-後-

三幕 -化かし アイ-

14.「哀①」


  太陽がジリジリと肌を照りつける。七月の太陽は相変わらず容赦がない。

 首筋に浮き出る汗の感触が気持ち悪く、今すぐでもワイシャツを脱ぎ捨てたい衝動に駆られた。


 ――学校の屋上。がらんどうの地面に二人。並んで座っている。

 あぐらをかいて手すりに背中を預けている俺と、ちょこんと体育座りをしているアザミと――


「――私、実は……」


 ふいに、彼女が口を開く。


「中学の時、美術部だったんです」


 俺の眼が、点になる。



「――いえ、芸術に興味があったワケではないのですが、うちの中学は部活動参加が必須でして、最も活動頻度の少ない美術部を選んだのです」

「……」

「入ってみたものの、絵を描くなんて全然好きではないので、どうにもやる気がでなくて……、高い画材を無理やり買わされたのですが、白いキャンパスは純潔を守り続けたまま――」

「……」

「私はもっぱら工作に勤しんでいました。ゴミ捨て場から持ってきた段ボールをビリビリに破いて、ガムテープでペタペタくっつけて、絵の具を塗りたくって……、コレを芸術だと言い張ってお茶を濁しておりました」

「……」

「そしたらですね。なんと私のガラクタがとあるコンテストで金賞をとりまして。『この作品は人が生きる上での苦悩をポストモダニズム的に体現している!』とかなんとか……、イヤハヤ、芸術って存外いい加減なモノですね」

「……」

「コンテストで頂いた賞金を使って私はあらゆる素材の備品を買いあさり、思いつくままの工作活動で放課後という時間をやり過ごしておりました。……気づいたら結構手先が器用になっておりまして」

「……」

「ある日ですね、たまたま飼育小屋を通りかかった時に……、コケコケと滑稽に鳴くニワトリ君と眼が合ったんです。……何やら運命めいたモノを感じてしまいましてね、私は彼をはく製にしてみたい欲求に駆られたんです」

「……」

「思い立ったが吉日――、私は飼育委員のフリをして職員室から鍵を拝借し、飼育小屋の中に侵入しました。暴れまわる彼をなんとか捕まえて、大きな紙袋の中にいれて、意気揚々と美術室に持っていきました」

「……」

「ドサッ――、と机の上に紙袋を置いた瞬間にですね、コケーッ、と滑稽な鳴き声が狭い教室内に響きまして、紙袋の中から彼が飛び出してしまったんです。普段は大人しい美術部員たちの悲鳴がこだまして、何事かと駆けつけた体育教師のマヌケな顔ときたら……、いやぁ中々ミモノでしたよ。あ、もちろんそのあとメチャクチャ怒られたのですけどね」

「……」

「イヤハヤ懐かしい、ほんの数年前のできごとなのに、まるで遠い昔のように――」

「――お前さ」



 俺は、数年振りに声の出し方を思い出した。



「さっきからずっと何言ってんの?」

「……えっ?」


 少し紫がかったショートヘアが遠慮がちに揺れて、


「……いえ、あなたがあまりにも黙り込んでいるもので、何か小噺でも披露しようかなと」


 能面のような無表情の彼女が、無色透明の瞳で俺のコトをジィーッと見つめる。


「……そうか、俺が悪かったから、もう二度と止めてくれ」

「――おや、お気に召しませんでしたか……」


 いじけたように目を伏せた彼女の姿が、やけに物珍しかった。



「もしかして、気に病んでいるのですか?」


 再び彼女が口を開く。淡々と、相変わらず抑揚のないトーンの声で。


「……あっ?」

「いえ、先ほどあなたから聞いた話だと、昨日あなたは萩さんと接触し、彼が色眼族……、青眼の持主だということがわかっていた。自己申告とはいえ、同じ人間チームであるということも」


 隣りに座る少女――、月影アザミの肌は相変わらず陶器のように真っ白だった。言葉をひたすらに紡ぐその姿は、音声を吹き込まれた人型ロボットがただ録音再生している様と違わない。


「――にも関わらず、萩さんは『鬼』の襲撃を受けてその両眼を失ってしまった。あなたには彼を助けられたのかもしれないのに……、ので、後悔しているのかな、と」


 九十度。アザミがグリンと首をこちらに向ける。

 品定めするような視線が俺の横頬をなでる。

 一呼吸遅れて、俺もゆるりと、もたげるように顔を動かして。


「……さぁな」


 アザミの真っ黒い瞳が俺の顔を見据えているようで、頭の中を覗き見られている気もして――

 なんだか落ち着かない。ただ、イライラした。


「……他人は他人、俺の、知ったコトかよ」


 錆びついた空き缶を投げ捨てるように、俺の声が濁った空気に混ざる。


「そう、ですか――」


 アザミが笑う。――理由はわからない。

 その表情は寂しそうでもあり、愉しそうでもあった。

 俺はというと、やっぱりイライラしていて。


「――あのさ」


 幾ばくかの静寂を経て、おもむろに口を開いたのは今度は『俺』だった。


「『主催者』って、何者なんだろうな?」


 ポーンと放った半透明の疑問符。滑稽な音色と共に、灰色の地面にコロコロ転がる。


「……『人間チームの脱落者1名』と書かれた『ノートの切れ端』が入れられたのはおそらく今朝の『開門直後』……、誰か一人でも生徒がやってくる前に仕込んでおく必要があるからな。でも、担任から、『昨日ハギが襲われた』って俺たちが聞かされたのは今朝のホームルームだった。……つまり、主催者は『ハギの両眼が潰れた』という事実を事前に知っていたということになる」

「……おや、急にこのゲームに対してやる気を出し始めましたね。その調子ですよ」

「――うるせぇ、殺すぞ」

「おおっ、こわっ……、いえすみません、どうぞ続けて下さい」


 わざとらしく身震いするアザミに、俺の脳内血管が三本ばかしキれたところで――


「……俺は最初、このゲームの主催者は『クラスの誰か』なんじゃないかと思ってたんだよ。だけど……、人の眼玉を調達したり、『知り得ない情報』を『知り得ないタイミング』で入手してたり……、なんかよ、一介の高校生が出来る芸当じゃねぇ気がしてきてよ」


 グルグルと思考を回しながら、言葉をこぼす。

 『思考の整理』と『推論の吐露』を同時に行う。


「なんつーか……、このゲームの主催って……、ある程度の権力を持っている大人達が、組織的に行動しないと、成立しねぇ気がして――」


 ――ざわざわざわざわ、ザワザワザワザワ……


 夏風が、そよぐ。

 湿った空気が、俺の鼻頭をくすぐる。



「――まぁ、道楽でしょうね。十中八九」

「……えっ?」


 思わずこぼれたマヌケな声が、行き処を失うように宙に舞って。


「このゲームの目的ですよ。暇と金銭を持て余した性格破綻者たちの『道楽』――、おそらく私たち……、『見世物』にされていると思います」

「……あっ?」


 喉の奥から血の味がせり上がる。

 俺の神経を逆なでするように――、月影あざみは相変わらず無表情だった。

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