12.「藍①」
――カンッ、カンッ、カンッ、カンッ……
古い金属の震える音が響いて――
「どんだけ歩かせるんだよ」と心の中で呟いた俺は、鉄製の螺旋階段をゆっくりと降りながら、グルグルと巡る視界に悪酔いしそうだった。
学校のグラウンドを抜け、最寄り駅の方向に向かって歩き、姿の見えない『ソイツ』に時折「そこを右だ」とか指示されながら……、倒壊寸前の廃ビルの前を通り過ぎようとしたところで、『ソイツ』にグイッと肩を掴まれる。耳元で一言、「中に入れ」と命じられ――
地下二階。
螺旋階段の終焉を迎えた俺が、薄汚れた地面を踏みしめながらキョロキョロと辺りを見渡す。
……なんだ、ココ……、潰れた……、『ゲーセン』?
真っ暗なモニター画面が不気味に立ち並び、中身が空っぽのクレーンゲームは埃まみれだ。よしんば不良のたまり場にでもされているのだろう、すすけた地面には酒の空き缶やらタバコの吸い殻が散々としており――
ゴッ。
――衝撃。
なんの予兆もなく後頭部を鈍い痛みが襲い、よろけた俺は思わず後ろを振り返る。しかしそこには相変わらず誰の姿も見えなくて、焦燥が全身に駆け巡ったところで――
ドカッ。
今度は腹。内臓が、口から飛び出そうになる。
「……ぐっ――」
本格的に立っていられなくなった俺は思わずうずくまり、両膝を地面につきながら両腕で腹を抱える恰好となった。
ギリッ――、と歯を食いしばり、ギロッ――、と前を向いた所で、
相変わらずそこには、『誰も居ない』。
……やべぇな。
痛みを必死に堪えながら、しかしグルグルと頭を高速回転させる。
『姿の見えない誰かに、明確な意図をもって、攻撃されている』
……わかっているのは、それだけ。後はまぁ、このままだと俺は全身をなぶられ続けて、ヘタしたら死んじまうって、そんくらい……。
――とにかく今のままだと、『情報』が、足りなすぎる――
「――お前、ハギだろ?」
口の中に溜まった血の塊と共に、頭によぎった仮説を吐き捨てた。
――沈黙。
静寂のヴェールが薄汚れた室内を包んでおり、無響室みたいに静かだった。
時間の経過すらわからない。自身の荒い呼吸だけが現実世界の進行を俺に伝えており、永遠とも思える刻が流れたところで――
――ジャリッ……。
すすけた地面を踏みしめる音と共に、
「……僕が誰かなんて、ど、どうでもいい」
――『顔の見えないソイツ』から、『聴き覚えのある声』が発された。
……やっぱり、コイツは――
「も、問題なのは……、キミが……、一条くんが、月影さんと一緒に……、く、クラスの色眼族の両眼を、全部狩り取ろうとしているって、コトだ……」
……はっ?
「つ、つまり……、先にやらなければ……、ぼ、僕の……、み、みんなの……、両眼が、狩り取られてしまうカモって――、それが、問題なんだ……ッ!」
……コイツ、何を言って……?
…………。
――あっ。
「……お前、屋上での俺たちの会話、盗み聞きしてやがったのか」
――返事は、ない。
「――その、『
でも、否定しないってコトは、「そうです」と言っているようなモノで――
「こ、コレは……、正当防衛、ってヤツだ……、ぼ、僕は、悪くないんだ……」
ブツブツブツブツ、ブツブツブツブツ。
念仏みてーなハギの独り言が、俺の耳の中でグルグルと響く。
さきほど殴られた後頭部がグワングワンと揺れ、下腹部の痛みから立ち上がることができない。
「ハギ、お前は勘違いをしているぞ……、あの時のあの会話は……、『他の色眼族にそういうコトを考える奴がいるかもしれない』っていう、アザミの警告であって――」
――ドカッ……。
再び、衝撃。
たぶんだけど、靴のつま先。
俺の顔面が、派手に蹴り上げられた。
ドンッ――、と俺は背中から全身を地面に打って……、いやそれよりも顔が火を噴く様に熱い。口元と鼻が同時に痺れ、予兆のない一撃に誇張無く意識がトビかける。
「――ウルサァァァァァァァァァァァッッ!」
――金切り声。裏返りまくった、擦り切れまくった、断末魔みてーな。
ビリビリビリビリ――、鼓膜に電流が流れる。
「し、シンジラレナイ、シンジラレルわけないダロウ……、だ、だって君は……、『病院送りのアマリ』……、色眼族のクセに、平気で異能を使って、ひ、ヒトのコトを、キズツケテ――」
透明人間状態のハギが今どんな顔をしているのか、実際のところはわからない。
でも、両手で頭を抱えて、何かに苦悩するようにブルブル頭を振るソイツの姿が、
薄ぼんやりと、見え隠れした気がして――
……俺、ココで死ぬのかな。
――ふと、そんなことを考える。
…………。
……まぁ、それならそれで、別に――
いっか。
「ナンデ」
一切の思考を投げ捨てようとしたその瞬間、
ハギの口から、三文字の疑問符がこぼれた。
「ナンデ……、僕だけが、こんなメに――」
その声が、すすけた地面にポツンと垂れて、
ジワジワジワジワ――、どす黒い染みが広がっていく。
「……ノゾんだワケでもないのに、色眼族に産まれて……、わ、ワケワカンナイ、異能を持ってるってだけで……ッ!」
――爆発。
次に発されたハギの大声が、
迫っ苦しい空間内を、鈍色の青で埋め尽くす。
「――僕の母さんは、僕が幼い頃に殺されたッ! 色眼族という『だけ』の理由でッ! 人とは違う『異能』を持っているという『ダケ』の理由でッ!? ……僕の父さんは、数年前に誘拐されたッ! 色眼族に興味を持っている研究機関に存在がバレて……、たぶん、死ぬまでモルモットだッ!?」
ビリビリビリビリ、ビリビリビリビリ。
一切のコーティングがされていない、生声。
耳の奥にかんしゃく玉を突っ込まれたみてーに、よく響く。
「『シキメガ、バレタラ、ケサレル』……、子供のころから、み、耳にタコができるくらい聞かされていた……、僕たち色眼族は……、その異能がバレないように……、色眼がバレないように……、感情を押し殺して、なるべく人との交流も絶って……、ひ、ヒッソリ――、ヒッソリヒッソリヒッソイリヒッソリヒッソリ――、それこそ、幽霊みたいに、イきていかなくちゃいけないンダ……」
…………。
「……でも、デモ――、それじゃあ、ボクたちは何のタメにイきているンダ……? ただただ時間をやり過ごして、ビクビクビクビク、ずっとずっとナニカに怖がって――、シぬまで、それが続いて……、ナニをしたワケでもないのに、ずっとずっとナニかからニげなきゃいけなくて――、あ、あげくの果てに、こんな……、こんなワケわかんないゲームに参加させられて……ッ!」
…………。
「……もう、イヤだ……、こ、こんな……、こんなジンセイ……、こんな、ウンメイ……ッ!」
そこには居るんだけど、およそ姿の見えないソイツの姿、
薄ぼんやりとしたシルエットが脳内に浮かび上がり、前髪の長い大男が大粒の涙をこぼす。
ポタリと、何もないところから滴が垂れて。
……あーっ。
ポリポリと、何の気なしに頭を掻いて、
「うぜぇ」
俺の口から、声が勝手にこぼれ落ちた。
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