偽百合デート
そして約二週間後のデート当日。
木枯らしもひゅーひゅーと鳴き、
紅葉が背景を彩る
少し肌寒い季節となっていた。
大型ショッピングモール
「NYAN PARKS」は
一大イベントを前に
装飾が施されていた。
薄青や白、黄、赤などの
イルミネーションで形取られた
動物たちは目を引く。
また、店の出入り口付近の
飾りも印象的だろう。
ひとたび夜がくれば
それらは本領を発揮し、
人々の心を躍らせる。
そのせいか駐車場も
八割ほど埋まっていた。
そんなマジックチックな
世界とは一変して、
俺はいくつもの植樹が並ぶ
憩いの広場にいる。
最低気温は冬と遜色ない
この気候では
屋外スペースなんて
人が寄りつくはずがない。
そういうわけで
ここは静寂に包まれていた。
ちなみに今日の服装は
タートルネックのニットワンピ、
ホットパンツを着用、
茶色のロングブーツだ。
待ち合わせは十時ちょうどなのに
気持ちが急くあまり
その三十分前に着いてしまった。
まだ彼女も
来るはずないだろうと思い、
走って乱れたであろう
髪型でも整えようかと
鏡で顔を映すと、
その片隅に見覚えのある
人影が映り込む。
驚いて振り返ると
ちょうど彼女が
駆けてくる頃だった。
天宮さんは走りにくそうな
サロペットスカートの
長い裾を持ち上げ、
ショートブーツを
ストスト言わせながら
走ってきた。
「ま、待たせちゃって、
はぁはぁ……ごめんね」
「い、いや全然大丈夫だよ。
そもそもまだ
待ち合わせ時間にも
なってないからさ」
良かったぁと
目元を和らげる彼女に、
俺は見入ってしまっていた。
キャラメル色のPコートを羽織り、
白かクリーム色かのブラウスに
カーキブラウンの
サロペットスカート。
猫毛がふわりと揺蕩う
ハーフアップ。
それと心なしか、
マスカットのような
瑞々しくて甘い香りがして、
ときめきを感じた。
「そ、それなら良かった……
それじゃあどこ行く?」
「え?」
「だって、
今日は二人で
お出かけじゃないの?」
告白のことにかかりきりで
デート(お出掛け)のことは
すっかり
お留守になっていたらしい。
「うん。
最近奏ちゃんがいなくて
淋しかったから、
二人っきりで遊びたくて
……嫌だった?」
そういう
意地悪な訊き方をしてみると、
彼女はとんでもないと
言わんばかりに
両手をぶんぶんと振って
否定の仕草を取った。
「そ、そんなことないよ!!
……あたしも最近、
柚子ちゃんと
お話しできなかったから
誘ってもらえて嬉しかったの。
だから今日は目一杯遊ぼうね!」
天宮さんに手を握られるだけで
鼓動が速くなる。
避けられてたのは
誤解だったのかもしれないと思うと、
全身に熱が滾ってきて
「好きだ」って気持ちを
溢れさせてしまいそうだ。
だから俺は
彼女の手を握り返して
「二人だけの思い出いっぱい作ろうね!」
と返した。
雑貨店なんかをウィンドウショッピング
するうちに正午となり、
今度は腹ごしらえの
店を探し求める。
手軽さと確実性を求めて
最寄りのファストフード
店に立ち寄った。
「奏ちゃん、何食べたい?」
「…………っえ、な、何?
食べたいもの?
そうだなーち……て、
照り焼きバーガーとかかな?」
取り繕う彼女の
視線の先を見遣ってみると、
二十七ピース入りの
ナゲットのチラシがあった。
「あのナゲット食べたいんだけど、
一人じゃ食べきれないから
一緒に食べてくれないかな?」
指差しして教えると
彼女は目をぱぁぁっと輝かせて、
「うん!!」と頷いたのだった。
その後女子の中では
通過儀礼とされる
あれを行うために
俺たちはゲームセンターに
足を踏み入れた。
アイスホッケーやら
シューティングゲームをして
大いにはしゃぎ、
本命のプリクラに挑戦する。
一畳半程度の一時的な密室で
密着してキメ顔を撮る
あの異様な空間は
俺の理性を試しているとしか
思えない。
腕を組み、二人で♥を作り
……これじゃまるで
カップルじゃないかと
一人妄想しては、
無邪気にはしゃぐ
天宮さんを見て
鎮火するという始末だ。
プリクラの印刷が終わる頃には
十五時前になっていた。
これからどうしようか、
告白はいつしようかと
頭を悩ませていると
天宮さんが俺の腕を引き、
「ね、ねぇ……
あの、
とろけるクレープ食べよ?」
上目遣いに見上げる。
服の袖をくいくいなんかされたら
一溜まりもない。
「た、食べましょう!!」
というわけで俺たちは寒空の下、
なぜか行列ができている
とろけるクレープの屋台に並び、
俺はローストナッツ&
ティラミスを、
彼女はショコラ・ド・
パルフェをクレープを注文した。
「おいしそー……
だけど、
やっぱりちょっと高いね」
彼女の購入した
クレープは六百五十円。
俺のは五百八十円。
確かにアルバイトもしていない
高校生の懐事情としては
痛い額だ。
「じゃあどうして
食べようなんて言ったの?
値段は看板に書いてたし……」
そう尋ねると天宮さんは
バツが悪そうに笑って、
頬を掻いた。
「うーん、だって
今日は大事な日にしたいから
……あとで
訊きたいこともあるから、
ちょっと付き合ってくれる?」
彼女は質問の答えを待たずして
クレープに口を付けて、
「おいし」と呟いていた。
もちろん快諾したけれど、
言葉の意味が分からない。
だから俺も
クレープを貪ってみる。
「甘く融けて……ほろ苦いや」
天宮さんがその後
話し合いというのに
指定したのは小さな公園だった。
ベンチとジャングルジム、
それから大人二人が
入れるくらいの砂場がある
ひっそりとした場所だ。
けれど、
地面には散ってしまった
紅葉の絨毯ができており、
美しくもあったが所々が
朽ち果ててきていた。
彼女はベンチに腰を下ろす。
それに釣られて俺は
拳一つ分の間を空けて
隣に腰掛けた。
「ねぇ柚子ちゃん、
この前言ってた話って何?」
俺はさほど驚かなかった。
そのつもりだったのだから。
「……大事な話だよ。
奏ちゃんごめんね、
先に謝っておくよ。
不快な思いさせると思うから」
前置きをして、
俺は深く溜息を吐き出した。
胸の内にある不安
全てを吐き出すために。
そのとき、
俺が前傾した重みで
錆びたベンチがキィィと軋んだ。
一歩踏み出して……!
「奏ちゃん……
あなたのことが、」
『ゆーりくん』
ぁ。
「…………」
「?
どうしたの柚子ちゃん?」
隣から覗き込んでくる
天宮さんと
目を合わせられなかった。
合わせる顔がない。
――言えない、
言えるわけがなかったんだ。
「ううん、なんでもない。
ごめんね、
やっぱりなんでもないや」
苦笑いと作り笑いの
中間くらいの笑みを浮かべて
俺は告白を誤魔化した。
……ごめんね、みかちゃん。
一世一代の告白を諦めて
意気消沈した俺に反して、
彼女はじっと
こちらを見据えていた。
「柚子ちゃんって
転校してくるより前に、
会ったことあったっけ?」
「ごめん、
それには答えられないや」
俺は涙を流して
静かに目蓋を閉ざした。
それに気付いた彼女が
手を重ねてくれたけれど、
俺はそれすらも
振り払うことができず
時の流れに
身を委ねるばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます