友達のそういう現場は、なんとも言えない


 男女グループ交際の

 一件から数週間。

 ようやく俺も天宮さんの

 グループに馴染みつつある。 


 新学期明けこそ

 夏真っ盛りでかんかん照りの

 日々が続いたが、

 九月の下旬ともくれば

 初秋に入っていて過ごしやすい気候が……

 ということは全くない。

 暦の上では十二分に秋を迎えた

 今日この頃でも残暑厳しく、

 なんなら真夏の日差しが

 置き去りにされているほどだ。

 それでも日頃はクーラーの利いた、

 むしろ寒すぎて

 セーターやジャケットを

 着込みたくなるくらいで、

 登下校時との寒暖差に悩まされている。

 学校の空調管理室に

 温度設定というものはないのだろうか。


 節約を唱えるなら

 まずは適切な温度設定を

 行ってほしいものだ。


 ――などと、俺がこんなことで

 憤りを感じているのも

 今日はそれが裏目に出る

 憎き体育祭だからだった。



「あっづーい……

 もう、体育祭いやー!!」



 そう叫んだ彼女は

 日差しを遮るパラソルの下でさえ、

 ぐったりしていた。

 心なしか顔色も優れない。



「まあまあ立花さん、そう苛々しないで。

 ほら、これでも飲んで。

 スポドリだよ、カロリーオフだから

 気にしなくていいから」


「助かるわ……」



 天宮さんの膝を借りていた

 立花さんはのろのろと上体を起こし、

 スポーツドリンクを受け取る。

 キャップを開けると、

 ごくごくと喉を鳴らし、

 ミニサイズのそれを飲み干した。



「っふぅー。

 それにしてもなんだって

 毎年毎年、この時期は

 莫迦みたいに日照りが続くねん」 



 全くだ。


 ちなみに汗を拭きながら、

 こまめに日焼け止めを塗り直す

 彼女はどうやら肌が敏感らしい。

 日焼けをすると

 皮が剝ける体質だそうから、

 聞いているだけで大変そうだ。



「うーん、そうだねー

 ……でも、もう少しで

 昼休憩になるみたいだからがんばろ?」


「うん、そうやね!

 うちがんばるわ」



 天宮さんの宥めるような

 甘い台詞とよしよしで

 すっかり元気を取り戻した

 立花さんだったが、

 もう午前のプログラムに

 彼女の参加する種目はなかったし、

 なんなら午後も全員参加の

 棒倒しくらいしか参加しない。


 彼女を疲弊させているのは

 やっぱり夏に取り残された

 この暑さくらいだった。


 念願の昼休憩を迎えた俺たちは

 馴染みの自分たちの

 教室前廊下で昼食を摂っていた。



「んー奏の

 柚子シャーベットおいし~」



 立花さんが口元を綻ばせて、

 猫撫で声を上げる。

 それはキンキンに

 冷やしてあるのではなく、

 ひやりと心地好い冷感が

 保たれているため、

 眉間が痛むこともない。

 しかし、事前にカップだけ

 凍らされていたのか

 中のシャーベットは固すぎず、

 かといって液状化もしていない

 ソルベのような状態だった。



「本当にな!

 マジでうめえよ、

 このシャーベット!!」



「あはは、ありがとう。

 でもね、シャーベットじゃなくて

 ソルベなの……まあいっか」



 天宮さんはことごとく

 名前を間違えてくれる

 二人を生温かい目で見ながら、

 諦めたようにふふと一笑した。


 そこにはもちろん神もいたし、

 ちゃっかりご相伴にあずかっていた。



「いやー天宮さんは

 いいお嫁さんになりそうだね」


「い、いやそんな……だよ」



 彼はキザな台詞さえそつなくこなし、

 未だに男嫌いが完全克服しきれていない

 天宮さんを翻弄する。

 というか、ただからかって

 遊んでいるようにしか見えない。



「楪ー天宮さんを困らせないで」


「いっけなーい、

 ヘアピンが取れかかってるや。

 ちょっとトイレで直してくるよ!」



 わざとらしく声を上げ、取り繕う姿

 全てが意図したものに見える。



「あ、こら!」



 彼はとっ捕まえようとした

 俺の手をするりとすり抜け、

 脱兎してしまったのだった。


 その後、

 午後のプログラムが始まっても

 俺たちは棒倒しまで

 のんびり過ごしていたし、

 別段変わったこともなかった。



 そうして退屈で長い体育祭は幕を閉じ、

 片付けに当たっている

 生徒は運動場に残り、

 それ以外の生徒は

 更衣教室へ移動していく。

 発育の段階から言って

 肌を晒すわけにはいかない

 女子生徒と男子生徒の更衣場は

 校舎で区切られており、

 男子は女子がいる校舎には

 立ち入れないことになっている。

 つまり、今の時間は

 実質的に男女の交流が

 禁じられているということだ。


 これは四六時中を共にしたい

 リア充にとっては

 大きなダメージだろう。


 大半の女子生徒は

 着替え終わっており、

 歓談を楽しんでいる現在。

 しかし片付けに

 勤しんでいる生徒が

 まだ戻ってきていないために

 暇を持て余している状況だ。


 時計は四時五十分、

 すなわち

 十六時五十分を差している。

 普段のHRが終わる時間は

 大体十五時半、その差分

 一時間二十分程度である。



「あー早く帰りたい……」



 男子も同じようなことを

 考えていることだろう。


 神からLINKが届いたのは

 そんなときだった。



「おっ、なんだ

 ……うっへぇぇぇ」



 忌々しい黒光り虫の

 骸を見つけてしまったときの

 ような心持ちだ。



「どうしたの?」


「あ、いや、楪から頼まれ事しちゃってさ。

 今から外出てくるね」



 天宮さんは

 やや不審そうな顔をして、

 眉根を寄せた。

 訝しげで、俺の行動を

 疑っているようでさえある。



「……一緒に行こうか?」


「あぁ、いや、一人で行くよ。

 大したことじゃないから――」



 言い逃げるように

 捨て台詞を残して

 俺は教室を抜け出した。



 神からのLINKには、



『ユズ~、ヘアピン

 落としちゃいました~♥

 だ・か・ら~

 一緒に探してくれませんか?』 



 とあった。



 注釈:探さないと天罰だぞ★



 すなわち、

 俺に拒否権なんてなかったのだ。 


 中庭で待ち合わせをして落ち合うと、



「多分この辺りに落とした

 と思うんですよぉ~」



 そう言って神は

 現在女子高居場所となっている

 東校舎の窓際二メートルほどを指差した。


 この時期中庭には

 雑草が生い茂っていて、

 虫なんかも飛び交っている。

 草むらの中から

 ヘアピンを探し出すなんて、

 草むらから針を見つけ出すようなものだ。


 こいつは本当に

 鬼か悪魔じゃないかと

 いつもながら思う。

 ただ、そう思ってはいても

 逆らえないのが悲しいかな。



「で、探すヘアピンってのは

 どんなやつなんだ?

 色とか形は?」


「えっとぉ~水色ラメがかってる

 シンプルなヘアピンですぅ」



 神はそう言うと、

 両の人差し指を

 自分の頬に突き刺した。

 いわゆるかわいこ 

 ぶりっこというやつだ。


 しかしそれが自分の面ともなると、

 殺意が湧いてきても

 仕方ないように思う。



「本当に針みたいだな。

 はぁーったく

 そんなの付けてくるなよ…………お」



 一メートルくらい先に

 太陽に照らされて

 キラキラ光っている何かがある。

 しかも水色っぽい。

 さっさと拾って帰るか。


 そう思いそれに近付いてみると、

 押し殺したような

 声が聞こえてきた。



「んっ」とか

「だめ……」とか

 そういうはしたないやつ。


 恐る恐る顔を上げてみると、

 非常階段の陰で

 絡み合っている男女の姿があった。

 男子生徒の方が

 女子生徒を壁に押し付けて

 キスしているようだ。

 息つく暇もないほど

 舌を絡め合ったり、

 男子生徒が女子生徒の

 胸を撫で回したりしていた。


「――もぅりゅーじ、

 こんなとこじゃダメだってば……」



「別にいいじゃん、

 誰も見てないんだしさー

 ……そうは言うけどよ、

 最近あんまり会えてなくて

 さみしかったからって

 呼び出してきたのは穂乃花の方だろ?」


「そ、そうだけど……」


「それに今だってダメだって言いながら

 首に手回してきたりしてるし

 ……誘ってるのはどっちだよ」



 聞き覚えのある名前と、

 三次元では初めてお目にかかる現場に

 意識を奪われていた。

 アニメやゲームだって

 息遣いが生々しいと思っていたが、

 リアルはそれ以上だった。

 啄む、

 なんてもんじゃない。

 貪ると言わんばかりに

 舌が出し入れされているのだ。

 足が動かない。


 脳は逃げろと訴えているのに、

 ずっと動けないままでいるうちに

 女子生徒の方と目が合ってしまった。


 彼女は男子生徒から離れ、

 こっちに近寄ってくる。

 そのうちに男子生徒の方は

 足早に逃げ去っていった。



 一重で丸顔という

 のほほんとした顔立ちに、

 ゆるく結われた二つ結びの栗毛。


 俺はその容姿に見覚えがあった。



「みんなには……

 奏にはぜっったいに、黙っててな?」



 立花穂乃花。


 男嫌いの天宮さんを

 宝物のように大事にする彼女がどうして。


 黒き笑みで俺に威圧をかける

 彼女の口の端には

 焦りが生じて見えた。


 元より弱みを握って

 脅すつもりは毛頭ない。



「うん……黙ってる。

 それは約束するよ

 ――ところで、

 いつから付き合ってるの?」



 唐突で不躾な質問に

 立花さんは眉を顰める。



「……六月からだけど、

 それがどうしたん?」



 胡乱そうな瞳は何も知らない。

 あの残酷で甘すぎた宵闇を。


 俺は言うか

 言わざるべきか悩んだ。

 しかしあの日に見たことが

 幻でないならば、

 今の彼女が置かれている状況は危うい。

 だからこそ言わなければ

 ならない気がした。



「……私、五人で遊んだあの日、

 健志と見たんだ。

 りゅーじって呼ばれる

 ここの制服着た男子が、

 初瀬えれなっていう隣のクラスの女子と

 ホテルの近くで抱き合ってたのを」



 その瞬間に、もう後悔していた。


 一つは

 頬に鋭い痛みが走ったからだ。


 もう一つは、

 怒りと悲しみを嚙み殺したような

 今にも壊れそうな目をした

 彼女がいたから……。



 立花さんは

 頬へ痛みだけを残して、

 俺を置いていけぼりにした。 



     

 その日から立花さんとの間に

 亀裂が生じたのなんて

 言うまでもないことだった。


 

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