下半身野郎VS陰険神さま


 瀧川の自業自得っぷりに

 ざまあと声を上げて

 大笑いしてやりたかったが、

 生憎図書室に

 所在するわけでそうもいかない。

 ひとまず怪しげに吹きだし笑いを

 漏らさないように、

 せせら笑うだけにしておいた。



『あ、ちなみに

 この会話は数分前のものでして、

 現在はこちらになります――』



 ぷつっと何かが

 切断されたかのような音の後に、

 ゆっくりと鮮明になってくる音声。

 真っ先に飛び込んできたのは

 瀧川の罵声だった。



『っふざけんな!!』



 ど迫力さと臨場感のあまり、

 俺は思わず肩を震わした。


 その荒々しい声音や声量から察するに、

 瀧川は立花さんに振られるということを

 全く想定していないようだった。

 お前が俺を好きなのは

 当然だという傲慢さえ感じられる。



『ふざけてへん、うちは本気やで』


 高慢極まる瀧川に対し、

 彼女は落ち着き払っているようだった。

 と言うよりはむしろ、

 腹を括った故の冷静さと呼ぶべきだろう。



『本気ってそんなのおかしい

 ……ほら、だ、だってお前、

 つい最近だって何度も

 キスをねだってきたじゃん。

 嫌だとかなんだとか言いながら

 最終的にはいつもお前から、

 もっとってさ』



 下卑た笑いが目に浮かぶ。

 身体の関係を欲した狼は

 それを餌に猫を抱き込もうとするのか。



『…………それは、

 龍二がうちのことを

 ホンマに好きって思ってくれてるって

 思ってたからやよ。

 好きな人、それも相手も自分のことを

 好いてくれてる人とのキスなら

 何度だってしたいと思うのは当然やん。

 でも、龍二は違う』



 淡々と述べられる

 言葉の中にかつて見た

 恍惚に満ちた彼女はいない。

 あるがままを告げるような、

 渇き切った声が涙を誘う。

 ただ、最後の一言だけに

 込められた思いが胸を焦がさせて。



『龍二は――

 うちを好きやからキスするんじゃない。


 キスが、〝その行為自体〟が

 好きやからするんや。

 抱擁だって、キスだって、

 その先だって……うちは龍二が

 欲しがってくれるなら

 嬉しいって思ってた、』



 涙を一滴垂らすような

 間が置かれる。

 その間に瀧川が言い訳しようとした。

 けれど彼女は余談を許さず話を続けた。



『だけど、龍二は、

 龍二はうちのことなんて

 ちっとも見てくれてなかった。

 キスするときだって、

 うちにじゃなくて〝行為〟に興奮してる』


『穂乃花お前……!!』



 瀧川は明らかに動揺していた。

 もう隠し通す余裕すらないらしい。

 隠し通せないなら

 初めから騙らなきゃいいのに。



『うちだってそこまで鈍くないよ、

 でも信じたくなかった。

 こんなの信じたら

 自分が壊れると思ったから

 ……だって身も心も捧げた相手が、

 〝初めからうちのことを

 好きじゃなかった〟なんてさ。

 最低だよね、はは』



 彼女の渇いた笑いが木霊する。


 俺と神は相談して、

 初瀬さんが瀧川の本命であることは

 伏せておくことにした。

 しかしそれでも

 分かってしまうのだろう、

 女の勘というやつは

 時に知りたくないことさえ

 察するものだから。



『…………あんなに肌も重ねて、

 優しくしてやったのに、それかよ。

 お前が好きだっていうから

 付き合ったのに、

 想像通りじゃなかったら

 幻滅してはいさよなら……

 なんて許すとでも思ってんのか?』



 低くおぞましい声が

 俺の本能の警鐘を鳴らした。

 これはまずい、と。



『お前は何も考えず、

 俺のことだけ好きでいればいいんだよ……

 ほら、お前だって

 まだ俺のこと好きなだろ?……』


『あ、糞川が立花さんに……!』



 今の今までお行儀良く

 口を噤んでいた神だったが、

 我慢ならないと声を上げた。



『いやっ! 龍二離して!!

 もうあんたとなんか

 キスだってしたくないわ!!!』



 涙を滲ませた悲痛な叫びが

 俺を怒り立たせた。


「立花さんっ!!」



 しかし、そこは放課後の

 閑静な図書室だ。司書もいる。

 入り口の扉には私語・大声厳禁の

 張り紙がしてあった。

 のそりと現れた影から逃げる術はない。



「そこのあなた、

 ちょっとお待ちなさい!!」



 司書に目を付けられた俺は

 とんだ足止めに遭ってしまった。

 今にも立花さんが瀧川の毒牙に

 かからんとしているのに、

 それを知りながら

 防げないだなんて情けない……。



『ん? 何やら廊下から

 話し声が聞こえてきますねぇ

 ……そちらにお繋ぎ致しましょう――』



 気怠そうに、

 しかし調子を利かせたハイトーン、

 お淑やかからはかけ離れた

 ギャル口調でぺらぺらと

 早口で喋りまくる女子……。



『――そんでさぁ、

 五組の瀧川って奴知ってる?

 そうそう、一年の時

 吉良とよくつるんでた奴なんだけどぉ、

 そいつどーもEDに

 なりかけたらしくてぇ。

 しかも、そのせいで溜まった

 欲求不満を吉良に相手してもらって

 解消したらしいんよねぇ~』



『おっ! 

 瀧川の動きが止まりましたね~。

 だんだん青ざめていきますし

 ……まあ全てがデマ

 というわけではなさそうです』



 なんて白々しい奴だ。

 神だってこの情報は俺から聞かされて

 知っているはずなのに。 



『んでさぁ、

 ウケるのがここからなんだけど

 ……EDじゃなくなった今でも

 吉良に相手してくれるように

 頼んでるらしいんだよ。

 まあ、される方の良さって

 やつに目覚めた系じゃね?』



 ぎゃははっと嗤う声は

 やかましく、よく響いた。



『しかもさぁ、そいつ最近SM系のAV

 借りてたらしいんよね~やばくね?

 吉良のせいでドMに

 開発されちゃったんじゃね??』



 くどくどとお説教されていた俺だったが、

 ようやく解放されることができ、

 教室へ駆けつけたときには

 もう瀧川は立花さんのどこも

 掴んでいなかった。



「立花さん! 大丈夫だった?」



 駆け寄ってみると、

 彼女は手首を指の痕が

 残るくらい強く握り締めていた。



「うん、平気。

 ちょっと手首掴まれて

 無理やりさせられそうになったけど……

 廊下の電話のお陰でなんとか」



 平気とは言うものの、

 俺は彼女が心配だったので

 一応自分の背に隠し、

 攻撃のターンとばかりに

 瀧川の前に立ちはだかった。



「今の話全部録音させてもらった。

 これをばらまかれたくなかったら

 大人しく立花さんと別れなさい」



 凜々しく言い放ったはずなのに、 

 なぜか瀧川はにやにやし始め

「そんなことできるわけないだろ」

「できるもんならやってみろ、

 そうすりゃそいつも道連れだ」

 と嘲った。



「あっそ。なら初瀬えれなに

 送らせてもらおうかな

 ――楪~でてきていいよー」



 しかし瀧川は初瀬えれなという名前に

 酷く怯えた様子を見せた。

 チェックメイトはもうすぐだ。


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