子供の修繕

布原夏芽

修繕

 雪がしんしんと降り積もっていく音がする。


 古くなった窓枠の木が結露で腐らないか気になった工場長は、束の間手を止め、それから、<子供の修繕>を続けた。


 雪が降る音などおかしな話だ。どれほど降ったところで、積雪に連なってしまえば、かけらとしての実体を無くしてしまう。

 そんな取るに足らない雪に音なんぞあるものか――。


 工場長は今度は修繕の手を止めることなく心の内でつぶやいた。部屋をあたためている暖炉の中でまきぜた。


 ――この子供だって数多あまた生産されゆく子供の中のわずかひとかけら。

 ほかの子供に連なることができるようにしてやりましょう。それを望む声が聞こえなくとも。わたしの手で。



 彼女は工場長だが、ここが工場だったのはもうずいぶん前のことだ。だから正確には元工場長ということになる。


 けれど、今でも彼女はみなから工場長と呼ばれていた。

 それはたぶん、初めてここで修繕されることになった子供・アリヤが収容された当時、細々とながら子供の製造が途絶えていなかったから。


 それから間もなくして最後の工員が出て行ってからもアリヤは変わらず、彼女のことを工場長と呼んだ。


 アリヤは自分の後に入ってくる子供たちに、「工場長のことは敬わねばならないよ」と言って聞かせるのが自分の役目と思っているようだった。


 工場長はもともと職人の出だったから、子供の製造が子供の修繕に変わったところで特に問題はなかった。それどころか、彼女は言った。


「見境なしに作っていくばかりではなく、だれかが直さなくてはならないの。ずっとわたしはそう思っていたのよ」


 ベルトコンベヤーで流れてくる分担作業に慣れきっていた工員たちは眉をひそめた。幼かったアリヤだけは、もっともだとでも言いたげに強い眼をしていた。


 ここに搬入されてくるのは壊れた子供だ。


 街にあふれる壊れたまま放置された子供を見かねて、最初に工場長が手を引いてきたのがアリヤだった。


 アリヤは今ではもう、壊れていた時代の記憶はほとんど思い出せない。

 ただ、自分が生産されたのがこの工場だったらよかったのに、と老朽化した加工機材を愛おしそうにでながら時折つぶやいた。



 新たに作り出すよりも、既にあるものの不調を直す方がずっと難しいし、手間がかかる。

 ひとつひとつ壊れ具合をしらべて、それに適した処理を施さねばならないからだ。


 いまや子供は大した煩雑もなく大量に生産され、ラインで流れてくる。

 メソッドは体系化されているし、無から有への手順は、個体ごとにそうは変わらない。


 それが修繕となると、一度に複雑になる。


 正しく発露しないもの、恒常的にりできなくなったもの、初期不良が今になって影響を及ぼし出したもの、全体的に朽ちて形を損なったもの。


 いくらかの共通項でくくることはできるものの、子供の数だけ欠損のパターンは存在したし、修繕という仕事はそのいずれもを相手取ることを意味していた。

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