一難去って、一大イベント

 瀧川征伐から数日経って、

 事は面白い方向へと転じていた。 



「おい聞いたかー、瀧川の奴、

 男好きなことを隠すために

 女好きを演じてたって話」


「聞いた聞いた。

 しかも、本当はドMで男に

 ひどくされるのが

 好きなド変態なんでしょ?」


「そうそう、それで吉良に

 相手してもらったらしくて

 ……今は吉良の空き、

 狙ってるらしいぜ?」


「うっそ、やだーきもちわるーい。

 きゃはははっ」



 人というのは

 こういう噂話が大好物だ。

 真偽はさておき、

 面白いものに食いつく。


 それで飽きたら記憶から消し去る

 ……なんて

 身勝手なんだと思うが、

 そういうものを逆手に取ったのだ、


「――今の聞いてた?

 ひっどい話だよね、

 そんなつまらない男の沽券守るために

 女子を利用してただなんて、

 許せないよ全く。

 天罰でも下されればいいのに」



 神は白々しいにもほどがある

 台詞を平然と口にした。

 それもさも、その情報を初めて

 耳にしたかのような口振りである。

 というのも、

 彼は健志や成瀬から仕入れた

 情報をフルに悪用して、

 噂を捏造し拡散したのだ。

 事実は勃起不全になった頃、

 吉良に自慰行為の補助を

 してもらったことが

 あるというだけらしい。

 しかし情報の拡散を、

 いつどうやってまでは

 聞かされていないが、

 中々に上手い戦術だし

 残忍な方法だとも思う。



 お前が蒔いたくせに

 ――とは思いながらも

 それを口にしてしまっては台無しなので、

 俺も俺で白々しく「そうだね」と

 同調しておくことにした。



 ちなみに当事者である立花さんは

「ホ、ホンマになぁー?」と

 天宮さんに同調を求めているが、

 その表情は作り物臭くて

 不自然さが感じられる。

 挙動不審になるくらいなら

 話題なんて振らなければいいのに。


 昼休憩の今は他クラスの生徒が行き交い、

 コミュニケーションの

 幅も広がる絶好のトークタイムだ。

 天宮さんの一件があって以来、

 俺たちは俺を含む女子三人男子二人で

 昼食を共にする機会が増えていた。


 とは言えど、天宮さんは三人が

 この件に絡んでいるとは露知らず、

 顎に手を当てて純粋に

 返答を考えているらしかった。



「うーん……

 あんまりこういう噂話で

 人のことを悪く言うのは

 良くないかもしれないけど、

 噂が本当なら、瀧川って人は

 すごく可哀想な人だね」



 と、彼女は臆面もなく

 きっぱりと言ってのけた。


「え、可哀想? どこが?」



 立花さんは

 食い入るように反論した。

 瀧川に最低なことを

 された身としては

 聞き捨てならなかったのだろう。


 すると天宮さんは目を丸くして、



「だって隠してまで

 守りたかったことが

 こうやって表沙汰になってるでしょ?

 まぁ、女遊びしてたみたいだから

 自業自得と言えばそうなんだけど」



 立花さんは

 その言葉にぐさりと来たようだ。



「全くそうだよな!

 瀧川って奴は学年中の奴らから

 こんなにも罵られて蔑まれて

 ……羨ましいぃぃ////」


「うわ、健志やばいわ~」



 嘲りの目で神は言った。

 途端に健志は

 あふんだとか言って、身をよじらせる。



「健志気持ち悪いよ」


「ありがとうございますぅぅ

 ……ぐへへっへ」



 彼は俺からの侮蔑で

 さらに興奮度を上げた。

 他人の話から自分に注意を惹き付けて、

 罵らせるなんて高度な技である。


 そんなやりとりを

 眺めていた彼女たちは

 腹を抱えて笑い出した。



「っふふ、田中くんがいると

 調子狂っちゃうね。

 嫌な話もどうでもよくなっちゃう」


「ホンマやなぁー、

 なかしがおるとなんか笑ってしまうわ」



 天宮さんが笑ったからなのか何なのか、

 立花さんは清々しいくらい

 吹っ切れた顔を見せていた。


 そんな感じで

 瀧川の話題は過ぎ去っていった。



 ところでその後瀧川が初瀬えれなと

 どうなったのかというと、

 言うまでもなく振られた。

 というのも、

 瀧川の心を滅多打ちにしてくれた

 願ってもない協力者が送信した

 あのLINKのお陰だった。


 瀧川が仮性包茎であると

 聞かされた初瀬えれなは

 実物を見、動画のことを

 言及した後、



『あなたのように惚れた相手に

 操も立てられないような

 不潔な方とはお付き合いできかねます、

 ただちに別れてください』 



 と彼の局部を冷ややかに

 見据えて言い放ったそうだ。


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