幕間「君の答えとは」
成瀬からの告白を断った
俺は帰宅し、
自室と化した兄の部屋の
ベッドで横たわっていた。
「断っちゃったよ、初告白
……はは、そんな
モテるわけじゃないのにな」
とは言えど、
誰でもいいわけじゃない。
まずに、
彼氏に浮気されたと思ったら、
そもそも好きに
なってもらえてないどころか、
本命が別にいたという
不遇ダメ男ホイホイ
立花さんの一件。
好きな人への
思いが遂げられないだろうと
思い込んで立花さんの
告白を承諾した瀧川は、
その後に巡ってきたチャンスも
立花さんも得ようとして
どちらも失ってしまった。
二兎を追うものは一兎も得ず
とはよく言ったものだし、
この場合本心に背いて
自分を偽ったことが
キーなのだろう。
ただ、二股をかけよう
と思った時点で彼は
紛れもないクズなのだが。
次に、騙されて
交際させられたという
誤解のせいでトラウマを植え付けられ、
容姿丸ごと変える
羽目になってしまった成瀬の一件。
好きな女の子を
思うあまり勇気が出せず、
裏から彼女を守っていた吉良。
彼は彼なりの愛情と信念を持って、
もう一度やり直せる
そのときを待っていたが、
その想いは長年のすれ違いにより
修復不可能なものとなっていた。
それは彼女が
そのときに求めていたものに気付けず、
独り善がりな妄想と愛を
押し付けてしまう形となったからだった。
瀧川からの教訓は、
自分の気持ちに
背くべきではないということ、
かと言って欲望のままに
倫理観を無視することは
許されないということ。
吉良からの教訓は、
ただ想うだけや、
一方的な愛を相手に押し付けても
ダメだということだ。
……多分俺はきっと、
何をしても
そのどれかに
当てはまってしまうのだろう。
他人がしていれば
ダメだと分かるし、
断罪だってできるのに
自分のこととなってしまうと
どうしてこうも難い。
――出口のない迷路に
迷い込んでうんうん唸っていたら、
コンコンと戸を
ノックする音がした。
「誰?」
「ボクですよ。
入っても構いませんか?」
考え事はしていたけれど、
考えたって仕方のないことだ。
しかもどうせ
停滞していたのだから
どうってこともない。
とちょっと考えて
俺は返事をした。
「いいよ」
「では、失礼して――」
ドアノブに
手を掛けられたその刹那、
得も言われぬような
感覚に寒気立った。
言うなれば、
背後に霊が忍び寄って
己の首に手を掛けん
とするおぞましさだ。
「さてさてー
そろそろ新たな試練内容について
発表しましょうか」
上っ面だけの薄笑いを浮かべ、
仮面の下では冷笑をたたえて
こちらを見下している
――そんな気配がしてならない。
「新たな試練内容って何?
もったい振らずに教えてよ」
神は俺の強がりさえ
見抜いているかのように、
「ふふふ」と含みのある
笑い声を上げた。
「……なんだよ」
「いえ。
ただ、新たな試練内容と言っても
あまり驚いた様子が
見られなかったので、
予想でもしていたのかと思いましてね。
でもそんなはずも
ないだろうと気付き、
可笑しくって
笑っていただけですよ」
彼はまだ笑い続ける。
渇き切った嗤笑が
じわじわと俺の心を毒し始めて、
苛立ちが頂点に達しかけた頃、
神がパチンと指を鳴らした。
そして
「じゃん、
じゃかじゃかじゃか……」
という謎のBGMが流れ出し、
発表の雰囲気を作り出したのだった。
「じゃんっ!
試練、それはぁ――ユズ、
君が好きな女の子に
〝告白すること〟でぇ~す!」
それから神はわざとらしく
口元に手を当てて、
「あはっ」と
悪戯っぽく嗤って見せる。
「…………」
「あっれぇー?
ユズぅ~どうしましたか??」
黙り込む俺に
神はけらけらと
趣味の悪い声を上げた。
「…………お前、
また俺の心でも覗いたか?」
苦々しく、嫌悪を剥き出しにして
俺は辟易を吐き出した。
するとケラケラと
せせり笑っていた彼の表情も
だんだん引き締まり、
いつしか真顔へと変化する。
「それは、覗いたから
今回の試練を出した、
ということですか?」
「……そうだ、」
凄みを利かせて
彼に嫌悪を感じさせたかったが、
不意に漂い始めた
寂莫の雰囲気に言葉を失った。
「それは違いますよ、ユズ。
ボクはね、
君を女の子にしたときから
この試練を追加するって
予め決めてあったのです。
それだけは本当です。
他にどれだけの
嘘偽りを並べようとこれだけは
絶対に」
どことも取れない何かを見据えて
神はそう言った。
凜々しい目付きからは、
飄々と人を嘲ってきた彼からは
一度も感じられなかった
信念らしきものすら感じられる。
信じるに値はするのかもしれない。
「そう、か。分かった。
なら本当に――
〝告白〟さえすればいいんだよな?」
「……ええ、もちろん。
ただ言うまでもなく、
その告白とは
〝愛〟や〝恋〟を告げるもの
でなくっちゃなりません、
俗に言うLOVEのことです」
神は少しおちゃらけを
取り戻したように、
両手で♥を作って見せた。
やっぱりウザさは
消えないなこいつ。
「分かってるよ。
それで、期日はいつまで?」
全く挑発に乗らない
俺へのからかいに飽きたのか、
神は残念そうに溜息を吐いていた。
「期限は……
聖なる夜クリスマスが終わる
十一時五十九分までです。
期限まで二ヶ月も
猶予を与えるなんて、
ボクは実に慈悲に満ちていますね」
「そうだね」
神へ怒るのは
バカのすることだと悟ってきただけに、
憤りを覚えるのは
胸の内に仕舞った。
今日はもう十月二十八日、
二ヶ月と言っても
ほとんど誤差でしかない。
自分のために
あの子への未練を残したまま
他の誰かに告白なんて
していいのだろうか。
それはあの子への
裏切りにはならないのか。
瀧川や吉良のことが
頭をちらついて仕方ない。
「ユズ、別に誰にしろとは
指定しませんので、
〝初恋のみかちゃん〟とやらに
告白しても構わないのですよ?」
できればの話ですがね、
と付け足して
神は屈託もなく笑っていた。
ホントに嫌味な奴だ。
「……それができたら
苦労なんてしないよ」
告白〝すべき〟なのは誰か。
この試練のせいで
余計その思考に囚われてしまう。
けれどきっと、
試練のために告白なんかしたら
俺は一生後悔することに
なるんだろう。
「まぁ告白相手に関しては
〝女の子〟としか限定しませんので、
せいぜい頑張ってくださいね?」
もう何も言葉にしたくない。
言葉にするだけで
大事な何もかもが
壊れてしまいそうだから。
「この言葉を信じるも信じないも
君次第ですが、言っておきますね」
興味すら示さない俺にも構わず
神は口元を綻ばせて、
花のように笑う。
「――ボクはずっと君の幸せを、
心から願っているのですよ」
その瞬間だけ、
神は俺の化身を解き
初めて会ったときに見た
ミニマムのアンテナ宇宙人
――ではなく、鴇色の羽衣を纏い、
長髪をリボン状に結い上げた
美しい女性の姿を見せたのだった。
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