5.「対②」


「……私が持つ眼は『紫眼シメ』――、『倦怠』の感情が起因となって、眼の色が紫色に変わります。……あ、言うまでもないと思いますけど、私『も』色眼族です」


 ……『そういうコト』、ね――

 ゴクリと、生唾を無理やり呑み込んで。


「……ずいぶんと簡単に正体を晒すんだな。他人に見られたらまずいんじゃねーの? その眼」

「――ええ、だから『色眼族であるあなた』なら、何の問題もないでしょう。私のことを色眼族だって、あなたが周囲にばらすメリットは何一つないはずですから」

「……俺はまだ、自分が色眼族だって認めてねーぞ」

「反応を見れたので充分です。普通の人が私の『眼』を見れば、腰を抜かすはずですから」


 ――ハァッと、露骨なタメ息を吐いたのは、今度は『俺』で――

 ……さすがに、誤魔化しきれねぇか――


「さっきの新聞紙の赤丸……、ありゃあ一体、どういうカラクリなんだ?」

「……自身が色眼族であると、認めますか?」

「……わーったよ。降参。認めるよ……、いいから、教えてくれ」


 両手をあげた俺がヤレヤレのジェスチャーをかますと、アザミがクスッと満足そうに笑う。俺はなんだか毒気を抜かれちまったみたいに全身から力が抜けていって、思わずドカッとコンクリの地面に腰を落とした。

 小柄なアザミが俺を見下ろす恰好となり、彼女の口から抑揚のない声が紡がれる。

「色眼族が持つ特別な力……、『異能』。感情の変化以外にも、『異能の発動』によって眼の色が変わってしまうことは、あなたも知っていますよね?」

「……ああ」

「私の能力は『啓示ケイジ』です。新聞、雑誌、ネット記事……、媒体はなんでもいいのですが、『紫眼』を使うといくつかの文字が紫色に浮かび上がり、自分の知り得ない事実を教えてくれるんです。昨晩たまたま眼にした新聞紙が、先ほどの言葉を私に告げました」

「……そりゃ、ずいぶんと便利な能力なこって」


 ハンッと、俺が鼻を鳴らして、フッと、アザミが漏らすように笑って。


「案外、そうでもないですよ。望んだ情報を得られるワケではないですし、一日に何度も使えませんので」

「……なんだそりゃ、ずいぶん曖昧な異能だな」


 タネを明かされた俺は、而してどこか腑に落ちた感覚は薄い。誰もが驚くマジックショーの仕掛けが実は魔法を使ってましたなんてオチ、求めている観客はこの世にいない。持て余す様にポリポリと頬を掻いて、アザミは相変わらずジト眼で俺のコトを見下ろしている。


「――あなたも、持っているんでしょう。『異能』」


 決して大きくないその声が、やけに耳の奥に響く。


「『病院送りのアマリ』さん。……さも、狂暴な力なんでしょうね――」


 そのまま、その音がグルグルと俺の脳内をかき回す。

 ――コイツ……ッ。


 無意識の内に、俺はアザミの顔を下からギロリと睨みつけていて。

 ――でもそんな俺の態度を丸ごと無視するかのように、アザミが家庭教師みたいな口をきく。


「さて、自己紹介はおしまい。ココからが『本題』です」

「……あっ?」

「単刀直入に聞きますけど、一条さんはどう思われますか? 『例のゲーム』について」


 ――例のゲーム……。

 まぁ、この状況、この文脈。誰がどの頭で考えたトコロで――


「……黒板に書かれてた、命がけの鬼ごっことやらか?」


 ボソッと、俺が不機嫌な声を漏らして。コクンと、アザミがからくり人形みたいに頷いた。

 ――沈黙。

 ざわざわと、湿った夏風が流れて。

 絶好調の太陽が、相変わらず素肌をジリジリ焦がして。


「――別に」


 こぼれた声が、干上がった地面に落ちる。


「『どう』も『こう』も、ねぇだろ。……シカトする以外に、選択肢あるの?」


 ――無音。

 紫色の眼をした女が、無色透明なツラで、俺のコトを見下ろす。


「……少なくとも主催者は、『色眼族』の存在を知ってるんですよ? その事実は揺るぎません。それでもこのゲームに危険性がないと……、イタズラの類であると、断定できるのですか?」

「いや……、このゲームが『ホント』か『ウソ』かなんて、知らねーけど……、どっちにしたって、自分が『鬼』でもない限り、やれることなんか、ねぇだろ」


 投げやりに、ぶっきらぼうに、やさぐれたように、腐ったように――

 山なりに投げた俺の言葉が、屋上の柵を超えていった。


「――そう、ですか……」


 紫がかったショートヘアが、フワッと揺らいで。


「……『明日』」


 ポツンと一言、彼女がこぼす。


「明日もしゲームに何か動きがあったら、ある『提案』をさせてください」

「……あっ?」

「いえ、何もなかったら、忘れて頂いて結構です。――それでは、私は『紫眼』が戻るまでしばらくおりますので、先に教室に戻ってください」


 言うなりアザミは、くるっと俺に背を向けて、

 まっ平らな青空に、紫色の眼を向けた。


 ……何なんだよ、この女――

 幾ばくかの静寂を経て、俺はようやく重すぎる腰を上げた。

 やる気のない足取りで、屋上の入り口へと足を運ぶ。錆びついたドアノブに手をかけたところで、「じゃあな」と一言、やる気のない声を漏らして――



 ――グルルルルルルルルッ……

 およそ聞いたことがないような、『魔獣の唸り声』が、俺の耳に流れ込む。


 ――えっ、何、今の音……。

 思わずガバッと、アザミの方に視線を向ける。

 空を見上げていた彼女が、クルッと振り向いて――


「――すみません、お昼を食べ損ねたもので」

「……えっ、今の、腹の音だったの?」

「何か、問題でも?」

「……なんか、ゴメンな」

「何故、謝るのですか?」

「……いや――」



 ……マジで、何なんだよ、この女――

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