第八ファイル

 歌舞伎町内で、電化製品を扱っている店は元々少ない。

 もう一店舗の、スマートフォン・パソコン売り場にいる対代協定の人間は、そう多くない――どころか、真吾と一二三以外にいる人物はたった一人。勿論、佐麓だった。

 佐麓はこちらに気づくと、真剣な表情をしながら近づいてきた。

「君たちがここにいる、ということはあの置き手紙の謎を解いてここまで来た、ということかな」

「その通りさ、貴様がいることは何となくの察しがついていたがな」

「はは、一二三ちゃんは私が嫌いかい?」

「そうではない、貴様以外の対代協定の者が正直無能だと思っただけさ」

 「これは手厳しい」と苦笑しながら、一歩引く佐麓。

 三分前の事、佐麓は先に来ていたために、スマートフォン売り場とパソコン売り場に残された、今回の事件の犯人が残した置手紙を解読し終えたのだという。

「しかしこの犯人は、中々ユニークな犯人だよ。まるで小学生くらいの――純粋無垢な子供を相手にしているかのようだ」

「それは、どういうことなんですか、先輩?」

 佐麓は、売り場のスマートフォンをいじりながら、真吾の問いに答える。

「いや、やけに犯人自身は自分を追わせたがる、と思ってね。普通犯人は、我々警察関係者や警察からあの手この手で逃げるはずだろう? しかしこの犯人は自分を追ってほしいと言わんばかりに、常人でも頑張れば解けそうな謎を残す」

「この馬鹿者でもわかりやすく言うならば、『あえて完全犯罪ではなく、不完全犯罪を起こすことによって、自分を追ってほしい』子供のような心理、ということか?」

 「そゆことさ」と佐麓はあっさりと答えた。彼は売り場のスマートフォンを正常な状態に戻し、元ある場所へ戻す。そこにある画面は、初期設定されているような、すっきりとした画面が映る。

「ひとまず、次の事件が起こりそうな場所は分かったから、こうなったら共に行こう。折角一緒にいる訳だし」

 真吾たちには断る理由もなく、次の事件が起こるとされている現場へ向かう。その現場は、とあるキャバクラの近くだった。そのキャバクラは、堅一郎がオーナーを務める店の一つだった。


 真吾たち三人が向かった場所は、少し奥まった場所にある、かなりの売り上げを誇るキャバクラ「シャイン」。その店の売り上げは、この歌舞伎町の中でも中々の上位で、堅一郎も誇らしげにそこの店の話をすることが多い。

 その裏路地に、無残な姿をした、ドレスアップされた女性の姿があった。


 連絡してからそう間が空かず、誠はやってきた。事の詳細を伝え、捜査用の手袋に切り替え、捜査を開始する。

 被害者はキャバクラ『シャイン』に勤める、「めぐみ」こと神宮恵(かみやめぐみ)、三十五歳。中学時代に前科あり。真吾も面識がある人物だった。

 死亡推定時刻はおよそ今日の明け方ごろ。その時間は人通りも皆無に等しいため、犯行が現実的だという。

 第一発見者は店の従業員。堅一郎はその時間丁度別の店にいた。

 外傷は二人目の死体同様、腹部を縦に割り裂き、臓器などを全て排除し、中に胎児を模した人形が置かれていた。そして一人目の死体とは異なる場所である、胸部に三つの切り傷があった。これは殺された後につけられた傷らしい。

 堅一郎は真吾たち三人を、まだ開店していない、そして誰一人キャストがいない綺麗な店内に招き、思いの丈を打ち明けた。

「シャイン(ウチ)の中でも、唯一の子持ちでな、誰よりも頑張ろうっちゅうやる気が満ち溢れてたんや。ゆくゆくは、満っちゅう息子をいろんな場所に連れて行きたいっちゅうてな、キャスト全員でその夢叶えたろう、ちゅう動きもあったぐらい、周りに嫌ってる人間なんておらん、ええキャストやったわ」

 堅一郎同様、真吾も話を聞きながら暗くなっていた。真吾に関しては、主に満に関してのことが、割合を占めていた。

「満君……クソッ……!」

 事件に私情を挟むのは、警察の中でも、探偵の中でもタブーであることは理解しているが、それでもどこか、感傷的になりたくなる。

 真吾はその場で拳を握りしめる。犯人を止められなかったことに加え、自身のよく知る人間が被害にあったことが、心に影を落とす。

 堅一郎も、いつもの陽気さは鳴りを潜め、暗い表情のままだった。頑張る恵を誰より応援していたためであった。

 店内を暗く重い空気が包む。その中で、一二三は話を切り出した。

「物部よ。確か貴様は郷馬組の若頭、だったな」

「それがどないした? 一二三ちゃん」

「物部も、この事件の解決に動いてほしい。今回の一連の事件のような、被害者を生まないためにも、だ」

 堅一郎は話を聞こうという態度を示すと、一二三は語り始めた。

「現代のジャック・ザ・リッパー事件に共通することはそう多くはないが、前科持ちばかりを狙う、という共通点がある」

「つまりワシは、難ありの娘を休ませろっちゅう事か」

「話が早くて助かるぞ」

 二人が話し終えると、真吾が話を切り出す。

「それで、次の事件の指標となる暗号はあるのかな?」

 すると、入り口の開けっ放しのドアを軽くノックしつつ、佐麓が現れた。一通り死体の様子は探り終わった様子だった。その手に、犯人が残した犯行予告状を携えて。

「勿論、見つかったよ。被害者の女性の傍に置いてあった。ひとつ前の事件とほぼ一緒の場所さ」

 皆を囲みながら、手紙の封を開けてみると、その中に入っていたものは、謎が記された紙だった。

 その内容は、正直呆気にとられてしまうほどの簡単な内容だった。真吾でも理解が容易な謎だった。一二三と佐麓も、一つの確信を得たような表情をしていた。

 真吾たちはその謎の答えである、歌舞伎町内のあるバーへと向かう。

 その名前は『半月』。ここ最近できたばかりのダイニングバーだった。


 少し日が落ちた、午後四時。ダイニングバー「半月」前。

 真吾たちは、犯人もしくは死体があるであろう店内に入り込もうとしていた。入り口のドアには「CLOSE」と掛け看板がかかっているものの、鍵がかかっておらず、中には容易に入り込めた。

 静かにドアを開けると、ドアにつけられていたベルが寂しく鳴る。

 店内は未だ開店していないために、椅子はテーブルの上にあげられ、ライトの一つもないために、入り口から指す夕日だけが頼りとなる。

 少し進んだところで、真吾は臨戦態勢をとる。

 バーカウンターに座る、黒コートの男。その男は不気味に笑っており、真吾たちを出迎える。

「やあやあ、待っていたよ探偵諸君」

 爽やかな青年のような声をしていたものの、青年の傍には轡をかまされた、無関係な女性の姿。女性の表情は恐怖に歪んでおり、涙を浮かべている。

 それもそのはず、その青年はサバイバルナイフをちらつかせながら、無邪気に笑っているのだから。

「……その女性を離せ」

 その真吾の半分命令に近い強い言葉すら、青年は我関せずといった態度のままだった。

「何でさ? これから素晴らしい芸術作品を作り上げるんだ、邪魔しないでもらいたいよ」

 今まで無邪気な表情を浮かべていた青年は、その言葉を機に一気に殺人者の表情へと変貌する。

 女性に、ナイフを振り下ろすほんの一瞬。

 真吾の一歩後ろにいた誠が、即座に銃の引き金を引いたのだった。女性の命を奪おうとするナイフを弾いたのだ。

「真吾! 犯人を捕らえろ! 俺と堅一郎、佐麓は女性を守る!」

 「了解」と真吾がつぶやくと、それに呼応するように青年はキッチンの方へ逃げた。

 真吾はバーカウンターを飛び越えて、青年を追う。一瞬だけ見失うも、青年は裏口から逃げたようで、裏口の扉が揺れていた。

 裏口から出てすぐに、青年の後姿を捉えた。

「誰が逃がすか――ッつうの!」

 多少煙草を吸って衰えた肺活量でも、走力が現役であることには変わりなく、青年より速い速度で追いかける。

 青年も中々の速度を出してはいたものの、この歌舞伎町に慣れていない様子で、半月から離れた、行き止まりの寂れた公園に辿り着く。

 走っている間に日はすっかり落ちて、現在時刻四時二十分。

 青年はかなり息切れしており、抵抗する様子はあまり感じられなかった。それと対比した真吾の息切れ一つない様子が明らかな差を示している。

「分かっただろ、お前は私に追いつかれる」

 その真吾の言葉に、返す言葉もない様子だった。

「お前は……現代のジャック・ザ・リッパーなのか」

 真吾のその問いに対して、少し回復した様子の青年は怪しく笑った。

 誠に引き渡すために、抵抗しないようにその青年の腕を持とうとした、次の瞬間だった。

 真吾に対して、隠し持っていた二本目のバタフライナイフを振りかざす。しかし構えはなっておらず、ただチンピラがバタフライナイフをぶら下げているだけの姿に、心なしか落胆していた。

 真吾の心は長い間、こんな青年に精神を蝕まれていたのだろうか。この青年が隠蔽されていたせいで、あの学生は冤罪を被ったのか。

 不思議と、真吾の拳には普段乗ることの無い、禍々しいほどの怒気と憎悪が籠っていた。

 青年が真吾を切り裂こうとするも、振るわれるナイフに力はこもっておらず、ただ振るわれているだけ。傷つけられるのはおそらく表面上の生皮だけ。

 殺意のないナイフをいなすことは容易で、折る勢いで右手首を蹴り飛ばす。

 青年は悲鳴を上げ地面に転がるも、不思議と手を止める気が全く起きなかった。

 襟をつかんですぐに握り拳を作り、精いっぱいの力を籠め、青年に向けて振るう刹那。

 真吾の右腕はとてもか細く弱弱しい腕で止められる。ふと後ろを向くと、そこにいたのは一二三だった。

「一二三……ちゃん……?」

 茫然としていた真吾の頬が、一二三の精一杯の力で平手打ちされる。痛覚としての痛みはさほどなかったものの、じんわりとした頬の熱さが別の感情を訴えていた。

「ここで外道を殴って、貴様は人生をふいにしたいのか? 貴様は自分の人生を壊した人間を殴って、堕ちるところまで堕ちたいか?」

 一二三の言葉が、胸に刺さる。

 確かに、真吾は現代のジャック・ザ・リッパーを追い続けていた。警察で捕らえることのできなかった巨悪を、この手で捕まえようと躍起になっていた。

 たとえ、どれだけ警視庁上層部のような、保身のための正義と題されたヘドロに、どれだけ己を揉まれようとも、核にある人々が持つべきである本当の「正義」を忘れないようにして来た。

 しかし、今この瞬間だけ殺意に浸ろうとしていた。

 真吾自身が一番憎んだ人間のように、己の欲(殺意)に忠実になろうとしたのだった。

 真吾はその瞬間に、血が出るほど握りしめた拳を解いた。虚しく落ちる血液は、静かに公園の地面へ染みていく。

「確かに貴様は私と比べたら大馬鹿者だ。しかし、貴様は誇りを持ち合わせた、信念ある馬鹿者のはずだろう」

 青年は、真吾の先ほどまでの殺気に圧されてか、失神していた。涎と鼻水を垂らし、痙攣していた。

「……ごめんね、一二三ちゃん。迷惑、かけちゃった」

「馬鹿者、初見時こそ最悪であったが、我々は仲間であり同志だ。迷惑は掛けて掛けられて、だろう?」

 一二三がその瞬間に見せた笑みは、最初の印象とは大きく異なり、とても温かなものを感じた。


 青年は、誠が運転するパトカーに乗せられて、警視庁へと連れて行かれた。

 真吾の中で、何か重い荷物がすとんと落ちたような感覚があった。何となくそれは実際の実情にも当てはまるもので、真吾の肩が不思議と軽くなったような気がした。

 ふと一息つくと、一二三が側にいた。

「一つ、しがらみが解けたな」

 その声には安堵と、どこか惜しむような気持ちが汲み取れた。

「追っていた大事件のうちの一つが解決しちゃって悲しいかい、一二三ちゃん」

「馬鹿者、私がいくら事件マニアであるからとはいえ、犯人逮捕されて惜しむような人間ではない。……多分」

「最後の一言で信憑性ガタ落ちだね」

 うるさい、とだけ言い残すと、一二三は真吾に背を向けた。

「これから、汚名返上したためにその名を落とすことないよう、我々は奮闘せねばなるまい、油断は禁物だぞ」

 真吾は少し手厳しく思いながらも、これが彼女なりの優しさなのだろうと、何となく察しながら一二三の後ろを歩く。

 ふと、一二三は振り返った。何のことかと思って反応をすると、どこか恥ずかしそうに言い放った。

「……つまるところ、これからよろしく頼む、『真吾』」

 彼女の思わぬ行動に少したじろぎながらも、静かに真吾はそれに応じた。


 夜七時。真吾のスマートフォンが、着信を高らかに伝える。コール数がそうないうちに応答する。その電話の主は他でもない、文司(おやじ)だった。

『よう、堅一郎から話は聞いたぜ。お前さんの追っていた事件解決祝い、ってことで食事でも行かねえか?』

 それを断る理由もないために、一二三と共に文司の誘いに乗ることにした。

 一二三は最初……

「寿司か……寿司は食べ飽きているのだがな」

 と言っていたものの、文司に対して一二三は行かないことを伝えようとすると、

「ま、待て真吾、誰が行かないといった? 私が食べ飽きているのは回る方だが? 決して行かない……などとは言っていないが?? 私の舌は厳しいから……ってああもう、ちょっと強がっただけだ馬鹿者! 察しろ大馬鹿者がー!!」

 とまあ……耳まで真っ赤にして怒っていた。何となく、一二三にも年相応の部分があることに安堵しながら、一二三も同行することを伝えておいた。文司は大笑いしながらも快諾してくれた。

 その寿司屋に向かう途中、一二三から話を切り出された。

「その……何だ、真吾よ、貴様の事務所のファイルを漁って悪かった、とだけ言っておく」

「ファイル? ああ、あの事件の過去のファイルかい?」

 そうだ、と一つ言うと、一二三はばつが悪そうに真吾を見ることを止めた。

 しかし、そんな様子に真吾は思わず笑んでしまった。

「真吾よ……私は仮にも貴様の大切なファイルを盗み見たのだぞ? 少しは言い返したらどうだ」

 しかし、真吾は怒る、なんてことは微塵も考えていなかった。

「何となく気付いてたよ、だってファイルの順番間違ってたからさ」

 一二三はその事実を提示されて少し驚いた様子だった。

 真吾が先ほど事務所でゆっくりとしていた時、ふと後ろを見た瞬間いつも几帳面に整えていたはずのファイルの順番が微妙に間違っていたのだ。これができる人間は誠と一二三、そして堅一郎の三人。しかし一二三の事情を鑑みると、一二三しかその犯人が思いつかない。

「最初から、一二三ちゃんは『事件のため』と、第一目標を定めてた。恐らく長年の人付き合いの経験上、私はすぐに見捨てられるものかな、と考えていたんだけどさ。けれど、一二三ちゃんは私を見捨てずに、犯人逮捕までこじつけてくれた。そして今だって、一二三ちゃんは私の傍にいてくれる。嬉しいことこの上ないよ」

 そう真吾が言うと、一二三は赤くなっていた。

「ば、馬鹿者! 貴様が大馬鹿者だから最後まで付き合ったのだ! これっきりだからな」

「その割には『これからよろしく頼む』って言ってくれたけどね」

 真吾が冷静に、そして微笑ましく反論すると、一二三の顔は更に赤くなった。

「ばっばばばばば馬鹿者!! それは言葉の綾というか嘘ではないが別にお世辞と取っているかと錯覚していると思ったというか何となく言葉通りの意味として受け取ってもらえて嬉しいというか!!」

「一二三ちゃん、嘘つけないんだね」

 そう呟くと、真吾の脇腹に一二三の全力エルボーが叩き込まれた。


「これは……!」「溶けてしまう……!」「ああ、何と至高の逸品だろうか……」

 これら全て、真吾のリアクションではなく、一二三のリアクションである。

 凄く嬉しそうにお高い寿司を頬張る一二三。目を爛々と輝かせ、満面の笑みを浮かべる。口惜しそうに飲み込むとマグロの赤身を口に入れる。その瞬間にまた笑顔が戻る。まるでそう言ったおもちゃのように、一つ一つの寿司に対してリアクションしている。

「美味しそうに食べてくれるじゃないか、お嬢ちゃん」

「うむ、ここの寿司は絶品だな! なあ真吾よ!」

 真吾はそれに対して、柔らかな肯定の笑顔しか返すことができない。

 それを見る文司は、喜びとも何ともとることができないような、複雑怪奇な表情を浮かべていた。

「組長、どうしたんですか?」

 心配そうな真吾の顔を見ると、文司はいつものような笑顔でありながら、苦しそうな表情を浮かべて、

「いや……これお勘定いくらになるかな……ってな」

 真吾は静かに察すると、一二三の喜ぶ姿を肴にしつつ、えんがわを一貫、口に入れた。相変わらず、程よい歯ごたえで、独特の味わいがあり、美味かった。

 しかし、文司が今まで見せたことの無いような、複雑な表情の真相は、分からずじまいだった。

 しかし、難しいことを考えるのは苦手だったために、文司に感謝しながら寿司を食べ続けた。あまり多くの事を考えながら食べていると、不味くなってしまう気がしたから。


 夜九時、寿司屋の板前と文司に深々とお礼をしつつ、一二三を連れて事務所へと帰る。一二三は高級な寿司をたくさん食べて満足したのか、すやすやと真吾の背で寝息を立てている。

 誰かをおぶる、なんて初めてだったために新鮮だった。こうしていると、もともと孤児だった真吾に疑似的な妹ができたような、不思議な感覚に陥る。

 心から安心している寝顔を見るとこちらも心が温かくなり、事務所へ帰る足が軽くなった。


 事務所に着いて、一二三をソファに寝かせ毛布を掛けてから、自分のデスクの上で昔のファイルを開き、昔の空気に浸る。

 少し寒いとは思いつつも、真吾は傍の窓を全開に開け、久しく吸っていなかった煙草に火をつけ、ゆっくりとふかす。

 じっくりと、今までの事を思い返す。

 文字通り燻っていた真吾の元に、「過去の事件の解決」という着火剤を手にやってきた一二三。さらに火の勢いを強める、誠との久方ぶりの再会。三名の犠牲者を生み出してしまったものの、二年越しに無事解決することが出来た、現代のジャック・ザ・リッパー事件。

 新たな仲間となった一二三には、感謝してもしきれない。

「ここまで順調に物事が進むと、気持ちよくもあるし、薄気味悪くも感じるな」

 ふと、ぐっすりと眠っている一二三を見る。寿司をたらふく食べ、幸せそうに眠っている。涎まで垂らして。

 微笑しながら昔のファイルのページをめくる。一二三の言うように、何となくファイリングされた紙が元よりずれていたり、それでも直そうとした箇所が何か所か見られたために微笑ましかった。

 最後の部分に挟み込んでいた、昔の写真を眺める。真吾と一緒に映る同期の姿や、教官の一人であった今よりも顔の皺が少ない誠など、見ていてとても楽しかった。

 しかし真吾は事件ファイルを眺めていて、何とも言えないような違和感を抱いていた。

 いつしかにこやかな表情ではなくなり、疑わしく思う表情となっていた。

 しかし、何度ファイルを見返してもその違和感の正体は分からずじまいで、自分にはよく分からないことを察した真吾は、言いしれない不安を感じながらも、その椅子に寄り掛かる形で眠りについた。



 起きたのは、まだ日も出ていない、十二月二十二日、深夜一時。ありえないほど冷えた空気と、近くでなっていたパトカーのサイレンによって目が覚めた。

「……こんな時間まで、ご苦労様だ」

 皮肉も込めて吐き捨てるように言った真吾。

 しかし、次の瞬間だった。

 事務所の呼び出し鈴が鳴る。こんな時間に何の用か、そして誰が来るのかなど、何一つ想像もつかなかった。

「はーい、今開けますよ……っと」

 鍵を開けてドアを開けると、そこには二人の警察官がいた。真吾は知らない人間だった。恐らく、事件の調査が大詰めである連絡なのだろうと信じていた。

「喜多川、真吾さんですね」

 その問いに黙ったまま頷くと、警察官が懐からあるものを取り出した。それは、まず真吾自身にはありえない上に、身に覚えのないものであったために、真吾は一瞬で危機を察知した。

「貴方に、逮捕状が出ています」

「罪状は、殺人罪」

「い、いや待ってくれよ、私がいつ殺人をやったんだ」

 その真吾の問いに、二人の警察官は淡々と、真吾自身がやったとされる事件の内容を話し始めた。その内容すべて、真吾には関係のない話であったうえに、その時いないはずの場所に真吾がいたことになっているのだ。

「おかしいだろ、何かの間違いだ!」

「おかしいはずはないですよ、何せ逮捕状が出されていますからね」


「郷馬組組長、郷馬文司、六十歳。あなたが殺したんですよ」


「…………は?」

 あれだけ元気だった組長が、殺された?

 頭の中を支配するのは、理解不能(エラー)ばかりであった。

 茫然自失としていた真吾の横には一二三がいた。音がしてこちらに来たのだろう。

「真吾、一体どういうことだ」

「すみません、そこのお嬢さんにも用がありまして」

 そういうと、おぼつかないような動きをした警官二人は、上着を全て脱ぎ、その中にある真吾たちに対しての武器を見せつける。大量の時限爆弾だった。寝起きの人間には、眠気を覚まさせるにはとても効果的で。

「貴方達には、死んでもらいたく思いまして」

 真吾は、咄嗟に動き出すことができずにいた。しかし、その場から逃げようとして、真吾の腕を引く一二三。

「まずいぞ真吾! 早く逃げるぞ!!」

 その言葉がトリガーとなり、我に返った真吾は一二三を抱え、窓ガラスを飛び割って逃げる。

 しかしこの時、時限爆弾起爆まであと数秒足らずであり。

 次の瞬間、真吾の事務所はけたたましい音を立てて、爆発した。

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