【CASE4:成瀬未来の変革】

美少女の懇願


 ――中学二年生のときのことでした。


 自分はまだやぼったくて芋臭くて、

 勉強ばかりしている生徒の模範みたいな

 生徒だったんです。


 具体的には、

 黒髪に三つ編み、びん底眼鏡、

 膝下スカート、

 白靴下という感じでしたね。


 とにかく生真面目で融通が利かないから

 クラスでも除け者というか……

 浮いていて、

 友達も一人二人くらいしか

 いませんでした。


 嫌われて当然だったんですけど、

 それでも誰かに好かれたい、

 好きになってもらいたい

 と思ってはいたんです。



 そしたらある日、


『成瀬未来さん、好きです。

 付き合ってください』


 って。


 信じられないとは思ったけれど、

 誰かに好かれたいと思っていた

 自分はその言葉で舞い上がってしまって、



『じ、自分なんかでよければ、

 お願いします』



 とその場で二つ返事の

 承諾をしてしまったわけです。

 まさか自分のような人種が、

 男女問わず好かれている

 アイドルのような

 彼と付き合えるだなんて

 思いもしませんでしたから、

『こんな自分で本当にいいのか』

 と何度も尋ねました。


 しかしその度彼は

『大丈夫だよ』と言って、

 キスをしてくれたので

 自分はそれを鵜呑みにしていたんです。


 でもそのうち、

 女子生徒から嫌がらせを

 受けるようになりました。

 校舎裏で壁に押し付けられたり、

 水を掛けられたり。 


 でもその度に彼が庇ってくれたから

 全然辛くなかったんです

 ……彼の本性を知るまでは。


 騙されてました。

 彼がいじめの黒幕だったんです。


 告白自体、地味で大人しかった自分を

 笑い物にするための

 遊びだったと聞きました。


 でもそれに気付いた頃には

 すっかり彼を信じ込んでいて、

 身も心もずたずたでした。


 友達も失くしました。


 自分がきっかけで

 諍いに巻き込まれたんでしょう。



 それでもう限界に達して、

『遊ばれるのはもうこりごり、

 もう終わりにして』

 と別れを告げました。


 そうすると彼は学年中に

『成瀬に捨てられた』って

 大法螺を吹いて回ったんです。


 そのせいで今度こそ

 自分の居場所はなくなりました。 



 ――これがこうなる前までの自分の話です、

 と彼女は人形のように

 虚ろな目をして話を終わらせた。


 その瞳は助けてって

 叫ぶことを忘れてしまった、

 大人子どものようだった。



「成瀬さ……」


「そんな他人行儀な呼び方は

 よしてくださいよ、

 寂しいじゃありませんか。

 せっかく同じ好きを

 共有できる仲なんですから」


 今の話を聴いた直後に

 その言葉はやけに重い

 ニュアンスを漂わせた。



 俺に孤立無援の彼女が

 伸ばした手を振り払うことはできない。



「……分かった、未来。

 それから未来が良かったらなんだけどね、

 ギャルっぽい見た目に

 なるようになった理由とか、

 イラストを描くようになった

 理由とか教えてくれないかな?

 それと、なんでもいい、

 好きなこと話してよ」



 俺はこの捨てられた

 仔犬のような目をしながらも、

 鳴くことができなくなってしまった

 彼女を放っておけなかった。



「……いいんですか、

 聴いてもらっても」


「いいよ」



 彼女はしばらく俺の目を

 不安そうに見つめていたが、

 意を決したように佇まいを正した。



「でしたら、さきほどの

 話の続きをさせてください。

 きっと、誰かに

 聴いてほしかったんだと思います。

 このどうしようもない

 恨み辛みでしかない愚痴話を……」



 許可を求めるような目に頷きで返すと、

 彼女はまた語り出した。



「さきほどの話、

 彼の名前が抜けていましたよね?

 今、言います。

 彼の名前は吉良佳人です。

 ……聞き覚え、

 あるんではないでしょうか?」 



 彼女は俺の反応を待つように、

 緩慢な動きで

 カプチーノを啜っていた。



「…………あ!

 例のモテ男!!

 まさか同じ学校だったなんて……」


「そのまさかですよ。

 あれは自分が意図的に捏造した話です、

 信憑性はありません。

 ただ、瀧川が

 相手をしてもらったことがある

 というのは事実のようですがね」



 彼女は瀧川の泡を食った

 顔を思い出したかのように、

 ふふふと悪い笑みを漏らしていた。

 かつて自分を騙した恋人の相方に

 ささやかな報復をしただけで

 愉悦を感じられるとは

 相当な傷だったのだろう。


 身も心も、

 そう告げた彼女の心は平静なのか。



「それから自分、

 恋愛不信というものに陥ってしまって

 ……男性を好きに

 なれなくなってしまったんです」



 と儚げに俯いて

 彼女は微苦笑した。

 それは自らを

 馬鹿にするようでもあったし、

 嘆くようでもあった。



「好きになれなくなった、って。

 男性が苦手とかそういうの?」



 するとそれには首を振って、



「いいえ、

 そういうわけではありません。

 話をするのも、

 少々の接触も平気なんですけど、

 ただ心を通わすことが

 できないでいるんです。

 それに元々友達は少ない方だったので、

 女性と心を通わすのも

 下手くそなんですけどね」



 悲しげに彼女を見つめていると、

 彼女は

「ああ、柚子さんは別ですよ。

 これだけ心が踊る

 会話ができる人というのは

 初めてですから」

 と付け足したのだった。 


 嬉しいのやら寂しいのやらと

 複雑な心境に参っていたら、

 彼女は急ににこつきだして、



「それと、自分腐女子なんです」



 もちろん付き合ってくれますよね?

 と狙い研ぎ澄ましたような

 したり顔で俺を見つめてきた。



 腐女子がどういうもの

 であるかを知った上で、

 もし彼女が

 初恋のみかちゃんだとしたら

 俺は少しだけ

 現実逃避させてほしい

 と言うかもしれない。



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