美少女を家に上げたけど浮気じゃない


 それからの流れは

 あまり難しくもなかった。


 さすがに今日は急すぎるので

 明日はどうかと聞き、

 また家にも連絡して確認する。

 予想通りの返答があり、

 成瀬と待ち合わせ

 時間や場所の調整をしたら、

 あっと言う間だった。



 翌日の火曜日の放課後、

 俺は成瀬を我が家に招き入れた。



「どうぞ、あがって」


「は、はい。お邪魔します……」



 成瀬は初めての友人宅

 訪問に緊張しているのか、

 ギチギチとぎこちない動きで

 手と足を同時に動かしていた。

 頬もやや強張っているように見える。


 親のことを

 気にしているのかもしれないし、

 気を遣い合っていたらキリがない。


 部屋まで案内すれば

 緊張も少しは和らぐだろうと、

 彼女を直接二階へ通した。


 部屋に入るのにもいちいち

「お邪魔します」と畏まる

 彼女を部屋に押し入れて、

 机の前に横並びで座らせてしまう。



「さあて、本題に入ろうか。

 何があったのか聴かせてくれる?」


 なるべく穏やかに聞こえるように

 問い掛けてみたのだが、

 彼女は一向に口を割ろうとしない。

 痺れを切らした俺は予め用意してあった

 アイスティーを飲ませ、

 緊張緩和を計ってみた。



「おいし……」



 ぽつり漏らした声はか細く、

 病弱な人間を思わせる。


 やっぱりこの前のことを

 気にしているのだろうか。



「でしょ? か……百合子さんが

 好きな銘柄なんだけど、

 マスカットフレーバーの

 セイロンティーらしいよ。

 紅茶なんて、って思ってたけど

 これは侮れないよね」



 無理矢理すぎたかと思ったが、

 彼女の頬が緩むのが見て取れる。



「ええ、そうですね……

 本当に美味しいです。

 冷たくて、爽やかなのに甘みがあって。

 優しい味がします」



 そう言うと彼女はまた

 アイスティーに口を付けた。

 よほど気に入ったのだろう。

 強張っていた口元が和らいで、

 顔付きからは安らぎを感じられる。



「……それじゃあ、

 今度こそ話してくれる?

 何があったのかを」



 彼女はアイスティーの

 ストローから口を離すと、

 確かに首肯した。



「はい。実は少し前に

 こういうことがありまして……」



 視線を落とした彼女は

 意味もなくストローで

 アイスティーをかき混ぜ、

 氷をカランと鳴らして。




 ――先週の金曜日のことです。


 いつものように中庭で

 昼食を摂っていました。

 そうしていると誰が呼んだのか、

 七組の男子たちがやってきて

「一緒に食べてもいいか」と

 尋ねてきたんです。


 自分はあまり気乗りしませんでしたが、

 他の子たちが引き入れ、

 途中から男子が加わる形になりました。


 そこに、吉良がいたんです。



 初めのうちは素知らぬ振りをして、

 直接話さないようにも

 気を付けていたのですが……

 グループの一人が

 自分の名字を呼んでしまったのが

 きっかけで気付かれてしまったようです。


 それからはわざわざ

 席替えをしてまで自分の隣に座り、

 直接話し掛けてくるようになりました。


 本当は隣にいるだけで

 目眩がしそうなほどでしたが、

 そこはギャルのキャラを最大限に活かし

 横柄な態度を続けたんです。


 昼休憩が終わる

 五分前の予鈴が鳴って、

 ようやく解放されるのだと安堵していたら

 急に吉良が立ち上がり言いました。


「未来、もう一回

 僕と付き合ってほしい」


「っ!!?」


 と。


 周囲は囃し立てたり、

 祝福の雰囲気を

 におわせたりしましたが……

 自分は呼吸が止まったように感じました。


 胸や肺、

 喉が熱くなって灼けるように

 痛くて痛くて……

 足が竦んで動けなくなったぐらいです。


 自分はそのとき、

 もうすぐ授業だからといって

 その場を逃げようとしましたが、

 腕を掴まれて肩を引き寄せられました。


 そして彼は言ったんです、



「断ったら昔の容姿や

 はぶられていたことを全部ばらす」



 自分は一気に頭が真っ白になって

 何も分からなくなって

 何を血迷ったのか、


「考えさせて」


 と口走っていました。



 長い一人語りを終えた頃には

 冷たかったアイスティーは

 大量の汗をかいていた。

 結露の水滴は机をひた濡らし、

 小さな水溜まりを作っている。


 成瀬は疲れ切った顔で

 アイスティーを手にした。


 時間が経って氷とアイスティーが

 混ざり合ったそれは

 あまり美味しくなさそうだった。



「それってさ……控えめに言って、

 非常にまずいんじゃないの?」


 彼女は薄まった

 アイスティーを飲み干して

 グラスを机に置く。


「そうですね、

 オブラートに数枚包んでも緊急事態です」


「…………」


 笑えない話だ。


「……未来、あのさ」 


「な、なんですか?」


 彼女は俺の怒りを察したように

 ピクッと肩を震わせた。

 でもお説教は後だ。


「さっき言ってたグループに、

 頼れる友達は一人もいないの?」


 冗談抜きの真剣な声音と眼差しで

 彼女を見つめる。

 唾を呑む余裕さえ

 与えない至近距離で問うと、

 彼女は物怖じしながらも、



「……います、

 一人だけ頼れるかもしれない

 子はいます、けど……」


 こんなことに巻き込めませんだとか

 うじうじしてきたので、

 カッとなった俺は、



「大事なときに

 頼れなくて何が友達だ!

 頼りたいのに頼らないで

 一人で抱え込むのは

 莫迦のすることだ!!」



 と大言壮語を吐いてしまい、

 数秒後には猛省する羽目になった。

 しかし彼女は俺の言葉で

 すっかり元気になったらしく、

 健やかな笑みを取り戻していた。

 恥も女のためなら掻き捨て、

 かもしれない。



「じゃあ、連絡してみなよ。

 大丈夫なようだったら、

 ここへ呼んで。

 行き方はこっちで指示するから」



 何の確証もないのに、

 俺には自信というものが漲っていた。

 いや、見栄を

 張っているだけかもしれない。

 責任なんて取れなくても、

 それでも彼女がトラウマに

 押し潰されるくらいなら

 何か一つでも変えるべきだ

 としか思えなかった。


 成瀬が頼れる子という

 吾妻実咲に連絡を取ると、

 すぐに電話がかかってきた。

 それから彼女が

 たどたどしい説明をすると

「今すぐ行く! 今どこ??」

 という男前な返答があったという。

 答え方に迷った彼女に代わり、

 俺が受け応えをすること

 十分ほどで家のインターホンが鳴った。



 玄関先まで降りていくと、

 黒髪ショートボブカットの

 さっぱりとしたのが印象の猫目女子が

 今にも魔王を倒さんとばかり

 という雰囲気で直立していた。

 目鼻立ちははっきりしていて、

 健康的な肌の色をしている。

 服装は七分丈の白カットソーに

 アンクルパンツとシンプルだったが、

 顔立ちが整っているので

 見劣りはしなかった。



「……あぁいらっしゃい。

 どうぞ上がってください。

 上に未来もいるので」



 吾妻はお邪魔しますとだけ呟いて

 ずかずか階段を登っていく。

 なんと勇ましい姿だろう。


 部屋の戸を開けて、

 成瀬と引き合わせるなり彼女は

「なんで今まで黙ってたの」と

 はらわた煮えくりかえるものを

 押し殺したような声で告げた。

 あまりの物々しい雰囲気に

 成瀬は吾妻から目を逸らしてしまう。



「だって……あづちゃんに

 迷惑かけたくなかったし」


「バカ!!

 ……どうしようもなくなってから

 相談された方が心配するに決まってる!

 もっと早くに相談してよ……」


 吾妻は抑えていたものが

 溢れ出したように

 ほろほろと綺麗な涙を流した。


「うん、ごめん……」


 ひしと抱き合う二人。


 激甘デジャヴ感を

 味わわされるのも癪なので、

 吾妻の分のアイスティーを

 用意してやることにした。

 一声だけかけて部屋を後にし、

 台所でせっせと

 アイスティーを用意する。

 そして俺が部屋の戸を開けると

 勢いよく声が飛んでくるのだった。



「なあなあ君、柚子って言うんだよね。


 そこで君に頼みたいことがあるんだけど、

 この件について誰か一人、

 君の友達に協力を依頼できない?」


「……へ?」



 間の抜けた声を漏らす俺に、

 吾妻は憚ることもなく、

 はーと溜息を吐いた。

 そのあと、急ぎのためなのか

 ややせっかちになりながらも

 状況説明してくれたから良かったが。


 つまり、端的に纏めると

 こういうことらしい。



〝二人をやり直させはしないし、

 あいつからはうちが絶対に守る〟    



 ちなみに、この作戦にあたって、

 俺が協力依頼できる中で

 適任だったのは立花さんだった。


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