第2話 〜光属性を持つ魂〜

 下界管理局──。


 それは神々が住まうとされる天界にある管理局のひとつ。

 その建物は、ギリシャ神話の神殿さながらに、重々しくおごそかな雰囲気を醸しだしている。


 下界管理局は、絶対神ゼウスが創造した、第二から第七下界に生きる全ての者の運命を管理しており、天界の中枢とも呼べる重要な役割を担っていた。


 過度な干渉はせず、天界に影響が及びそうな人物のみ、下界管理官はその運命を書き換える。

 そして、下界の者はその死後──魂となり天界へと転送され、下界管理局直轄の転生課にて再び転生の時を待つ。


 転生課は下界の数と同等に設けられおり、第一から第七課とそれぞれの下界に対応している。

 故に、地球で死んだ者の魂は第七転生課へと転送されるのが決まりであった。

 

 下界管理局第七転生課──。

 一面眩いばかりの純白な壁に囲われた広々とした部屋で、数名の管理官が黙々と作業をしていた。

 中央には天井に届きそうなほど大きな球体が設置されており、微かに宙に浮きながらゆっくりと自転している。


 球体の中には、螺旋状に規則正しく配置された小さな立方体キューブが連なっていた。

 まるで生きているかのように、キューブたちは時折り仄かな光を放っている。


「おい、このソウルキューブを見てくれ」


 ひとりの管理官が球体に手をかざすと、中から半透明のキューブが引き寄せられる。そして、ゆっくりと球体の内側を突き抜け、管理官の手の平に収まる。


「うん? レア属性でもいたか?」


 隣で作業していた別の管理官が、同僚の手元にあるキューブに目をやる。


「第七下界で今朝転送されたばかりのキューブなんだが……」


「ああ、おれもちょうど同時刻のキューブをチェックしていたとこだ──。こっちはなんの変哲もないキューブだけど、そっちは違うのか?」


「それがだな……ちょっと見てくれ──」


 そう言いながら、管理官が親指と人差し指でキューブを弾くと、薄い板状でガラスのような透明のファイルが展開された。


 ファイルは青い輝きを放っており、右上が赤く点滅している。


「おい、これってまさか……」


 隣に立った別の管理官が目を見開く。


「ああ、光属性を持った転生者だ」


「ほんとか? 光属性なんて、見たこともないぞ」


 同僚の管理官はまじまじとキューブを見つめる。


「ファイルが間違ってるとは思えない──これは本物だよ」


 ファイルを手にした管理局の声が緊張からか、微かに震えている。


「これは一大事だぞ……」


「ああ、すぐに局長に報告しないと──」


 ふたりの管理官は顔を見合わせると、慌てて部屋を後にした。



 下界管理局の局長メルクリウスは、局長室で職務に勤しんでいた。


 全ての下界から日々転送されてくる魂──。

 その多くは各管轄の管理官によって仕分けされるが、テロスアスティアに転生し、聖痕者せいこんしゃになり得る優秀な魂は全て彼のチェックが入る。


 その他にも重罪を犯した者のソウルファイルを確認し、天界牢ヘブンズプリズンへ収容する可否を取るのも彼の仕事だ。

 最近はこの手のファイルが山積みになりつつある。


「まったく、下界の治安はどうなってるんだ。これは一度治安課に問いただす必要があるな……」


 メルクリウスは深いため息をついた。


 「メルクリウス局長!」


 不躾にドアが開かれ、慌しくふたりの管理官が室長室へと入ってきた。


 「だから──入る前にノックしろと何回言ったら……」


 メルクリウスはデスクの書類に目を伏せたままつぶやく。


「局長お忙しいところ失礼します! じつは非常に稀なソウルキューブを発見いたしまして──」


「稀なとは?」


 メルクリウスは手元の書類にペンを走らせている。


「はい! 光属性のソウルファイルが確認されました!」


「──光属性だと?」


 メルクリウスは思わずペンを止めて聞き返した。顔を上げると、そこには緊張で顔をこわばらせた管理官が並んでいる。

 その様子から察するに、只事ではなさそうだ。


「ちゃんと確認したのか?」


「ええ、間違いありません」


 管理官がソウルキューブをメルクリウスに手渡す。

 メルクリウスは素早くキューブを弾き、ファイルを展開させた──。


「──信じられん……」


 展開されたファイルの右上には「光属性」の字が赤く点滅している。

 どうやら、本当に光属性の魂のようだ。


「君たちの管轄は?」


「はっ! 申し遅れました! 私はニコラウス、こちらはエグザビエル、共に第七下界転生課二等管理官であります!」


 管理官たちが慌てた仕草で姿勢を正す。


「第七ということは地球テラか……珍しいな」


「はい。極めて稀なケースどころか、他に例がないかと……」


 メルクリウスは暫くファイルを正視すると、管理官たちに言い放つ──。


「よし、よくやったニコラウス管理官、エグザビエル管理官。至急、転生室より魂の転生申請を行ってくれ」


「承知いたしました!」


 ふたりの管理官は直立の姿勢を崩さず、右の拳を胸の中心に当てて返事を返す。


「ちなみに──局長……念のため確認なのですが、魂の転送先は……」


 管理官の問いを遮るかのように、メルクリウスは鋭い視線を管理官へ送る。


「決まっているだろニコラウス管理官。第一下界テロスアスティアだよ──」

 

 管理官たちが出ていったあと、メルクリウスは神妙な面持ちで、再び手元のファイルに目を通す。

 

────────────────────

 氏名:天野あまの聖奈せいな

 出身地:第七下界──地球テラ

 年齢:16

 性別:女

 属性:光

 能力:浄化

 魔力:S

 転送原因:登校中、通り魔に遭い死亡。

────────────────────


 「しかし、地球テラの少女がこのようなスペックを持つなど有り得るのか……」


 メルクリウスは彫刻のように整った顔をしかめると、顎に手を添えて考え込む。


 メルクリウスが腑に落ちないのには理由があった。

 第七下界に位置する地球テラは、七つある下界のなかで、天界から最も離れている。故に、天界の影響を受けにくく、魔力を持つ住人も殆どいない。

 いたとしても、それは魔力と呼ぶにはあまりにも弱々しいため、地球テラ出身者のソウルファイルには、Eまたはランク外と記載されたものばかりだった。


 数千年に渡り局長を務めるメルクリウスでさえ、地球テラ出身でテロスアスティアに転生させたものは未だかつてゼロだ。

 まあ、十年前のあのことを除けばだが……。


 ──浄化の光属性で魔力Sランク。


 まさに、神に近い存在。


 にわかには信じがたい話しだが、ソウルファイルは絶対的に正しい。間違えなどあり得ない。

 それをこうして目の当たりにしてしまっている以上、信じないわけにもいかなかった。


「テロスアスティアに救世主現るか……」


 メルクリウスは開いた時と逆の動作で、ゆっくりとファイルを閉じた。


 元の小さなキューブに戻ったファイルが、サイコロのようにカランと音を立ててデスクの上を転がった。 

 

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