下半身野郎VS陰険神さま(2)

 ミニマム化していた紙は

 小型カメラで二人の

 やりとりを撮影していた。

 そして電話騒動のうちに

 俺の姿に戻ったらしい。



「はいは~い、

 楪くんのお出ましだよ~。

 じゃあ録音・録画してた

 この映像を無線で飛ばして、

 ユズのスマホに送信っと。

 これで準備万端かな」



 一分と経たずして

 俺のスマホに動画が届く。

 そしてあとはそれをある女子の

 LINKへと転送するだけだ。



「で、でもお前らが

 えれなの連絡先を知るわけ……」



 震えながらも

 虚勢を張ろうとした彼だったが、

 意外な人物によってあっけなく

 打ち砕かれてしまうことになる。



「ざ~んねん。

 それは未来が知ってるんだよね~。

 ――お、サンキュ柚子。

 んじゃ、今から送るな~

 ……よし、送信!」



 胸元が大きく開かされたシャツ、

 緩く結ばれたえんじのリボン。

 おまけにスカートは

 腰巻きと喩えるほど短く、

 パンツがチラ見してしまいそうだ。

 ピンクブラウンの

 ぐりんぐりんに巻いた髪を

 自慢げに指で弄びながら、

 彼女は華美に装飾された

 綺麗な顔でにひひと悪戯に微笑む。

 それを見た瀧川は

 泡を食うかのような顔をした。 


 俺は成瀬に協力を依頼したことはない。

 だからこれは、

 廊下で電話をかけている

〝ふり〟をしていた彼女を見かけて

 思い付いたアドリブだ。



「お、おい……まさかホントに

 送ってたりしないよな?

 脅しだよな??

 ――なあ穂乃花、お前はそんな

 えげつないことさせないよな?」



 縋るように

 立花さんの元に駆け寄った瀧川。

 払いのけてやろうとしたが、

 その手は彼女によって

 制止されてしまった。

 ここはうちにさせて、ということらしい。



 俺は返事の代わりにさっと身を引く。

 すると彼女は

 陽だまりのごとき笑みを浮かべ、

 子どもを宥めるような穏やかで

 優しいトーンでこう語り出す。



「今までありがとう、

 ホンマに好きやったで」



 彼がした非道の数々に対して、

 それはあまりに優しすぎた。


 文句を言ってやろうと

 身を乗り出したら、

 それは神と成瀬の二人に

 止められてしまう。

 その手はまだ終わりではないと

 語っている。



「……女の影に気付いても龍二がうちから

 離れていかんように……って

 必死に引き留めようとしてた、

 龍二が大好きやったから。

 それこそ、友達との時間潰してまでな」


「立花さん……」



 どうしても天宮さんに

 事情を説明できなかった理由は分かった。

 だけど納得はいかない。



「それとな、

 龍二のこと大好きやったから

 ずっと黙ってたけど……

 うち、龍二に喜んでほしくて

 ずっと演技してたねん。

 でも、もう偽らなくてええんよね」



 晴れ渡る空のような笑顔が

 濁った瀧川に眩しく照り付ける。

 ――太陽ほど公明正大に人々を

 苦しめるものはないように。


 やっと報復めいた台詞を捻出した

 立花さんに拍手を贈りたかった。

 しかし彼女のささやかな

 抵抗を讃えていた俺はすっかり

 成瀬の存在を忘れかけていた。

 そのせいで瀧川に

 接近戦を仕掛けていることに

 気付きもしなかったのだ。



「あ、ちなみにえれなに送ったの

 動画だけじゃないから。

 これ見てみ」



 瀧川の眼前に押し出された

 スマホ画面にはこう表示されていた。



『えれちゃん、えれちゃん』


『瀧川の友達から

 聞かされたんだけど』


『瀧川って

 仮性包茎で悩んでるらしいよ』


『多分、えれちゃんに気を遣って

 なかなか相談

 できなかったんじゃないかな?』


『だからさ、えれちゃんの方から

 相談に乗ってあげなよ』



 それを見た瀧川は文字通り撃沈し、

 床に崩れ落ちていった。

 青ざめたというよりは

 生気を失ったようだ。

 そのとき、

 ヒクッと息を吸い上げる音と

「穂乃花、ごめん」という声が

 聞こえたような気がした。



「まあ、これで終わりだと思ったら

 大間違いなんですけれどねぇ~」



 床に伏す瀧川を尻目に、

 神は言葉には似合わず

 目に冷たい炎を宿していた。



 それから後日、

 感謝を告げる立花さんに

 成瀬は

「別にあんたのためじゃないから」

 というなんともツンデレ的で

 イケメンな台詞を残し、

 事件は幕を下ろしたのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る