うっせぇわ(2)


 吉良誤解事件の数日後、

 一方で俺は天宮さん含む

 男女三人から言及を受けていた。



「柚子ちゃん、どうしてあたしだけ

 仲間に入れてくれなかったの……?」



 少し肌寒くなってきた空の下、

 俺たちは中庭に設置された

 休憩所のようなところで昼食を摂っている。


 周囲に植えられた木々は

 ほんの少しずつ葉を黄色や赤に粧い始め、

 季節の変わり目を感じさせた。



「どうしてって……

 それは天宮さんをあんなどろどろした話に

 参加させたくなかったからだよ。

 ただでさえ男嫌いの天宮さんが

 傷付くところなんか見たくなかったし」



 それは嘘偽りない本音だった。


 しかし天宮さんは肩をぷるぷる震わせ、

 目を真っ赤にして「違う」と嘆いた。

 次の言葉を続けようとした彼女だったが、

 零れそうな涙を堪えるのに

 必死でどうにも話せそうにない。


 それを見かねた健志が

 わざとらしい溜息を吐いた。 



「お前さあ、いつまでも

 天宮が成長しないと思ってるのか? 

 天宮は天宮なりに

 本気で男嫌いを克服しようとしてるんだ、

 そんな天宮の気持ちを踏みにじるなよ」



 それは響きすぎるほどに正論だった。

 反論する術もない。



「そうやで。

 これは奏にとっても男嫌いと

 立ち向かう機会やったんよ。

 だからうちは

 奏を誘うべきやって言ったんやで」



 立て続けざまに正論をぶつけられ、

 申し訳なくなった俺は顔を伏せた。


 すると視界の端で

 天宮さんの首がゆらりと動き、



「柚子ちゃん、あたしの悩みに

 懇切丁寧に向き合ってくれてありがとう。

 でもね柚子ちゃん、もう大丈夫だよ」



 澄み渡る夏空のように

 健やかな笑顔を向けてくれる。

 それは非常に優しいのに、

 どこか突き放すようなニュアンスを孕んでいて、

 俺は息が詰まりそうになった。


 いつかの日まで遠ざかっていく

 この感覚を俺は知っている。

 だからこそ俺は……



「奏ちゃ……」



 だけどその声は届かず。



「柚子。

 天宮は一人で頑張るって言ってるんだ、

 それを邪魔してやるな。

 天宮のためを思うなら、

 お前はこれ以上私的な問題に

 首を突っ込むべきじゃない――」


「余計なお節介なんだ」



 それからも、柚子はよくやったとか、

 柚子ちゃんには本当に迷惑掛けちゃったから

 頑張るよだとか聞こえてきたけど

 何も分からなかった。分かれなかった。



 どうしてだろう、

 手を伸ばせば伸ばすほど遠ざかっていく。

 触れれば割れてしまう

 シャボン玉のように儚い脆さが、

 俺の欲しいものにはある。


 どんなに大切にして、

 想ったとしても

 いつかは離れていくのだ。



 そんな当たり前のことに気付いた俺は

 舌に温く滴る塩化ナトリウムを感じた。

 鼻腔の奥でエチルアルコールのような

 灼ける臭いを覚える。

 胸が灼ける、喉も灼ける。



 その症状の正体はあまりにありふれているのに、

 治しようもない不治の病だった。




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