事実は小説よりも酷なり


 ――日曜日の早朝五時。

 俺は健志からのモーニングコールで

 最悪な寝起きを迎えた。


 ピッ。



「しずかぁああああ!!!


 この前のリア充(男の方)の

 情報を仕入れたぞ。

 聞きたいか?

 そうか、じゃあ聞かせてやろ――」


「死ぬほどうざいから

 今すぐ赤いボタン押してもいいかな」


「や、やめっそれだけは

 マジ勘弁……ちゃんと話すから、

 聞いて……聞いて、ください」


「で、どういう

 情報仕入れたって?」


「あ、あざーっす!

 えっとな……天宮たちと出掛けたとき、

 リア充の男女見かけたのは覚えてるよな?

 あれの男の方な、

 瀧川龍二って言うんだけどよー

 それがあいつどうも

 二股してるらしかったんだよ。

 ゴミクズの中の糞だよな、

 男の風上にも置けねえ――」



 その後も延々と瀧川龍二の情報と

 妬み嫉みが入り乱れた

 愚痴話を聞かされること一時間、

 ようやく本題に入った。



「――でさ、あいつ

 二股してるって言っただろ?

 それ、訂正するな。

 初瀬えれなの方が本命で、

 同じクラスの立花が

 浮気相手らしいんだが、

 そう言い切るには

 ややこしい関係でな……」


「なんだよ、

 勿体振らずに早く言ってくれよ」


「……あぁ。

 その本命と浮気って言い方したけどな、

 付き合い始めたのは

 立花の方が先なんだよ」



 彼の言葉の余韻が生まれた。

 脳内で反芻する。



『付き合い始めたのは立花の方が先』



「……は?

 なにそれ、どういう意味??

 先なのに浮気相手とか

 訳わかんないって!!」


「うわっっ!!

 ちょっとは音量考えろよ柚子。

 まあ、それに関しては僕だって

 納得してるわけじゃないんだが……

 立花と付き合いだしたのは

 惰性だったらしい。

 好きとかそんなんじゃなかったけど、

 好きな人にはどうせ

 振り向いてもらえないだろうからって

 彼女の告白を承諾したそうだ。

 それから一ヶ月くらいは

 普通に付き合ってたし、

 情も生まれだしたらしいんだが

 ……ここからが厄介でな」



 物々しい雰囲気に呑まれて、

 俺は思わずごくりと唾を呑んだ。


「付き合い始めてちょうど

 一ヶ月半経った頃、

 初瀬えれなから告白を受けたそうだ。

 まあ、あの初瀬えれなだし、

 冗談とかそういうことを

 疑う余地はない。

 となると、これは誠心誠意の告白。

 前から初瀬えれなに

 恋心を寄せていた瀧川は

 二つ返事で快諾してしまったらしい」


「……まあ嬉しさと驚きで

 彼女のことが

 頭から抜け落ちてたんだろうよ」


 彼は呆れたようにそう付け足した。



「そんなのって、

 あんまりじゃん……!」



 恐らく、立花さんが天宮さんと

 関わりを絶つようになったのは

 瀧川が元凶だろう。


 あれほどまでに

 天宮さんを大事にする彼女が

 それを後回しにしてでも

 守ろうとしていた関係だったのに。



「そうだけどな、

 好きってのは理性とか

 常識じゃ抑えられねーこと

 なんだと思うぜ?」


「そうだけどさ……でも…………」


「まあ僕だって

 それを良しとしてるわけ

 じゃねーから落ち着けって。話続けんぞ。


 ――まあここまでなら、

 恋心を拗らせた憐れな男

 と言えなくもないんだが、

 問題はここからだ。


 その後瀧川は立花に別れを

 告げに行こうと思ったんだが、

 本当のこと言って逆上されるのが

 怖くなったらしくて、

 何も言わないまま過ごしたらしい。

 で、初瀬えれなと 付き合い出してから

 半月くらい経った頃、

 瀧川は悩みを抱えるようになってた」


「はあ、そりゃあバレそうになるもんね。

 いやもういっそバレて、

 往復ビンタ&股間

 連続蹴りでも食らえばいいのに」


「……ま、まあ

 そういうわけでもなくてだな。

 付き合って半月も経つのに、

 初瀬えれなはキスはおろか、

 手すら繋がせてくれなかったそうだ。


 さすが純真無垢のお姫様というか、

 そういうことは

 時間をかけてゆっくりと、

 を重んじてたらしい。


 しかし好きな人をようやく

 彼女にできた男子高校生の欲望は

 それじゃあ収まらない。

 じゃあどうしたか

 ――もう分かるよな?」



 さも当たり前のことを

 指すように健志は言った。

 その言葉が示すのは一つしかない。



「……立花さんに、

 欲望をぶつけるようになった」


「正解。これで、

 僕が立花を浮気相手だって

 称したのも分かるだろ?」



 分かるけど分かりたくない。

 そんな汚物に塗れた恋愛なんて

 知りたくもなかった。



「でもそれじゃあ

 立花さんがあんまりすぎるよ。

 それに瀧川って奴も

 許されていいはずないのに……!」



 俺は何もできない己の無力さに腹が立ち、

 唇をぎゅっと噛み締め、

 右手を握りこんだ。

 その手はギリギリと

 爪が食い込んで、震えを伴った。



「……だったら、

 お前がどうにかしたら

 いいだけの話じゃないのか?」



 彼は不敵に笑う。

 スマホから発せられる笑い声は

 やけに自信に満ちていて、

 頼もしくなるぐらいだった。



「俺にどうしろっていうのさ。

 瀧川に接触する機会

 なんてないし、作れないし……」


「僕を誰だと思ってる。

 健志様だぞ!

 糞男の弱みの一つや二つ、

 入手してあるに決まってるだろ!!」


 フハハハハ、どうだ、

 すごいだろと威勢のいい声が

 スマホから流れ込んできたが、

 感激しそうなくらい

 すごいと思わされた。



「じゃあその弱みとやら教えてよ」


「立ち直りが早いな、まあ頑張れよ。

 実はだな――」



 俺は瀧川の弱点を聞いて

 すぐに通話を切った。

 あまりにもその弱点というのが

 ピンポイントすぎたし、

 奥の手すぎたからだ。



「そういや、

 あの子も同じ学校だったよな」


 それ以前に

 クラスメートだったけれど。


 俺は健志との通話を終了させた流れで

 未来こと成瀬未来との

 チャット画面を開き、

 メッセージを送信した。



『瀧川って

 男子のこと知ってる?』



 ベッドで枕に顎を置きながら 

 返信を待っていると、

 ほどなくしてスマホが鳴った。 



『知ってますよ』


『何か知ってることない?

 なんでもいいから知りたいんだ』



 唐突な問いと切羽詰まった雰囲気を

 醸してしまったせいか、



『え、まさか、

 好きとかそういうことですか?

 教えてもいいですが、

 彼はやめておいた方がいいですよ』



 俺が瀧川に好意を抱いているという

 誤解を受けてしまった。

 百歩譲って

 俺が女子の心になったとしても、

 あんな糞野郎なんか

 好きになるわけがない。

 しかも、誤解を解こうとしたら

 さらに追撃でファンシーな兎が

 狼狽えるスタンプが送信されてきた。



『違うよ、

 そんなんじゃないって(笑)

 私の友達が瀧川っていう男に騙されて、

 酷い目に遭わされたから

 懲らしめてやりたくて』



 送ってから気付いたのだが、

 報復することを明言しておいて

 手助けしてくれる人なんか

 いるのだろうか。

 しまったと思いきや、

 瞬時に返ってきたLINKに

 俺は胸を撫で下ろした。



『そういうことならご協力します。

 自分も彼には報いらねばならない

 貸しがありますので』



 貸しというのは過去に何かされた

 ということなのだろう。

 彼女にまで手を出しているとすれば、

 瀧川はその手の汚遊びに関して

 相当な手練れだと言える。



『ありがとう!

 で、その情報を

 教えてほしいんだけどいいかな?』


『ええ、いいですよ。

 ただ――』 



 俺は彼女から仕入れた情報と

 健志から仕入れた情報を元に

 神の部屋を訪ねた。


 彼は待ってましたと

 言わんばかりに

 ドアに向かって正座していた。

 前回は態度が悪かったと

 言われたからと、

 律儀に俺がやってくるのを

 待っていたらしい。

 相変わらず、サイバー監視は

 続けられているということだ。



「まあ監視してたから

 説明するまでもないと思うんだけど、

 瀧川をどうやって

 懲らしめたらいいと思う?」



 元俺の部屋にて

 作戦会議となったものの、

 神はにやにやと

 調子の良い笑みばかり浮かべて

 あまり真剣に取り合ってくれない。



「いやいや~懲らしめるだなんて、

 彼にも何か事情があるのでしょう?

 執行猶予くらい

 与えてあげましょうよ」


 唇に人差し指を当てて、

 ふふと微笑を浮かべた神は

 男なのに妙な妖しさがあった。

 というのも、

 彼から滲み出る腹に

 一物オーラを感じ取ったからだろう。



「執行猶予って……

 じゃあ情状酌量の余地がない

 と見なした場合は?」


「それはもちろん、刑の執行ですよ」



 当たり前でしょうと一笑して、

 彼は作戦進行を耳元で囁いた。



「え、マジで?

 そんなんでいいの??」



 神にしてはあまりに温すぎる

 処罰に俺は耳と神を疑った。

 しかし彼は悠長に

 ヘアピンで横髪を留めながら、



「ええ。

 本当に罰を受けなければ

 ならない者には

 必ず然るべき罰というものが下ります。

 それも、意図しない形でね。

 ――因果応報という言葉を

 ご存知ですか?」



 もちろんそれは知っているけれど、

 仮にも神様のあんたが

 そんなことを言ってどうすんだ。

 今の身分ではそんなこと

 おくびにも出せない

 自分がとても歯痒かった。



 この報復計画を立花さんを話し、

 なおかつ承諾を得なければ行うな、

 と神は言う。


 許してもらえるわけないと

 思ったけれど、

 月曜日に話し掛けてきたのは

 彼女の方からだった。

 しかも、俺の話にも

 耳を傾けてくれて

 二つ返事で承諾してくれた。


 俺にはそれが酷く悲しかった。

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