うっせぇわ


 過去の真実の美談とやらを

 語り終えた吉良は

 いかにもそれらしい顔をして、

 成瀬との距離を縮めた。



「ねえ未来、もう一回

 やり直してくれないか?


 そして昔みたいに

 真面目で

 凛とした未来に戻って……」



 彼の踏み出した一歩は

 力強く開け放たれた

 扉の音によって遮られる。


 その先にいたのは……



 音にいち早く反応したのは

 吉良ではない俺だ。


 彼女だけは関わらせたくない

 と思っていたのに……


「か、奏ちゃん……?

 どうしてここに……」


「その話は後にしよ」 


 冷淡に言い放たれて

 ショック受けたことで

 心当たりに思い当たり、

 立花さんに目を遣ると

 さぁ? と白々しい

 ジェスチャーが返ってきた。



 この後の自分を想像して

 胃が痛くなったけれど、

 なぜ彼女をこの場に

 呼んだのかが謎である。


 吉良の過去を洗い出す役目は

 立花さんが担ってくれたし、

 これ以上

 追い詰める術もないはずだ。


 しかし天宮さんには

 目的があるらしくすたすたと歩いていき、

 彼の前で立ち止まった。


 その顔つきには闘志のような

 何かが滲み出している。



「今の告白、聴かせて

 もらってたんだけどね……

 あれじゃ、

 独り善がりもいいところだよ」



 彼女は初対面であるはずの

 彼の前できっぱりとそう告げた。

 臆面もなく、だ。



「君は誰だ?

 何のつもりで

 そんなことを言うんだ……

 第一、

 他人の君に関係ないじゃないか!」


 痛いところを突かれた彼は色をなして、

 わなわなと腕を震わせる。


 自覚でもあったのだろう、

 彼の目には焦燥が表れていた。


 観衆と化した彼らは困惑していた、

 どういう自体が起こっているのかと。


 しかし予定外の参入者によって、

 計画は狂ってしまっている。


 つまり僕にも分からない。



 この場に居合わせた全員の意識が

 彼女へと集中する。

 その一挙一動に視線を這わせて。



「あたしが誰かなんてことは

 この話にあんまり関係ないんだよ。


 それに成瀬さんのことは知ってる、

 それだけで十分なの。それよりも……」


 吉良の冷や汗が彼の首筋を伝う。


「前の未来に戻って?

 流されてる?

 守る資格がない?

 ――そんなのただの言い訳だよ」


 彼女は苦々しい顔で、

 そんなものよりもと胸を痛めていた。


 だけど彼はその声に気付かない。


「……言い訳じゃない、」 


「ううん、言い訳だよ。

 本当に好きなら

 自分はワガママだって開き直って、 

 その気持ちをぶつけたら良かった。


 自分は弱くて

 ヘタレでどうしようもないけど、

 未来が好きなんだって。


 格好付けずに言ったら、

 成瀬さんがここまで

 苦しむことはなかったんだよ」


 天宮さんは息一つ切らすことなく

 流暢な語りで、

 吉良を追い込んでいく。


 まるで悪い人ではなかったという

 事実を覆すかのように。



 しかしここまで打ちのめされて

 言い返さないほど

 彼もヘタレではなかった。



「言えるわけないじゃないか!

 僕のせいで傷付けたのに、

 平然と好きだなんて

 言えるわけがないんだ……」



 自分の言葉で力なく項垂れる吉良を前に、

 彼女はきょとんとして首を傾げた。


 さきほどまで

 鋭い指摘が嘘であるかのように

 円らな瞳をする。




「それならどうして――

 いじめを止めさせるために

 自らが悪役を買って出たことを

 どうして教えてあげないの?」 


「っ!!?」 



 どうしてそれを知っているのかという

 狼狽え方だった。


 絶句した彼に代わって

 天宮さんは補足説明を始める。



「だって、別れた後すぐに


『もう僕は未来と関わらないから

 彼女へのいじめは止めてほしい。

 自分が悪者でいいから、未来だけは……』って。


 いじめの主犯格女子たちに言ったって聞いたよ?

 だから、腹の納まりどころが悪かった

 女子は吉良がいじめの首謀者だという噂を流して

 二人を復縁させないようにしたってところかなあ。


 守ろうとしたけど、

 そのせいで自分が嫌われ者に

 なるだなんてとんだ皮肉だけどね」



 そう言うと切なそうに目を伏せた。

 ふぅーっと一息吐き、

 空気を入れ換えると彼女は踵を返して

 成瀬の方へ身体を向ける。



「だからね、成瀬さん。

 吉良っていうこの男の子は

 女心をちっとも分かってないし、

 最低なまでにチキンで

 ヘタレな豆腐メンタル野郎だけど……

 それでも成瀬さんを想う気持ちは

 折り紙付きじゃないかな?


 だってね、男の子で何年も

 一人を想い続けられるのってそういないんだよ。

 男の子は本能的に刺激を求めがちだし、

 人数も欲しがっちゃうからさ」



 隠しもしない男性への嫌味オンパレードだったが、

 それでも誰も彼女を批判する者はいない。


 今この場で意見できるのはたった一人だけだから。



「さあ、成瀬さん。

 全部を知った上で、答えを決めてあげて」



 天宮さんは柔和な声音で成瀬に語り掛け、

 そして手を握る。



「自分は――」



 俺はその単語を聞いて、なんとなく察した。

 ああ彼女はもう決心したのだと。


 その澄んだ瞳は吉良を捉えても

 怯えることはなかった。



「よりを戻したくないです。絶対に」



 そう断言した。

 吉良の心はもうここいらで完全に折れただろうが、

 生気を取り戻した成瀬は

 そんなものでは収まらない。



「そもそも、

 好きでも守れなくちゃ意味ないですし、

 今の自分を含めて受け止めてくれるような人

 じゃないと付き合いたくなんてありません。

 あなただって結局は〝今の成瀬未来〟を

 見てくれないじゃないですか……

 欠点を理解して

 変わろうとした自分のことなんて」



 のべつ幕なし喋り立てると、

 勢いづいたのか彼女はさらに加速していく。



「第一、自分は今のままで満足しているんです。

 というか最近それに気付かせてくれた人も、

 頼れる友達もいるからこれでいいんです。

 それに自分はこじらせたお陰で、

 今は立派な腐女子ですし?」



 と爆弾発言を投下し、場は騒然とした。



 目を白黒させる周囲とは逆に、

 成瀬はすっきりした面持ちで

 ふふんと勝ち誇った笑みを浮かべる。


 唖然という文字通り呆気に取られる観衆。


 打ち砕かれた理想。

 もう彼にやり直す

 余地なんて残されていなかった。




 後日譚。


 成瀬に振られた吉良はいつしかの

 瀧川のように成瀬へ付きまとうようなことはなく、

 失恋を受け容れたとのことだった。


 ただそれでも、

 彼はたった一つだけは譲れないとして

 彼女に言ったのだという。


 廊下やどこかですれ違ったとき、

 挨拶を交わすくらいはしてほしいと。



 それはそれとして、彼女は

 念願の本当の友達を手に入れたのだという。

 それは言うまでもなく、

 男前な吾妻実咲のことを指す。


 自分を理解してくれようとする良き友を得た

 彼女は派手なメイクや服装で

 ギャルになりきることをやめ、

 グループから抜けたらしい。

 成瀬の件はそれで上手く収まった。



 彼女の問題に関しては

 万事解決されたと言っても過言ではない。

 成瀬のことは。



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