのゆったりとしたロングスカートを纏っている。

 その隣には、女性の肌よりもさらに深い褐色の肌をした少女が立っていた──。服装は白いワンピースと、ごくシンプルなものだ。

 少女は涼しげな目を細め、夕日に輝く麦畑のような、黄金で流れるような髪を風に靡かせている。


「え?? これも魔法かなにかですか?」


 突然の変異に、勇理は目をしばたかせながら女性と少女を交互に見比べる。少なくとも、どうやら竜騎士は多重人格ではなかったようだ──。勇理は胸を撫でおろす。


「ちげーよ、これはゴーレム化を解いたからだ。あのちっさいのがゴーレム。そして隣のねーちゃんが契約者──つまり聖痕者だな」


 子ども達の手から抜け出したムタリオンが、ここが定位置だと言わんばかりに勇理の肩に飛び乗ってくる。

 ムタリオンの解説は先ほどと同じで、意味不明な単語が多すぎてよく理解できない。

 つまり──ゴーレム化っていうのは、なにか変身みたいなものか? 勇理は頭を掻きながら首を傾げる。


「私の名前はゲルラ・フラマージュだ。まあ、ゲルラでいいよ。それでこの子がウェスタ──」


「ゲルラのう──言うでないと何度言ったらわかるのじゃ。少なくともわらわはお主の数千倍は生きておる」


 竜騎士ゲルラの言葉に、少女ウェスタが呆れた視線を送る。


「アハハ、悪い悪い。まあ、このウェスタが私と契約しているさ」


 サラッと紹介が終わるも、ウェスタと呼ばれた少女が放った数千倍の言葉が、勇理こ脳内をリフレインしている。それに炎のゴーレム? そんなどこぞのRPGみたいな設定とか……。


 たしかにここは自分の常識が通用しない世界ではあるが、どうみてもウェスタは十歳前後の年齢にしか見えなかった。

 ──いや、ジョークだよな。うん、きっとそうだ。

 勇理は自分を納得させるために何度も頷く。


「おい、お前も自己紹介しろ──」


 ムタリオンがモフモフの前足で勇理の頬を小突いた。


「あ! ごめんなさい!! 自分は神上勇理です!! えっと──歳は十七で、高校三年──あ、いや正確には入学式行けなかったからまだ二年なのか? でも当日だったからギリギリセーフなのかな……」


「お前──自己紹介苦手過ぎるだろ……」


 ムタリオンが口を半開きにしながら呆れた表情で勇理を見る。


「かみ──なんだっけ? うーん、長いからユーリでいいか?」

 

 ゲルラがサラッと言い放つ。自分の名前が外人っぽい響きに聞こえるのは、きっと彼女が日本人ではないからだろう。


「あ、はい。ユーリで大丈夫です」


「よし──じゃあ、ユーリ。今日は疲れただろうだから、軽くここを案内したらきみの寝床を用意するよ」


「あ、ありがとうございます!」


 ゲルラは魅力的な笑みを浮かべると、会話を切り上げてさっさと歩き出した。勇理が慌ててあとをついて行こうとすると、思い出したようにこちらを振り返る──。


「あ、あとその堅苦しい喋り方やめておくれよ」


 明らかにゲルラのほうが歳上そうだったが、勇理は戸惑いながらも頷く。


「了解です──いや、わかったよゲルラ!」


 ゲルラは軽くウィンクする。その仕草に勇理は頬が火照るのを感じた。

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