二章 「連鎖反応」

第六ファイル

「……ここか」

「何度か前通ることはあったけれど、いつ見ても……気圧されるなぁ」

 真吾たちの目の前に聳え立つは、五十階以上もある巨大なビル。ここは歌舞伎町の新たなランドマークとして建造された、「KABUKIヒルズ」。一年前にできたばかりのもので、人々の記憶には真新しいものとなる。真吾の事務所と位置的にはそう遠くない。せいぜい二百メートル程度の距離しか離れていない。

 対代協定の封筒の中には、もう一枚の紙きれが入っていた。それは事件とはあまり関わりのないものではあったが、ここに向かう必要があった。

 その理由は、この歌舞伎町の何十軒もある探偵事務所の頂点に立つ、「グロリア・スコット・ディテクティブ・オフィス」、通称「GSDO(ガスド)」からの招集がかかったためである。

 受付の女性に話をし、その先のエレベータに乗り込み、真吾と一二三の二人でGSDOのオフィスへ向かう。

 ここに来るのは初めてではないが、どうも毎回アウェーな空気を感じてしまう。実際、対代協定の中でも、真吾は無法者(デスペラード)と呼ばれてもいいような振る舞いをしているために、どうも同業者からは好まれない。包み隠すことなく(いくらクリーンな事しかやっていないとはいえ)暴力団組織と繋がっているのだから、周りも寄り付くことはない。面倒ごとが嫌いな人間ばかりなのだ。

 少しの間上昇し続けたエレベータは五十階で停止し、緩慢にドアが開く。

 眼前に広がるのは、あからさまに自分の事務所とはかけ離れた、輝かしいフロント。煌びやかな装飾で彩られた、超高級ホテルのような。

 天井には華美で巨大なシャンデリアがつり下がっており、それに嫌気がさして壁を見ようものなら、そこには名画が飾り付けてあり、それにも嫌気がさして違うところに目を移そうにも、高級な棚にしまわれているのは、数々の難事件を解決した際の感謝状ばかり。頭が痛くなってくる。

「しかし、どこを見ても優等生だな。人生でも勝ち組という奴か、見た目でもそうだが」

「え? 一二三ちゃん、あの人に会ったことあるんだ」

 一二三と他愛ない話をしながらフロントを道なりに進んでいくと、人がかなり集まる大広間があった。そこに着いた途端、真吾に対して冷たい目線が向けられたのを察知したために、唯一名前を呼べる……というか唯一真吾を邪険に扱わない人物に話しかける。

「お待たせしました、佐麓先輩」

 真吾の声に振り返ったのは、このGSDOの総取締役であり、唯一真吾を邪険に扱わない聖人、佐麓家杜(さろくかいと)だった。白スーツ&白ワイシャツという、カレーうどんなんかそんな恰好で豪快に食べたら一巻の終わりのような全身真っ白い格好をしており、髪はきっちりワックスでオールバックに固めており、かなりのイケメンである。さらに左利き。

 真吾より数歳年上で、探偵としての在り方などを教えてくれた真吾の先輩である。それに歌舞伎町では知らぬ者はいない、超が付くほどの有名人である。

 その理由は、この歌舞伎町を犯罪のないクリーンな歌舞伎町とするべく、歌舞伎町の隅から隅まで浄化する「歌舞伎町浄化作戦」、略称「KPO(クッポ)」の陣頭指揮を執っていることに由来する。これにより、今の歌舞伎町は昔ほどの混沌とした街ではなくなった。スローガンは、「誰にも誇ることのできる、美しい歌舞伎町のために」。

 今は警視庁と密接に関わる対代協定トップの探偵業と、ファンが多かったためか兼業としてタレント業をしている。ちなみに抱かれたい男ランキング現在二連覇中。

 佐麓は微笑んで、真吾たちを迎えてくれた。

「やあやあ喜多川君。待っていたよ」

「しかし相変わらず白好きですね、毎回大事件に関わっているのに汚れないんですか?」

「ああ、大丈夫さ。あと同じ格好が数十着あるからね」

 悪気のない大金持ちの風格に、大抵同じ格好の真吾の心は早くもダメージを受けていた。一二三や堅一郎、そして佐麓といい、真吾の心の体力を減らす天才である。

 佐麓は、ふと何か気付いた様子で、一二三を指し示した。

「そう言えば、何で喜多川君の後ろに一二三ちゃんが?」

 一二三は、いつの間にもらったか分からないグラスを手に、グラス内のオレンジジュースをストローで飲みながら語った。

「佐麓家杜、三十三歳。十二歳の時に飛び級にてハーバード大学合格、そして十四歳で卒業。父が遺した遺産を元に会社を設立し、独学で経営学を学んだ結果、十六歳で自身の会社を設立し、見事大成功させる……こんなところか?」

「流石だね一二三ちゃん、事件現場で何度も目にはしているけど、やっぱり神童の名は伊達じゃあない」

「成程、一二三ちゃんが佐麓先輩の事を知っている理由がわかりました」

 ストレートに褒められて、何となく照れている一二三を尻目に、本題へと入る。

「それで、今日ここに対代協定に加入している探偵事務所の全員を集めた理由は一体?」

 その真吾の言葉にハッとした佐麓は、「ありがとう」とだけ言い残して特設されたステージの上にマイクを持って立つ。「先輩、忘れてたな」なんて言うことは野暮かもしれない。

 先輩は少しのマイクテストをした後に、話し始めた。

「今日は皆さん、お忙しい中集まりいただいて、ありがとうございます」

 先ほどの柔らかい雰囲気は、どこかへと消え失せていた。代わりに感じたのは、数多の命を背負う覚悟、そして使命感。芯の通った声に、会場の空気は一気に引き締まる。

「本日お集まりいただいたのは、『現代のジャック・ザ・リッパー事件』についてです。対代協定からの依頼内容通り、かつての事件の模倣犯なる者が出たとの事です」

 全員が静かに佐麓のスピーチに耳を傾ける。

「普段我々は、この東京、いや全国の人々を救うべく競い合いながらそれぞれの正義を掲げてきました。時には依頼の内容によって、敵対するはずのない事務所と対立した者がいるでしょう。しかし今は互いに背中を預けあうとき。共に、凶悪な犯罪者を警視庁と協力して、誰一人欠けることなく検挙しましょう」

 その凛としたスピーチに心打たれたか、大広間の会場は拍手に包まれる。真吾もその一人だった。

「いつも通りの優等生解答だな、こういった時でもブレないのはあの男の武器だな」

「一二三ちゃん、佐麓先輩に不満かい?」

「いや、いつも通りだな、とある種感心していたよ。警視庁でもあの調子でな、まあリズムが変わらないから対応が楽、というのもある」

 そういう一二三は、困ったように笑っていた。


「さて、改めて事件の調査の大まかな流れをつかんでおくか」

 あの集会の後、真吾と一二三はすぐに事務所に戻り、書類を広げながらこれからの方針について語り合っていた。真吾はそこまで頭が良くないために、ある程度決まった方針に対してとやかくは言えない。

「まず私は事務所内で、喜多川が足で集めてきた、新たな証拠をまとめ、貴様に指示を出す。ここまでは良いな?」

「ああ、自分にできるのは肉体労働だってことくらい、自分が一番よく理解しているからね」

 一二三は「いい心がけだ」とつぶやき、静かに笑む。こうなってくると、どちらが年上かよく分からなくなってくる。

「喜多川、貴様はとにかく走って情報を集めよ。貴様が集めた証拠の良さは、あの三件の失くし物の依頼の件で、ある程度は理解しているからな。そこは素直に褒めよう」

 何とも悲しくなってくる。自分が馬鹿だというのは理解しているが、まともな証拠を集めるだけで褒められるとは。

 そんな真吾の困ったような顔を見て、一二三はしっかりと訂正する。

「いや、別に馬鹿にしているわけではない。真なる意味で褒めているのだ。貴様の情報収集能力は恐らく、一部の大雑把な人間がやるような、おざなりな情報収集によって集まったものではない。しっかりと多くの情報を見比べ、精査して生まれた証拠なのだろうと推察する」

 そう語る一二三の瞳は、決して嘘を騙るような瞳ではなかった。それに少し救われた自分がいた。

「……まあこれは基本ではあるがな」

 訂正、やっぱり一二三は真吾をいたぶりたいのだろう。瞳が完全に人を小馬鹿にするような、薄笑う瞳へと変わっていた。

「ま、茶番はこれまで。頭脳労働担当の私に仕事をさせておくれ、喜多川よ」

「……分かったよ、頑張ってくる。その分、一二三ちゃんも頑張ってね」

「誰に向かって言っている? 私も貴様同様、仕事に妥協はしたくない質でな。安心しろ喜多川よ」

 真吾は苦笑して、ハンガーにかけてある薄手のパーカーを羽織り、事務所を後にする。


「しかし、ああは言ったものの……暇だ」

 真吾が外に出てから、一二三は手持ち無沙汰になっていた。

 暇になってしまったために、一二三は事務所内を軽く家探ししてみるも、特にめぼしいものはない。

「しかしあれだけ童貞と言いはしたものの、本当に女の影がないとはな、余程モテないと見た。エロ本も、ざっと探しはしたものの……無しか。少し悲しくなってくるな」

 おそらく同年代の女子は、こう言った下世話な話はしないのだろう。しかし、どうも様々な捜査をしていると、多くの犯人の部屋に向き合ってきた。そのために、幼女趣味の部屋だったり、そのまた逆だったり。様々な環境と向き合ってきたために、耐性はしっかりとついている。

「喜多川に対して『普通』とは言ったものの、書類のファイリング、事務所内、様々なものがこまめに整頓されている。喜多川とやら、女っ気はないものの、しっかりとしているな」

 少し感心しながら、整理されたかつての依頼ファイルをパラパラとめくる。

「……事前調査の通り、確かに、依頼内容がかなり下らないものばかりだな。失くし物はともかく、愚痴聞き、ごみ拾い、部屋掃除……探偵事務所という名の何でも屋ではないか? これを依頼してくる人間も足元を見ているな、平均依頼料が些か低い」

 少しばかり声を荒げながらも、数々の依頼関連の書類に目を通していく。そうしていく中で、ふと、一枚の写真がひらりと落ちる。

 疑問に思い、その写真を拾い上げると、その写真に写っていたものは、喜多川と郷馬組組員全員の集合写真だった。写真に記されていた日にちである四月中旬から察するに、警視庁捜査一課に配属が決まった時の物なのだろう。

「この一か月後か、喜多川が警視庁をクビになるのは……なんとまあ、ツイてない男か。あまりこう表現してはいけないのだろうがな」

 少しばかりの同情は、その当時事件に関わっていない人間であったとしても許されるべきだろう。本人がどう思うかは別として。

 彼が見る世界が歪むのも無理はないし、歪んだ視界を持ち合わせることに異論はない。

 写真をファイルに挟み込み、そのファイルを元の場所に戻す。初めて手に取った時よりも、少し重く感じてしまう。しかし、心を鬼にし、他のファイルに手を伸ばし、別のファイルの中身を真剣に読み進める。

 真吾が持つ、「現代のジャック・ザ・リッパー事件」の真なる鍵を、探るために。



 事務所から距離がある裏路地。仄暗く、街灯の一つすらない。辺りは煙草の吸殻だったり、生ごみの臭いだったりで、嫌悪感を抱くレベルの悪臭がそこにある。浮浪者も立ち寄ることは無く、真吾も調査の際の裏道に利用することがない。

 今回の事件現場は、この仄暗い裏路地だった。そこには、他の探偵事務所の人間も数名いた。勿論、真吾が来たことによって場の空気は少し冷える。

 少し嫌そうな顔をしながら、事件現場内に踏み込むと、そこには見知った顔があった。それは佐麓ではなく、あの事件資料の制作者だった。

「お、真吾じゃねえか、久しぶりだな」

「お久しぶりです。正式な捜査で協力するのは今回が初めてになりますか、伊達さん」

 真っ白なワイシャツに、黄土色のトレンチコートを羽織る、少し年代を感じさせる人物は、伊達誠(だてまこと)。真吾が捜査一課だった時に、真吾の教育係だった、五十歳のベテラン刑事。

「真吾……お前さんにとっちゃあ過去穿り返されるような事件だが……大丈夫か」

「……ある程度の私怨はありますが、難こそあれど力強い味方がいるので。私は、平気です」

 変わることの無い真吾の様子に誠は微笑して、真吾たちは目の前の事件と向き合う。


 被害者は三十代女性。いたって普通の会社員である。しかし、中学時代に前科(マエ)あり。

 死亡推定時刻は昨晩夜九時~夜十時の間。その間の目撃者はゼロ。

 第一発見者は、KPOの係員の一人。「陰湿な犯罪を未然に防ぐために、街灯を設置する計画を立てにやってきたところ、死体を発見した」……とのこと。

 外傷は、腹部を縦に割り裂くような切り裂き跡と、手首にリストカットと思われる切り傷が二つ。

 体内には生まれる前の胎児を模した人形が残されているばかりで、腹の中にあるはずの臓器の全てが空となっている。そして被害者を殺した凶器は犯人が回収したようであった。この場で殺したようで、引きずった跡などはない。

 しかし、それはあくまで外傷の話。被害者の腕には、無数の注射の跡が残っていた。医療関係……にしては、異常な量からして、おそらくは麻薬の常習者だと考えられる。

 誠が昨日の被害者の男の上司に取り調べをした時のこと。

 被害者は二週間ほど前から会社や私生活での行動が不可解なものばかりで、上司にはよく注意されていたらしい。被害者はその忠告を聞きはしたものの、行動が改められることは無かった。

 それを裏付けるもう一つの証拠は、死体の表情にあった。その表情は、薄らにやけており、とても殺される人間の表情ではない。

「最後にトんじまう程のイイ思いをしたか、もしくは別の理由か、だな」

「ですね。死ぬ間際でこんな顔ができる理由なんて、そう多くはないはずです」

 死体の辺りを一通り見た後、真吾はしゃがんだ状態から立ち上がり、辺りの店の人間に聴取することにした。

 少しでも多くの証言を得て、一二三が言うように自分の役目を果たすために。


「そうねえ、アタシもよく見えなかったけど、黒いフードかぶった誰かが通り過ぎていったのを見たわぁ、怖くなって家にさっさと帰ったけどねえ……え、それ多分君? ごめんねえ、アタシイケメンには目がないから……」

「えー、ウチ全然知らないしー。昨日は彼氏と朝までコースだったし、そん時の事なんて知らなーい」

「昨日の夜のこと……ごめんなさい、丁度そのころ少し遠くのキャバクラに上司と飲みに行っていたので、昨日の事件の事はよく分からないんです」


 なんということだ、有効かつ重要な証言が何一つ見つからない。悲しいことに、これに似たような回答を貰い続けること二時間。真吾は、半分うなだれていた。

「お、おい大丈夫か真吾」

「大丈夫じゃないです……少しでも簡単に重要な証言が出てくると思った私が馬鹿でした……」

 あろうことか、途中真吾自身が不審人物に見られていたことも判明してしまったために、余計にショックが大きい。事件に関する証言一つ出なかったことも拍車をかけていた。

「ま、まあまあ、もう少し聞き込みしてみれば何か変わるかもしれないぞ」

「そうですね……今度は少しターゲットを変えてみましょうか」

「ターゲット? この街じゃあそう変えることなんてできやしないだろ」

 すると誠は目の前の事実に気が付いた。真吾は少しばかり縁のある場所であり、以前簡単な依頼をこなした際に、少し仲良くなった場所。

 少し古い雑居ビル。夜の店で働く人間の子供を預ける託児所が、雑居ビルの三階にあったのだ。

「でかしたぞ真吾、こりゃあ捜査が大きく進むかもしれない」

 真吾と誠はその雑居ビル内へと入っていった。

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