なんだかんだで抜けてる

  

 天宮さんとのデートから

 およそ一ヶ月の月日が流れて、

 俺は神に祈った願いを

 叶えてもらわんとしていた。



「……さあ準備はいいですか?」



 神は俺の容姿を保ったまま

 尋ねてきた。


 その面差しはやや

 愁いを帯びていて、

 見ているこっちが

 不安になりそうなくらいだ。



「なんで神が

 そんな顔するんだよ。


 お前は願いを

 叶える側の存在だろ、

 いつもみたいに

 悪戯な顔してろよ」



 そう励ましてみても

 彼の顔色は一向に晴れない。


「そうは言いますが……」


「なんだよ、

 文句でもあるのかよ」



 あまりにくどくどと

 文句を言われては

 せっかく決心したものも

 揺らいでしまいそうだ。



「いえ、楪がいいなら

 いいんですけどね」



 神は気まずそうに目を逸らし、

 ふいと顔を背けてしまった。


 かと思えば、

 ちらちらと

 こちらに目をくれる始末だ。



「……気になるから教えてくれ」


 ふうーと彼は息を吐き

「では僭越ながら……」と

 妙に遜った態度で口火を切った。


 俺は瞬時に

 寒気というものを感じ取る。



「……初恋の約束を

 破りに行くというのに、

 そのように愛らしく、

 また、露出度の高い格好で

 お出掛けになるのは

 最善とは思えませんね」



 露出度の高い格好というのは、

 鎖骨や肩が

 丸出しのピンク色ニットに、

 前回のデートでも着用した

 チェック柄ホットパンツに

 ニーハイのこのことだろう。



「っ!!

 ……仕方ないだろ、

 持ち合わせの服じゃ

 これよりマトモなもの

 なんてないんだし……」



 少々露出が過ぎるかもしれないが、

 制服やジャージで

 会うわけにはいかないだろう。


 何と言っても、

 初恋の人との再会だ。


 できる限りの

 おめかしはしていきたい。



「いえ、そういうことを

 言っているのではなくてですね。


 ボクは、単純に

 初恋の女の子と再会するのに

 君まで〝女の子〟を思わせる

 格好をしていては

 意味がないのではと

 思ったのですよ」



 神はすっとぼけることも、

 からかおうという意図すら

 感じさせない真顔をしていた。



「……………そう言えば

 そうだったぁぁあああああ

 あああああああああああ!!!!」



 俺が興奮のあまり

 雄叫びを上げた衝撃で、

 神は床から

 数センチ跳躍してしまう。


 しかも上手く

 受け身を取り切れなかった

 彼は転倒し、いたた……

 と漏らしていた。



「うぁぁもう、煩いですよ!


 楪……もう少し音量

 というものを考えてください」



 お尻と腰がズキズキ

 言ってますよ……と

 泣きべそをかいている。


 楪があんなことしたせいですよ

 と上目遣いで潤んだ瞳を

 見せつけられた

 俺は目の遣り場に困り、


「んなこと言われたって……」



 神の遊戯からの退避を選んだ。


「ふふ、

 冗談はこのぐらいにして。


 本当に

 着替えなくていいのですね?


 そろそろ刻限が

 迫ってきていますが……」




 白々しいまでに

 物憂げな表情をしてみせる彼。


 鬱陶しい上に焦燥のせいで

 苛立ちが込み上げてくる。



「莫迦!!

 着替えるに決まってるじゃん。

 着替えてくるから

 ここで待ってて!」


「えぇ~一緒に

 ついて行って服を

 見繕わなくていいのですか?


 君のことだから

 ろくな服なんて二、三着

 あるかないかでしょうし……」



 その後もくどくどと

 揶揄の数々を並べようとしたので

 俺は近くにあった枕を鷲掴みにし、

 女子のなせる腕力を込めて

 投げつけてやった。   



 見事それは神の顔面にヒットし、

 ボフンッという

 なんともいい音を鳴らす。



「ぶっふぉっ!!」



 しかし彼のわざとらしい

 リアクションを聞いて、

 憂さ晴らしすら

 できていなかったことに

 気付かされた。


 あいつは

 自分から食らったのだ、

 避けられるくせに。



「っち……もういい、

 そこで大人しくしててよ」



 そう吐き捨てて

 部屋を後にしようとしたら、

 足を捕らえられたような

 感覚に陥り、

 身動きが取れなくなっていた。



「ふへへへ……

 この程度の攻撃で

 ボクを倒せたとお思いですか……」


「そんなこと

 微塵も思ってないから!


 健志の真似みたいなこと

 しなくていいから

 早くその手離して!!」


「いいえ離しません。

 君のことは

 何が何でも守ると

 誓ったのです……」



 無駄に決め台詞で

 応酬してきた神だったが、

 床に這いながら

 足を掴んでいるせいで

 格好良さの微塵もない。


 むしろこの場合、

 退けるべき脅威は

 彼の方な気がして

 ならなかった。



「しっつこいな!


 こんなとこで

 格好付けなくていいし、

 時間取らせんなっ」



 掴まれている足ごと

 揺さぶっても彼は

 しがみついてビクともしない。


 いっそ清々しいまでの変態だ。


 しかし宣言通り、

 こんなところで

 手間取っている場合ではない。



「俺はっ……

 みかちゃんに会って、

 約束守れなくなってごめんって

 言わなくちゃいけないんだ、

 好きな人が

 できたからごめんって、

 十年も待たせたのに

 責任取れなくてごめんって

 ……それから、

 天宮さんのことが好きだって!」



 はぁっと息を吸い込んだ。


 神経を研ぎ澄ませて

 渾身の一撃を食らわせるために。



「――だぁからっ、

 お前はさっさと

 俺の足を離せぇぇ!!!!」


「ぐっべぇっ!!?

 ぉぉろろろろ……」



 俺の華麗なる回し蹴りは

 上手く決まったらしい。


 神は部屋の一隅で

 ぐったりと倒れ込んでいる。


「い、今の、」


「え、マジで? しつこ……」


 もう一撃お見舞いしてやろうかと

 構えの姿勢を取った俺だったが、

 すぐにそれは

 必要のないものだと気付かされる。



「……今の台詞、

 忘れないでくださいね。

 ボクはちゃんと聞きましたから」


 頬が腫れ上がっているのにも構わず、

 彼はにかっと

 勇ましい笑顔を見せつけてきた。



 なんだこいつ……

 それを言うために

 わざと俺に蹴らせて……? 


 俺は彼の勇姿を

 無駄にしないためにも

 早急に部屋へと向かい、

 十年ぶりの再会に

 相応しい衣に身を包んだ。


 ――というのは建前で、

 本音はそれでもキモさが拭えない

 神に触れたくなかったからだった。



 僅か五分後、

 俺が着替え終わり

 部屋に戻ると神はすっかり

 元通りの姿で待機していた。



「待っていましたよ、楪。

 ささ、サクッと行って

 すぱっと振って

 きちゃってください」



 ★でも飛ばしていそうな

 軽い口振りで神は、

 俺の背中を押す。



「そんな言い方

 してくれるなよな……

 これでもまだ怖いんだからな、

 みかちゃんに会うのは。


 だって、十年近く

 想い続けた相手を

 振るんだから、さ」



 暗い顔をしかけた

 俺の頬を

 神はぺちっと叩く。


「な、何するんだ――」


「君がそう迷ってばかりいては、

 初恋のみかちゃんとやらが

 可哀想ではありませんか。


 振るからには

 きっちりとした

 信念と誠意を持って、

 お断りしてきなさい。


 もし許して

 もらえなかったとしても、

 ボクは楪の味方ですから」



 彼はにっこりとした

 笑みを貼り付けて、

 やっぱり俺の頭をそっと撫でた。



「なんだよ……

 いつも余計なこと

 ばっかしてきたくせに」


「それだって

 君を思ってのことですよ、

 といっても君は信じては

 くれないでしょうけどね」



 寂しそうな横顔を見せた

 と思った次の瞬間には

 もう作り笑いを浮かべていて、

 彼のことを理解しようなんて

 馬鹿げているのだと

 気付かされただけだった。


「……じゃあ行ってくるよ」


「いってらっしゃい。

 あ、もちろんボクは

 こっそり覗き見

 させてもらいますがね」


「なんだそれ。

 宣言してたら

 こっそりも何もないだろ」



 苦笑交じりの詰りも終えて、

 俺はスイッチを切り替えた。


「――じゃあ

 今度こそ行ってくる」



 背を向けて部屋を後にしても、

 いってらっしゃいは

 聞こえなかった。


 代わりに、

 健闘を祈りますという

 殊勝な返答があったけれど。




 神に指示されて向かった

 待ち合わせ場所は

 やっぱり思い出の

 丘の公園だった。

 

 十年前は開拓があまり

 進んでいなくて

 苦労して見つけたのに、

 今では見晴らし良く

 矯正されている。


 それが嫌に寂しく思えた。


 秘密基地みたいな

 あのひっそりした感じが

 好きだったのに。



 心の中で変化を嘆きながら、

 山道を登っていった。


 空は高く、

 身体を冷やしてくるけれど。



 頂上へ着く手前で、

 誰かがそこにいるのが分かった。


 足下から先に見えて、

 それが女だと判別できる。


 

 やっと会えるんだと胸を弾ませ、

 頂上へ駆け上がった瞬間

 目の前が濃霧で覆われた。


「いや、これは霞か……?」


 手に触れる冷たい

 湿り気を握り締めて、

 そう呟いてみる。


 けれど答えなど

 返ってくるはずもなくて

 無為に手を

 伸ばしてみようとしたら、



「楪くん……楪くんなの?」



 俺と同じくらいの

 女子の声がした。

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