13.「藍②」


 ピタリ――と、ハギの声が止んだ。

 シンッ――と、静寂が薄汚れた空間に流れた。


「……いいから、さっさとヤれよ」


 ぶっきらぼうに、やさぐれたように、

 すすだらけの地面に、俺の声が落ちゆく。


「……えっ?」

「『……えっ?』、じゃねぇんだよ。お前の目的、俺の両眼を潰すコトだろ? ほらっ」


 ムクっ――、と身体を起こした俺がグッと伸びをして、ばんざーいって両手をあげて。


「……抵抗なんかしねぇから、俺の眼ん玉に、てめぇの指つっこんで、グリグリグリグリ……、眼球をほじくりだせよ、俺のが終わったらアザミのも……、『透過』を使えば余裕だろ?」

「……お、お前、ナニ言ってんだ……? じ、ジブンでそんなコト――」

「――あっ? ……てめぇこそ、『今更』何言ってんだよ」


 ――ざわざわざわざわ、ザワザワザワザワ……


 地下二階。このご時世に電波一本すら立たねー、隔絶された空間に、

 音のない、風が流れて。


「何、やんないの? お前、愚痴言うタメだけに俺をこんなところまで連れてきたの?」

「……そ、それは――」



 ――はぁっ。


 タメ息が、漏れ出る。 


「――その気が、ないならさ……」


 声が、漏れ出る。


「――覚悟が、ねぇならさ……」


 フッ――、と何も無い空間……、いや、

 おそらくハギが居る『であろう』、その場所をスッと見据える。

 真っ赤に染まった、二つの両眼で。



「――くだらねぇ文句ばっか……、言ってんじゃねぇよぉぉぉぉぉぉっ!」



 脳内で、血管が三本ばかし切れた感触があって。


 ビリビリビリビリ、ビリビリビリビリ――


 轟音が振動となって、地下二階の空間をグラグラ揺らした。

 俺の背後。真っ暗なモニター画面たちがガタガタ震えだして――


「――ヒッ……」


 ハギから発されたのであろう、マヌケな悲鳴が聴こえたが……、もう、『遅い』。

 格ゲーの筐体、空っぽになったクレーンゲーム、床に散々していたメダル、割れた蛍光灯、パイプ椅子、薄汚れたディスプレイ、首のもげたぬいぐるみ――

 ありとあらゆるオブジェクトが、俺の周りにフワフワと浮いて。


 ――一直線。

 ハギがいる『であろう』その場所に。

 ドカドカドカドカ、なだれこんでいく。


「――うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ――絶叫。

 何もない『ように見える』その空間で、格ゲーの筐体が不自然に軌道を変えて、

 空っぽになったクレーンゲームが鈍い音を立てて――


 ドカドカドカドカドカドカドカドカ……。


 灰色の煙が舞い上がる。ありとあらゆるオブジェクトが空気中を錯綜する。

 ふぅっ――、と息を吐き、俺はヌルッと立ち上がる。


 ――気づいたら、紺の制服を身に纏った大男が一人……、

 頭を抱えてながら、すすけた地面に転がっていた。



「……ウッ、ウッ、ウウッ――」


 ――うめき声。

 俺は姿を現したハギの肩をガシッと掴み、乱暴にその身を起こす。

 ハギが再び「ヒッ……」と声を漏らして、長い前髪の裏側から見え隠れするのは、

 絶望に塗れた、真っ青な両眼。



 ……『恐怖』の感情が起因して眼の色が変わる……、『青眼アオメ』、か――



 赤と青が交錯し、ハギの全身は相変わらずガタガタ震えてやがる。

 ――ガタガタガタガタガタガタガタガタ。


 …………。


「……お前、生きてて楽しいか?」


 口が、勝手に開く。


「……た、タノしいワケ、ナいだろう……」


 返事を返したハギの声は、その身体に呼応するように震えている。


「……そうか、奇遇だな」


 フッ――、と乾いた笑みをこぼして、俺は徐に右腕を振り上げて――



「俺もだよ、バカヤロー」



 バコッ。


 俺の右ストレートパンチが、ハギの顔面に突き刺さった。



「……ッ!?」


 声、なき、声。

 ドサッ――、とハギが背中から倒れて。



「――あ~、スッキリした」



 スクッと立ち上がった俺が、ふぅっと短い息をこぼした。


 格ゲーの筐体、空っぽになったクレーンゲーム、床に散々していたメダル、割れた蛍光灯、パイプ椅子、薄汚れたディスプレイ、首のもげたぬいぐるみ――


 ありとあらゆるオブジェクトが、残骸となってすすけた地面に転がっている。

 タンッ――、タンッ――、タンッ――、と乾いた音が等間隔に響く。

 革靴が、無機質に地面を踏みしめる音。

 螺旋階段に向かっていた俺の足がピタッと止まって、ふと、首だけを背後ろに向けて。


「……そういえばさ、お前って結局、『鬼』なの?」


 世間話をするように、俺が声を掛ける。


「…………違う」


 蚊の鳴くような声が耳に流れて――


「……一条くん、ぼ、ボクは、これから……、どうすればいい……、どうやって……、何を目的に、イきて、いけばイイ……?」


 ヌルヌルヌルヌル――、その声が、腐った海藻みたいに俺の脳内にこびりつく。

 ポリポリと頭を掻いて、スッと視線を落とす。

 制服を身に纏った大男がジッとこちらに目を向けている。

 赤と青が、再び交錯して――

 

「――知らねぇよ」


 前に向き直した俺が、再び歩き出す。


「それくらい、てめぇで考えろ」


 古い金属震える音が、地下二階に響く。



 命がけの鬼ごっことやらが始まって、三日目の朝――

 学校の昇降口。キィッ――、と錆びついた靴ロッカーを開け放って。

 買ったばかりで、新品同様の上靴。

 ――の、上。

 なんでもないように置かれているノートの切れ端を手に取って。

 無機質なフォント文字で書かれたその文字を、眼で追う。



『鬼の両眼が潰れるまであと五日。人間チームの脱落者1名』

 


 朝のホームルーム。

 お行儀よく着座している俺たちに向かって、

 いつも無駄に間延びしている担任の声が、その日はやけに淡々としていた。



「――昨晩、うちのクラスのはぎ君の自宅に何者かが侵入し、萩君に暴行をくわえました。萩君は両眼に深い傷を負ってしまい近くの病院に搬送され、今は意識不明の重体で――」

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