『Detective Buddy』 エピローグ

第十九ファイル

 それからの歌舞伎町は、忙しい事態になった。警視庁やら警察署やらの人員が総動員されて、対代協定の強化麻薬を投与された人間も、死んでしまった佐麓も、全員逮捕となった。佐麓に関しては、死んでしまったために罪を問うことはできないものの、元々終身刑か死刑確実な犯行内容であったために、司法もそう異を唱えることはしなかった。

 しかし、一部では佐麓の生い立ちを気にしての擁護的発言がネット上でちらほらとみられるようになった。その意見は確かに存在していたものの、事件解決から少しして、その意見は多くの意見の中に埋もれていった。

 誠は事件解決の功労者であったものの、本人の意志もあり辞職届の通りとなった。最初は辞職届が事件解決によって撤回されそうになったものの、犯人の一人を銃殺したことを誠自身が公言して、惜しまれつつの退職となった。本人は満更でもなさそうだが。

 一番の重傷だった郎介は、その後骨を治して無事退院したのだという。あの一件の後から、さらに屋敷内で動くようになり、使用人たちのやる気も増しているのだとか。

 一方で堅一郎は、東桜会の中でも地位が元々高かったのだが、さらに格上げとなり、本人はとても喜んでいた。しかしホストクラブやキャバクラの面倒が見づらくなった、とぼやくことも増えた。それでもちょくちょく顔を出して、夜の街による歌舞伎町再興を目指しているらしい。


 そして、真吾と一二三は、と言うと。

「この一件、解決したぞ兄上」

「ありがとう一二三、じゃあ私はこっちの仕事を行っておく」

 元々の探偵業に勤しんでいた。ちなみに場所は、爆破されて無くなってしまった喜多川探偵事務所を再建し、あらゆるものを一新して小綺麗な事務所となった。事件の礼もあり、大宅家が事務所債権を全面負担した。元より大きくなった事務所に最初は辟易としていたものの、ちょっと仕事をするだけで慣れてしまっていた。

 現代のジャック・ザ・リッパー事件解決から、事件解決の張本人として、依頼量が百倍に膨れ上がって嬉しい悲鳴と苦しい悲鳴が混じる日々を過ごしていた。

 そんな日々の中で、警視庁に直談判して、過去冤罪によって捕まってしまった人間の釈放、そして名誉回復に全力を注ぐように命じた。久しぶりに会話した、冤罪で数年捕まっていた元学生の男性は、真吾と一二三に対して号泣して礼を言っていた。二人は泣かないよう宥めるしかできなかった。

 しかし、勿論真吾の仕事はそれだけではない。

「組長、こちらが新しく購入した不動産の案内です。多くの堅気の方に入居してもらうために、入居料やら家賃やらを限界まで抑えました」

「ありがとう、法に則ったことをしてこそのシノギだからね。非合法は絶対駄目だよ?」

「勿論、分かっていますよ、組長。本当に、前組長と似たお方だ」

 あの大勢がいる場で言い張ったように、真吾は東桜会直系郷馬組二代目組長として、活躍していた。

 今までのシノギである郷馬工業の延長線上、新しいシノギとして不動産業の準備を始めたのだ。物件の準備であったり、外国人労働者などが入りやすい物件を見つけそれを購入したりなど、やることは山積みであった。

「ほら、一二三の好きなココアだよ。甘いのにしておいたよ」

「おお、助かるぞ兄上」

 静かにマグを傾ける二人。そして同じタイミングでほう、と息をつく。

「しかし……あれから三日経つとは。時が経つのは早いな、兄上」

「……そうだね。正直まだ実感が湧かないよ」

 昨日一昨日と、事務所は休業扱いとしていた。昨日は東桜会での文司の葬式が行われていたために、事務所は開くことができなかった。しかし、何度か折れた心はその葬式で癒すことができた。文司の遺影である笑顔が、真吾の背を押したのだ。

 あれだけあった指名手配は佐麓のあの一件が明らかになった後即刻取り下げられ、二人は再び歌舞伎町に帰ってきた。

「ああ、そういえば今日はあの日じゃないか」

 何のことを言われているか、真吾には理解できなかった。しかし、一二三が真吾の目の前に置いたものが全てを物語っていた。

 まさしく、不二家のショートケーキが入った箱であった。しかも、シェアできるようなホールケーキ。

「今日、兄上の誕生日だろう? それを私が忘れていると思ったか?」

 してやったりと言わんばかりの笑みを見せる一二三。それに対して真吾は言葉を失っていた。

「どうだ? ええ? 少しくらいは私を称賛してもいいのだぞ??」

「うん、ありがとう一二三」

 一二三の厚意に対して真吾は、柔らかな微笑みと、そしてそのドストレートな返答をする。一二三は顔を赤く染め、真吾をバシバシと叩く。

「ばばっばっっ馬鹿者!! そんなドストレートに言うか!?」

「え、だって感謝の気持ちをしっかり伝えなきゃいけないし……」

「五月蝿い馬鹿者!! それ以上言うな!!!」

 食い気味に反論されてしまった。悲しい。


 一二三に連れられて強引に、黒光りした大宅家の長いリムジンに乗せられた真吾。リムジンで向かう場所は、他でもない。

 運転席には郎介がいた。事務所が爆破された時のことを思い出す。今はもう、背負う白馬の刺青に、誇りを持っている。

 しかし今は上半身裸ではない。ドレスコードでもあるのか、黒のスーツに身を包んでいる。というか包まれた。一二三に、無理やり。

「兄上……まさかあのスーツ一着をあの戦いだけでダメにしたのか……馬鹿か?」

「いや、正直佐麓を倒すきっかけはスーツを破かないと……」

 真吾は完全にたじろいでいた。しかしそんな真吾に郎介は運転しながら助け舟を出す。全身の骨がとんでもないことになるほどの怪我を負っておきながら、なぜ今こうして運転しているのか。正直不思議でたまらない。

「あの状況下、爆竹を利用した攻撃でないと突破口が開けなかったのですよ、お嬢様」

「待ってください何であの時の私の状況知っているんですか明智さん」

 「さあ、どうしてでしょうね」と言い軽快に笑うと、リムジンの速度を上げた。

「真吾よ、明智に関しては……正直あまり探りを入れない方がいいぞ。私も正直よく分からんのだ、明智という男が」

 一抹の不安を覚え、真吾は黙ったまま大宅家に移送された。


 正門を抜けてすぐに、多くの郷馬組構成員、そして大宅家の使用人勢ぞろいで真吾を出迎える。

「え……ここまでする……?」

「ここまでするに決まっているだろう? 何せ『兄上』の誕生日なのだからな」

 開いた口が塞がらない真吾。何せ祝われたとしても、大宅家の大広間を使った催しだけかと思っていたのだ。

 皆が口々に真吾の誕生日を祝う。まだ昼の十二時だというのに。

「組長! お誕生日おめでとうございます!!」「真吾様ー! お誕生日おめでとうございます!」「組長ー! イケメンですよ!」「組長ー!」「真吾様好き!! 抱いて!!!」

 まるで王族の出迎えのような……ってちょっと待って、一つ求愛(ラブコール)が混じっていたような。

「それについてもあまり触れてやるな、東g……奴はシャイなのだ」

「お嬢様、漏れてますよ」

 道を歩いていくと次々に真吾の頭上に花びらが撒かれていく。まるで門出を祝われる花嫁のようであった。しかもその花びらの一つ一つに大郷喜連合をデザイン化したロゴが刻まれている。何もここまでしなくても。

 パーティールームまでに向かう道中はそう長くないはずなのに、皆からの歓迎を受けているために、三倍以上の時間がかかりそうであった。というか実際かかった。

 勿論パーティールームに入ったとしても、椅子に座らされて著名なオーケストラ集団が真吾だけのために演奏を始める。されるがまま、脳内のキャパシティが追い付かず、どうも呆けてしまう。

 壮麗な演奏に心惹かれる中で、最高峰のおもてなしとしてここまでされるなんてなかった。

 今まで自分の誕生日をそこまで気にしたことがなかった。寧ろ、半分嫌っていた。特にあの冤罪を目の当たりにして、何も出来なかった自分となった時から。

 そんな中で、郷馬組で祝われた時などは嬉しかった。弱い真吾自身を包み込んでくれた、郷馬組の構成員に、そして文司に対して、恩義を抱いていた。その感情が、今蘇る。

 真吾の座る席の右隣には、一二三が座り、左隣には快活に笑う文司の遺影があった。

 それぞれ、郷馬組構成員と大宅家使用人が着席した後、場には真吾のスピーチを待つ期待の静寂で包まれた。

 真吾はマイクを持たされ、さらに使用人の一人から「今日の主役」と書かれた襷を肩から掛けられる。他でもない、東郷であった。

 スタンドにマイクを設置して、軽く咳払いしてから真吾のスピーチが始まった。

「……えー、今日はこの十二月二十五日、クリスマスの日……そして、私の誕生日によくしてくれたこと、感謝しています。企画、そして運営して下さった皆さん、有難うございます」

 側に居た堅一郎からは「スピーチが硬いで~」なんてヤジが飛んでは来たものの、それを真に受けていたら話が長くなってしまうために、「待て」のジェスチャーを堅一郎に送る。

「……正直、少し前まで私は自分が何のために歌舞伎町で探偵をやっているんだか、よく分かっていませんでした。中途半端に曲げられない正義感を持って、燻っていました。そんな状態にあった私を支えてくれたのは、誇りの妹である一二三です。私の、最高の相棒(バディ)です」

 皆、一様に真吾のスピーチを静聴している。

「一連の事件の中で、私たちは大切な人を亡くしました。それが私たちの心に影を落とすことになったのは言わずもがなでした。ただ、その中で私は真なる強さとは何か、それを郷馬組前組長、そして私の父から……最高の妹である一二三から教わりました。真なる力は、武力ではなく愛でした」

 一二三や堅一郎をはじめとした、その場にいた全員が涙を流して聞いていた。鼻を豪快にすする音は、堅一郎の他にはいない。それに苦笑しつつも、真吾はスピーチを続ける。

「私は、それによって弱さを受け止めてもらいました。脆さを知ってもらいました。そして、甘えを許してくれました。だからこそ私は、過去から続く長く険しい事件を解決できたと思っています。本当に……本当に、ありがとうございました」

 真吾はその場で深々と頭を下げる。一二三が傍で「もうよい」と優しく呟くと、真吾は元に直り、笑顔でスピーチを続ける。

「あまり私が言えた口ではありませんが……今日は私の誕生日であり、『現代のジャック・ザ・リッパー事件』の解決記念日であり……クリスマスです! 皆さんが皆さんを労って、そして……騒いで騒いで騒ぎまくりましょう!! 乾杯!!」

 そう真吾が号令を発した瞬間、パーティールームが一気に騒然とした。その後に「ただし常識の範囲内でね……?」と呟くも、聞こえているのか聞こえていないのか、分からなかった。

「全く兄上……ここは大宅家のパーティールームなのだがね」

「……ごめんね、一二三」

 真吾自身、このどんちゃん騒ぎがそう簡単に終わる者ではないと感じてはいたものの、まさかこれが日が変わるまで続くなんて、この時の真吾と一二三は思っていなかった。



 あまりにも疲れ果てた、大宅邸でのどんちゃん騒ぎ……もとい、真吾の誕生日会が過ぎて、皆一様に疲れ眠った深夜一時。

 真吾と一二三は、残ったディナーをつまみながら、二人で気持ちを誓い合ったバルコニーで月を眺めながら話をしていた。

「……しかし、兄上よ。これから忙しくなりそうだな」

「……ああ。今日まだこなしきれてない依頼もあるし……これは年末年始てんやわんや確定だね」

 真吾と一二三は、互いを見て苦笑した。以前とは異なって、つきものの取れた、最高の兄妹であり、最高の相棒。彼らを止められるものは、今の歌舞伎町には存在しないだろう。

「それでだ、兄上。いつか結婚式を挙げるときには、私と言う途轍もないフィルターを経由しないと駄目だからな。それこそ、厳しい試練を潜り抜けてきた我が大宅家の使用人なら……話は……別なんだがなあ……」

「はは、私を好きな人は余程じゃない限りいないと思うよ、迷惑かけてばかりだし」

 そう言うと、露骨に一二三が「マジかお前」みたいな驚愕の表情を見せていたのは少し気になったものの、詳しいことは考えずに明日からの依頼ラッシュに備えて、一二三の部屋で眠ることになった。


 サンタクロースも寄り付かないであろう、聖夜の翌日。全ての依頼が片付いた、昼時のゆったりとした時間。真吾はすっかりばてていた。

「ほれほれ兄上、この程度でバテるのか? んん?」

「いや……年末にフルマラソン分走ればこうなるって……仕事でこの距離走るとは思わなかった……」

 真吾の苦しそうな表情を見てほくそ笑む一二三を横目に、真吾は疲れにより何も言葉にできなかった。

 しかし、そんなタイミングで何者かが階段を上る靴の音。心当たりがあったために真吾は急いで汗を拭いて、一二三は事務所のブレーンとしてすまし顔を決め込んでいる。

 そうして事務所のドアを開けた人は、先ほど電話で問い合わせをして来た勘解由小路王華と言う売れっ子の漫画家、三十歳ほどの白髪(はくはつ)の男であった。

「すみません、先ほど連絡した勘解由小路、と申します。 お仕事の依頼をしたいのですが」

 静かに頷いた真吾と一二三は、やってきた人間に対するお決まりの文句を、優しい笑みを浮かべて言った。

「「ようこそ、喜多川探偵事務所へ」」



「……なるほど、あの時、そんなことが……」

「ああ、これが歌舞伎町で起こった、『現代のジャック・ザ・リッパー事件』だ」

 バーカウンターでの語りは、かなりの長い時間だったらしく、グラス内の球状の氷も完全に溶けて水と化していた。

「長い時間拘束して申し訳ないな、今日はもう遅い。もう帰ると良い」

「はい、今日はためになる話をありがとうございました、『伊達』先輩」

 笑顔で見送る上司。しかし、去り際に言った一言が、上司の顔を赤く染めるには十分であった。勿論、強い酒によるものではない。

 バーのマスターに追加の球状の氷とウイスキーを頼む。マスターもまた、そんな上司の姿を見て静かに笑っていた。

「あの方……気付いてらっしゃったようですね。『誠』様」

「富沢、って会社で名乗ってたはずなんだけどな。諸々勘付かれちまったな、『明智』」

 ウイスキー入りのグラスをゆっくりと傾ける上司……もとい誠。

「話聞いてる時のあいつの顔、大分輝いてたな。ここに真吾や一二三、堅一郎辺りでも来れば……絶句するだろうよ。あいつにゃもったいねえ真似、しちまったかな?」

 マスター……もとい諜報活動中の郎介は入口の方を見て微笑した。

「――そうかも、しれませんね」

 店内に子気味良い音を鳴らしながら入ってきたのは、純白のゴシック調のドレスを着た一二三と、彼女を連れた黒コートを羽織る黒スーツの真吾。そしてその側に居るのは、刺青をのぞかせたジャケットを着た堅一郎であった。

「伊達のおっちゃん、久しぶりやの!」

「伊達さん、お元気そうで何よりです」

「ふむ、伊達は富沢、と名字を変えたか……サンドウィッチマンか?」

 それに関して誠は触れて欲しくないようで、苦笑していた。

「これにはふっかい事情があってな……って聞いてんのか?」

 それぞれが思い思いの飲み物を注文して、誠の横に座っていく。一二三はオレンジジュース、堅一郎はカイピロスカ、真吾はダイキリを注文した。

 今日は十二月二十五日、真吾の誕生日であるために一二三がどんちゃん騒ぎを企画していたものの、真吾がそれを断った。大宅家に大きな負担がかかるためであった。

 郎介がグラスを拭きながら、どこか堅一郎と真吾のカクテルを見て、微笑んだ。

「? どうしました、明智さん」

「――いや、お二人のカクテル。無意識に選んだのでしょうが……運命を感じて」

 真吾たち含め五人しかいなくなっていた店内で、静かな真吾の誕生日会が始まる。


 雪がちらほらと舞い始めた、ホワイトクリスマスの歌舞伎町。人々は、舞い始めた雪に心躍り、より歌舞伎町の温度は上がっていく。それはジャズバー「半月」も例外ではない。

 それぞれが最近あったことを話し合って、互いに笑いあっている。

現代の波というものは、この歌舞伎町ではあまり関係のないものとなっていた。堅一郎のプロデュース力の影響か、売れている店ばかり。

 夜の町を歩くだけで、様々な表情が見える。楽しい表情ばかり、最高のクリスマスであることは、誰の目から見ても明らかであった。


 二千十九年、十二月二十五日。今日も歌舞伎町は平和である。

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【カクヨムコンテスト10応募作品】Detective Buddy 結星 雪人 @YuiseYukihito

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