4.「対①」
――ガチャリ……
錆びついた鉄のこすれる音が遠慮がちに響く。
俺の眼に広がるのは、雲一つない夏の青空と、灰色の地面と――
「遅かったですね。干上がってしまうかと思いました」
約五メートルくらい先。
屋上の柵を背もたれにしている『ソイツ』は、なぜだか新聞紙を両手に広げて持っていた。
「……何やってんの、お前?」
ダラダラと、やる気のない足取りで近づいた俺が、やる気の無い声をだして、
「見てわかりませんか? 新聞を読んで待っていたんです」
一切の抑揚が感じられない、相変わらず機械みたいな声が返ってくる。
「……こんなところに呼び出して、何の用だよ。ってかお前誰だよ」
「そういえば自己紹介がまだでしたね。私は『
広げた新聞紙を半分に折ったソイツが、ペコリと、からくり人形みたいなお辞儀を披露した。ポリポリと頬を掻いている俺は、「あっそ」と一言、声をこぼして――
「あなたを呼んだ理由は一つです。先ほどの質問に答えて下さい。あなた、色眼族ですよね?」
思わずピタリと、手を止めた。
「……ナニその……、『色眼族』ってやつ。この学校、そういうオカルトみたいなのが流行ってるの? 俺、テンコーしてきたばっかだから知らな――」
「――シラを切るのは、時間の無駄なのでやめてください」
短く、鋭く、俺の言葉が切断される。
氷のように冷たく、一切の感情を持たない、鋭い眼光に。
……コイツ――
一瞬の間。数秒の沈黙。
アザミと俺と、二つの視線が、交錯を続け――
「……知らねーもんは知らねーよ、くだらねー用件なら、俺、帰るぞ」
先に目を逸らしたのは、俺だった。
「……では質問を変えましょう。あなた先ほど教室で、黒板に書かれていた例の文章を見たあとに、何故急いでスマートフォンの画面を確認したんですか?」
――なッ……!
――焦燥。喉仏に見えないナイフを突き立てられ、俺は呼吸の方法を奪われる。
「『何か』が変わってしまっていたらマズイと、自身の顔を確認していたんじゃないですか?」
――追撃。タラリと流れる一筋の汗に、俺は全力で気づかない振りをする。
……なんとか、ごまかさねーと――
「……お目当てのロックバンドがいてよ。スマホがブルったもんだから、チケットの当選連絡メールじゃねーかと思って、慌てて取り出したんだよ……」
ボソボソと、届くかどうかギリギリくらいのか細い声をこぼして、相変わらず俺はアザミと視線を合わせることができない。
「……あのタイミングで? なんだか、ホッとしたような表情してましたけど、チケットは無事当たったんですか?」
「……ああ、おかげ様でな」
「……へぇ~~~っ」
チラリと、視線を戻す。
能面のような無表情で、何考えてるのかまるでわかんねーツラをしていたアザミが、
ニヤリと少しだけ口角を上げて、小憎たらしく笑ってやがった。
――このアマ……ッ!
ブチブチと、脳内の血管が何本か切れた気がしたが、俺は全力で気づかない振りをする。
「――面倒になってきました。コレを見て下さい」
幾ばくかの静寂の後、露骨なタメ息をハァッと漏らしたアザミがテコテコと俺に近づいてきて、
スッと――、片手で持ってきた新聞紙を俺に差し出した。
「……俺、別に、政治にも経済にも芸能スキャンダルにも興味ないんだけど」
「記事を読めと言っているのではありません。三枚目のページを開いてください」
……はぁっ?
眉を八の字に曲げている俺の頭上、クエスチョンマークがブレイクダンスを披露する。
わけもわからないまま、俺は言われた通り新聞紙を両手で広げ始めて――
……んっ? なんだコレ。
「いくつかの文字が赤い丸で囲われてますよね? それ、右から順番に読んでみてください」
政治家のセクハラ疑惑やら、大手企業の個人情報流出やら――
およそ見飽きたようなニュースの群れに交じって、確かにいくつかの文字がアカマルで囲われている。……ええと、繋げて読むと――
て、ん、こ、う、せ、い、は、お、こ、る、と、あ、か、め
――はっ……?
「――何だよコレ……、お前、何でこのコト知って――」
思わず疑問符が口からこぼれて――
俺は自らの失言を、秒で理解する。
「……ようやく、尻尾を出してくれましたね?」
紫がかったショートヘアが、たゆんで揺れた。
「うちの学校に転校してきたのはここ数か月ではあなた以外にいません。……一条さん、あなたは『色眼族』、それも『怒り』の感情が起因して眼の色が変わる『
――ざわざわざわざわ、ザワザワザワザワ……
胸が、騒ぐ。
薄気味悪いモヤが、胃の中に広がっていく。
全身を流れる血流に、泥水が混ざる。
……この女、『何』を、『どこ』まで知ってやがるんだ――
この場に居たら、ヤバイ。
アザミにこれ以上かかわるのは、マズイ。
脳が緊急指令を発した。
逃げろと。
「――さっきからお前、ずっと何言ってんだよ……。『色眼族』? 『赤眼』? ……マンガの読みすぎなんじゃねーの。……わりぃけど、付き合ってらんねーわ」
俺の声は、震えていたと思う。
眼を背けるようにくるっと踵を返し、足早に入り口へ向かおうとして――
「……はぁっ」
耳に纏わりつくようなアザミのタメ息が、俺の襟首をグイッと引っ張った。
――違和感。
何かが、変わった。
俺の背後ろ。そこに存在するのはまごうことなく『月影 あざみ』のはず。
……はずなんだけど――
全身が逆立つような『威圧』。
動いただけで殺されるような『プレッシャー』。そして……、
俺はその『変異』の理由に、およそ心当たりがあって――
「……『ウンザリ』ですよ。ここまで証拠が出そろっていて、まだ認めてくれないのですか?」
全身を纏わりつく汗が気色悪い。カラカラの喉は、呼吸をするだけで擦り切れそうだった。
――でも俺は、自分の真後ろ……、
『ソイツ』の正体を、確認せずにはいられなくて――
「――お前ッ……!」
ギギギっと――、首だけ後ろを振り向かせた俺の身体が、そのままフリーズする。
三文字のテキストが空気中を漂い、アザミがハァッと露骨なタメ息を漏らした。
『紫色』に染まった瞳で、俺の両眼を射抜きながら。
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