いちばん、好きなひと


 差し込む光の眩しさに目が眩んで

 俺は嫌々目を開けた。



 そこは今の俺の寝室となる

 兄の部屋だった。


 窓辺から漏れ出る光は

 俺の心を貫かんとばかりに

 煌煌と輝いている。


 自分の身体は

 ベッドに横たわったまま

 情けなくいるというのに。



 むくり、

 と身体を起こして

 頬に伝うそれを感じる。



「――そうだ、

 俺はみかちゃんのこともう、」



 頬に伝う水分は

 もうすっかり冷め切っていて、

 俺の肌から熱を奪っていく。


 口に流れ注ぐ体液が

 言葉を邪魔した。



「好きじゃ、

 なくなってたんだ」



 口から零れ落ちる錆びた滴は

 布団を濡らしてしまう。


 一度防壁から

 溢れてしまったそれは

 抑えなど利かず、

 止めどなく流れては

 身体を枯渇させていく。


 ずっとただ一人だけを

 想い続けるのが正しい恋と

 信じていた俺に、

 その気付きはあまりに残酷すぎた。



「でも、」



 しゃくり泣くのを止めて、

 俺はひゅっと息を吸い込んだ。



「それでも俺は天宮さん

 ――奏ちゃんが、好きなんだ」



 息継ぎと共に垂れ落ちる

 鼻水さえ厭わず、



「告白だって、したい」



 そう呟いていた。


 涙で滲む視界の中、

 俺は手元に転がっていた

 スマホを手に取った。



「これが恋って言わなくても、

 俺は奏ちゃんが

 好きだから……」



 画面をタップして

 LINKを辿る。


 画面の一番下にあった

「奏」という名前に触れて、

 個人のチャット画面を開いた。



 そこには相談されたときの

 やりとりが残されていて、

『ありがとう、柚子ちゃん』

 そう記された

 メッセージに心奪われる。



 指先で文字を打ち込む度、

 胸が苦しくて

 張り裂けそうになる。


 デートに誘うのでさえ、

 これだけの緊張を伴うなら

 告白本番はどうなるのだろう。



 そもそも天宮さんを前にして、

 女子の姿のままで

 告白なんてできるのだろうか

 とかそんな不安に駆られながら

 作成した文章は

 打ち始めた一時間後に送信された。



『いつかのお詫びとして、

 来週の土曜日に

 どこかへ出掛けない?』



 やや不自然なのは

 素直になりきれなかった

 己の未熟さ故だ。



 既読は秒読みでついた。


 返信を今か今かと

 待ち望みながら

 俺はベッドの上で転び狂う。



 一分ほどして返ってきた答えは

 あまりに呆気ない。


 しかも俺は度肝を抜かれること

 となったのだった。  



『あのね』


『ものすごく言いにくいんだけど、

 来週の土曜日って

 十一月四日だよね?』


『その日はね、

 修学旅行の前日だから

 遠慮させてほしいかな』



 三つ目のLINK後、

 申し訳なさそうに

 しゅんとするにゃんこの

 スタンプが送られてきた。


 ――やっぱり告白なんてするな

 というお告げなのだろう。


 そう言い聞かせて

 心に蓋をすると同じく、

 LINKを閉じようとした。



 それを見計らったように

 LINKの受信音が鳴った。


 見れば差出人は天宮さん、

 追記事項だろうと

 画面をタップした

 俺は硬直した。



『だけど、あたしも

 柚子ちゃんと

 二人きりで遊びたいから』


『修学旅行が終わった

 翌週の十一月十八日の

 土曜日にお出掛けしませんか?』



 照れ隠しとばかりに付け足された

 スタンプはフードを被った

 にゃんこが真っ赤になった顔を

 両手で覆い隠しているものだった。



「っっっ…………」


『やっったぁあああああああ

 あああああああ!!!!』という

 雄叫びは胸の奥に

 そっと仕舞いこみ、

 ベッドの上で

 萌え死にしかけていた。


 心の中はどんちゃん騒ぎ、

 やっぱり頭は

 真っ白なままらしい。



「うへ、うへへへへ…………

 っと危ない危ない。

 既読つけてたんだった」



 鼻歌交じりに打ち込まれる

 文章は緊張して打ち込んだ

 それよりも遥かに軽快で

 爽やかなものに感じられた。


 ものの十数秒で

 作成した文面はこれだ。


『もちろん!

 楽しみにしててね!!』


 とある意味、

 短文のやりとりを

 モットーとする

 一番LINKらしい

 LINKだった。


 


 修学旅行は滞りなく行われたが、

 つまりは何も

 ハプニング要素は

 なかったという意味で

 平穏無事に幕を下ろした。



 学校行事として、

 高校二年生の青春はもう終わり。


 これからの季節は各が描き彩り、

 藻掻き足掻き嘆く、

 青春の始まりのようだ――。



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