一難去って、一大イベント(2)


「ほんっと、清々しいですよね」



 午後の芸術選択で

 美術を選択していた俺と成瀬は

 五時間目と六時間目の間休憩に、

 ロッカー前で瀧川のその後について

 語らい合っていた。

 美術室は一階ロッカー前に位置してあり、

 登下校以外の人通りは

 極めて少ないのである。


 このことを俺に教えてくれた

 成瀬はしたり顔を浮かべていた。

 ちなみに俺はと言うと

 目元を細めてほくそ笑み、

 口元に手を添えられることで

 生じた彼女の胸元の窪みに

 視線を奪われてしまっている。

 それに気付いた彼女は、


「やっぱり、

 むっつりさんなんですね」


 といやらしく微笑んだ。



 一週間前のギャルっぽく装っていた

 彼女から一転して、

 今日は同人即売会で

 出逢ったときのような淑やかさがある。

 けれど、化粧はギャルメイクだし、

 胸元や脚の露出度も異様に高く、

 まるで男子を誘っていると

 揶揄されても仕方ない服装をしている。

 俺はどうやらこの手の

 ギャップ萌えに滅法弱いらしい。



「う、うぅ……

 見てたのは否定しないけど、

 むっつりっていうのはやめて……」



 下心を見透かされて顔を火照らせる俺に、

 彼女は悪戯っぽく笑った。



「――ところで、

 この前の一件自分がいなければ

 瀧川に制裁を

 食らわせられませんでしたよね?」



 無邪気な笑顔から一変し、

 彼女は狼が獲物を狩るような

 研ぎ澄まされた顔つきを見せる。



「ま、まあそうだね……

 そういえばお礼を言ってなかったや。

 本当にありがとうございました」



 極めて明るく礼儀正しい態度を

 心掛けたつもりだったが、

 彼女は何やら不服のようで、

 つまらなさそうに唇を窄める。



「そうですか……

 けれど自分はお礼を

 言ってほしいわけではないんです。

 その、感謝の気持ちがあるなら

 態度として

 返してほしいと言いますか……」



 言葉は業務的だったが、

 もじもじと締まりのない態度は

 男心をくすぐるには十分に愛らしい。



「何かな?

 ちゃんと言ってくれないと

 私も分からないから、

 はっきり言ってほしいな」



 さきほどとは形成が逆転したことで

 俺は一抹の優越感に浸り、

 意地悪な言い方で

 彼女を翻弄しようとした。

 が、突然彼女が動き出し

「これは貸しですよ」

 と俺の耳元で囁く。


 動揺を悟られては

 またからかわれるに違いないと

 踏んだ俺は必死に平静を装い、


「じゃ、じゃあ何をしてほしい?」


 そう尋ねると、

 彼女は待ってましたと 

 言わんばかりに顔に喜色をたたえて言う。



「でしたら今週の土曜日、

 デートに付き合ってくださいな」



 その夜、眠りに就こうとしたそのとき、

 神から脳内電波を受信した。



『おめでとうございます、

 あと一人の願いを叶えたら

 男の子に戻れますよ』



 そうなのか、

 とどこか他人事な考えを抱いて

 脳をシャットダウンしようとする。

 その動きを読んだらしい神は、



『真面目に試練へ取り組んでいる君に

 特別な贈り物を差し上げましょう』



 と意味深な言葉で俺の意識を惹き付けた。

 そして矢継早に、



『ねえユズ、君はもう既に

 幼馴染みちゃんに出逢っていますよ。

 それが誰なのか調べながら

 試練をこなしていくと、

 最後には素晴らしいエンディングが

 待っているかもしれませんね』



 ふふ、と相変わらず

 読めない笑いを残して、

 神からの脳内電波は途切れた。


 俺が彼女たちに感じた

 既視感がそれだとするならば、

 早く試練をこなして

 初恋のみかちゃんに会いたいものだ。



 そしてデート当日。



 彼女に案内されたのは、

 アニメショップに併設された

 某テニス漫画のモチーフカフェだった。


 デートという単語に

 浮かれてばかりいた俺は、

 店員に案内されて

 奥側の二人席に腰掛けると

 ようやくあることを思い出した。



 そうだ、成瀬と会ったのは

 同人即売会だった、と。



 しかし装いは白いワンピースに

 カーディガンと、

 清楚好きなDTには堪らない。


 落胆と興奮で複雑な心情になっていると、

 彼女は真剣な声音で口火を切った。



「自分の話を、

 聴いてほしいんです」



 だから誰にも

 会わなさそうなここを選んだと。

 何も聞かずいいよと即答すると、



「じゃあ、お願いします。

 これは自分がこうなった

 所以でもあるんですが……」



 彼女は注文してすぐに届いた

 デザインカプチーノに

 砂糖を投入する。

 ミルクの泡で緻密に描かれた

 イラストは砂糖の重みと

 かき混ぜられた衝撃で

 ぐちゃぐちゃになってしまっていた。

 俺はその様を眺めながら、

 注文したドライブドリンクに

 口を付けたが、

 それは妙に刺々しい味のする

 スパイシーなジンジャーエールだった。 


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