イケメンの戯言なんざ聞きたくねえな


 緊急事態だとは

 口を酸っぱくするほど繰り返したものの、

 テスト期間前に告白して

 テスト期間中に返事を要求してくる

 ということは考えづらい。

 とすると、

 少なくともテスト期間は

 成瀬の安全が保証されるということだ。



 それを逆手に取った俺は

 幼萌えの賄賂を使って

 健志に情報収集を頼み、

 立花さんには〝そのとき〟に

 参加してもらうよう協力を依頼した。



 もちろん彼女は成瀬に借りがあったし、

 嫌だということはなかったけれど、

 しきりに

「奏は誘わんくてええの?」

 と尋ねてきた。


 未だに癒えない

 男へのトラウマがある彼女を、

 こんなどろどろしたことに

 関わらせたくないとして断ったけれど。



 作戦決行はテスト最終日の

 水曜日とすることにした。


 ちなみに事前に成瀬から

 グループへの連絡は済ませてある。



 そして、それぞれのテスト期間を過ごし、

 因縁の対決の日がやってくる。


 成瀬からの連絡通り、

 派手な男女生徒たちは

 放課後の2-7教室に集まっていた。


 廊下から様子を窺うに、

 吉良の告白に対する返事だろうと

 踏んだ彼らは

 そわそわして落ち着きがない。


 その中で吉良一人だけが

 悠然と成瀬の到着を待っていた。


 勝利を確信した獲物ほど

 美味しいものはない。



 さあ、今だと合図して

 俺たち三人は教室に足を踏み入れた。


 途端にざわつき出す彼らを余所に

 俺は口火を切る――。



「こういう地味で真面目そうな女の子が、

 大好きなんだってね?」



 三つ編みに伊達眼鏡、

 膝下丈のスカート、白靴下

 ――かつての成瀬未来を

 投影したものだった。


 その台詞にたった一人だけが

 著しい反応を見せる。


「っ!!!」


 吉良の顔が

 だんだん蒼白になっていく。


 それに対して周囲の反応は

 面白いくらい黄色一色だった。


「いもっくさ」

「マジウケるんですけど」

「え、キモ……」


 など罵詈雑言が飛び交った後、

「それよりもさーお前、誰?」

 という問いがこの場に浮上した。



「私ですかー?

 私はですねー

 ただの友達ですよ。

 そこの吉良佳人とかいう

 男の被害に遭った女の子のね」


 真偽はともかく

 誰のことだという声で場は騒然とした。


 違う、そうじゃないと

 か細い声で訴える

 吉良の言葉は誰にも届かない。



 話題が転換されてしまう前に

 周囲の耳目を引きつけようと

 次のステップに移る。



「やっぱり未来は、

 吉良とは付き合えない。

 付き合いたくない」



 はぁー?


 という声が真っ先に上がった。


 興醒めだとでも言いたげに

 落胆の空気が生まれる。



「ま、待てよ未来!

 付き合えないってなんだよ、

 僕は君と……」



 脅迫までしてやり直そうとした

 吉良がそう簡単に

 成瀬のことを諦めるはずがない

 と踏んだのだが、

 意識誘導は思いの外上手くいったようだ。



「残念だけど、吉良。

 お前みたいな奴が

 ナルとやり直す権利はないよ」



 刺々しく、

 まるで茨のような言葉が吉良を刺す。

 彼はそれを避けられずに

 ただ狼狽えていた。


「な、何言って――」


「とぼけてもムダ。

 吉良がナルにしたことは

 全部聴かせてもらったよ。

 お前は許されないことをしたんだ。

 ここで全部バラしてやる」


 早口で捲し立てる吾妻の剣幕は

 鬼気迫るものがあり、

 真剣味を帯びている。

 もっとも、彼女自身

 このやりとりは本心から

 発言しているのかもしれないけれど。


「ま、待って! それは誤解で……」


「誤解も何もあるか!

 お前は初心だったナルを

 からかうために付き合って、

 女子からの嫌がらせに

 耐えきれなくなったナルが

 音を上げて別れたのを……

 ナルに捨てられたみたいに

 吹聴したくせに」



 笑い声も嘆きも上がらない。

 ただ耳に入るのは、

 校舎外から響き渡る

 生徒の笑い声だった。

 一方空気が凍てついた教室の中では

 誰も何も言えない。



「よくまあそれで

 ナルの前に立てたもんだよ、

 それどころか

 もう一度やり直したいだなんて、

 笑わせるね」



 吐き捨てるように言った

 吾妻の目は決して笑ってなどいなかった。

 絶対零度の凍てつきを保ち、

 対象者を蔑んでいた。


 本来反論すべき

 吉良も押し黙って、口を開こうとしない。



 このままでは話自体が

 消滅してしまいかねなかった。

 なんとしてもそれだけは避けたい。


 が、しかし……

 そうして行動するのに

 渋っていると、扉の開く音がした。



「いや~でもそいつ、

 そこまでドクズじゃないらしいで?

 まあ、連れの瀧川と

 比較してって意味やけど」



 高みの見物とばかりに

 余裕綽々の笑みを浮かべて

 登場したのは他でもない立花さんだ。


 想像もしない人物の登場に

 彼らは動揺を

 隠せなかったらしかった。


 彼女はそれを横目に話を続ける。



「だってさー、そいつ……

 本当に成瀬のことが好きで好きで、

 付き合ったはいいけど

 女子のいじめから守り切れなくて

 自分に落胆して。

 成瀬から別れを告げられて、

 それでも仕方ないって思って、

 でもまだ諦めてなくて、

 ほとぼりが冷めるまで待とう。

 そうしたらもう一回、

 告白しようとか考えてたら、

 事実とは全く異なる噂が

 流れちゃったっていう

 ……ヘタレなんだからさ」



 慈悲を含んだ彼女の視線は

 吉良を見つめた。


 そこまで事情を

 知ってしまっている彼女の前で

 彼はもう弁解することさえ

 諦めたように見える。



「でもだからって

 吉良のしたことが

 なかったことになるわけじゃない。

 少なくとも、未来が誤解で

 傷付けられたを知ってて、

 それを解かなかった怠慢の非はあるよ」



 俺は許せなかった。


 気持ちが誠実であれば、

 過去の罪がなかったことに

 されるなんてあっていいはずない。



「……そうだね、

 僕は未来に謝らなくちゃいけない。

 でも、ただどうしても

 知っていてほしいことがあるんだ――」



 そう語り出したアイドル様は止まらない。


 周囲の観客と化した彼らは、

 呆然と二人の恋路を見届ける

 案山子のようだった。



 ――僕は男女問わず好かれたけど、

 それは中身の伴わない

 プレゼント箱を

 渡されたみたいな気持ちだったよ。



〝好青年のアイドル様〟


 だなんてどこかで

 言われているらしいけど、

 本当にその通りだね。


 皮肉られるぐらいがちょうどいいよ、

 どうせ僕をちゃんと

 見てくれる人なんて

 いないんだから……

 って思ってたんだ。



 だけど、未来と初めて話したとき

 そんな気持ちは打ち砕かれたよ。



『誰からも好かれるからって

 他人の気持ちを見くびらないで。


 それは真剣に向き合おう

 としてる人に対して失礼です』



 ってね。


 それがどれだけ嬉しかったことか

 ――僕はそれがきっかけで

 未来のことが好きになったんだ。


 だから告白したのも本心だし、

 いじめの黒幕でもない。


 だからあのとき未来が

 いじめの標的になってしまったのは、

 他人からの好意を

 あしらい続けてきた

 僕への罰だったんだろうね。


 未来が傷付けられて、

 友達を失っていくのを見て、

 僕は罪悪感に耐えられなくなった。



 だから、未来から

 別れを求められたときは

 ほっとしたんだ。



 だけど一年経って、

 未来がメイクをし始めて

 男にモテだしたのを知った

 僕は思ったよ。



『変わってほしくなかった』


『やっぱり今でも

 未来が好きなんだ』


 って。



 僕には未来を守る資格がないからって、

 それでもずっと気持ちに

 蓋をしたままだった。


 でも同じ高校に入学して、

 最近ようやく

 未来の前に立つ決心ができて、

 間近で未来の変化を見たとき、

 愕然としたよ。


 こんなにも

 変わってしまったのかって。


 ――好きだったんだ、

 真面目で芯の強い未来のことが

 何よりも。


 芋臭くても野暮ったくても、

 外見ばかり取り繕う女子より

 ずっと綺麗だった、

 飾らない純真無垢な姿は

 どんな美人も敵わないよ。



 だから、人に流されて

 他の人と同じように濃いメイクをして、

 露出度の高い服装をして、

 下品な言葉遣いをする

 未来を見ていられなかった。

 我慢ならなかったんだ。

 

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