【CASE3:立花穂乃花の嘆願】

浮き足立つリア充は粗探ししたくなるよね


 色々あった男女混合のお出かけも

 無事幕引きを迎え、

 現地解散ということになった。


 電車で来ていた

 天宮さんと立花さんは最寄り駅へ、

 俺と健志は方向が一緒であるため

 帰りを共にしていた。

 そしてなぜか神だけは

 用事があるというので

 一人どことも知れない場所へと

 消えていったという次第だ。


 カラオケを出る頃には

 まだぼんやりと明るかった空も

 藍色の波に呑まれている。

 旧暦では秋として扱われていた

 この季節も今では

 まだまだ夏真っ盛り。

 夜の帳が降りても

 過ごしづらくじめじめとした

 暑さは続いていた。



「ふぅーあ、

 今日はマジで大変だったし、

 疲れたなあ……」



 健志は手首のリストバンドを

 額に当てると、

 それで垂れかけた汗を拭った。


 そういや今日は

 屋外でばかり遊んでいたし、

 基本的に空調完備の施設ばかりで

 過ごしていたように思う。

 それに気も張っていたために、

 汗のことなんて

 忘れていたのだろう。


 今日の健志は黒Tシャツに

 白地に紺のラインが入ったパーカーに

 ズボンというラフだけど、

 ださくも見えない格好をしていた。

 床屋で切っているらしい

 真面目な青年風の髪も、

 ワックスか何かで遊ばせている。


 なんだかんだで彼は

 女子と出掛けられることに

 浮かれていたのだろう。



「なーに言ってんだよ健志。

 天宮さんに殴ってもらえたり、

 女子に構ってもらえたりで

 内心浮かれてたくせに」


「ま、まあな?

 でも、肉体が疲れてるのはホントだぞ?

 それなりに気も遣ったしなー」



 んんーと空へ向けて伸びをした

 健志の身体からは

 バキゴキと鳴ってはならない

 破滅音のようなものがした。

 ……んと、彼はすっごく

 働いてくれたんだろうな。



「そ、そうだなあ。

 でもまあ、天宮さんが前向きに

 なってくれて良かったよ。

 それだけでも今日の計画に

 意味があるから……」



 俺はふと、彼女が発した

『甘えても、いいですか?』を

 思い出していた。


 脳裏をよぎる度、

 頬の締まりが悪くなる。



「お前さー……ん?」



 健志は何か言いかけたが、

 あるものに目が眩んだように

 言葉を止めた。

 ついでに足も止まる。



「何?」  



 俺も彼に釣られて足を止めた。

 眼光鋭く見つめている先は

 どこかと彼の視線に

 合わせてみると、 

 不意に唇が微かに動きを見せる。


「……なあ、あそこの

 ホテル側の路地に

 抱き合ってるリア充が見えねー?」



 健志にそう言われて

 目を凝らしてみると、

 十数メートル先にそれらしき陰が見えた。


 肩を寄せ合って、

 互いを見つめ合う二人。

 その並んだ二つの陰は

 片方よりも頭一つ分背が低い。


 その距離感から言って、

 まずカップルで

 間違いないだろう。

 でなければ

 不純異性交遊として

 今すぐ罰したいくらいだ。



「いやまあ、誰かいるけど

 ……よく見えたな」


「僕のリア充追尾式

 センサーを侮るなよ」



 健志は胸をとんと

 叩くとふふん、

 ドヤァという顔を向けてきた。

 しかしだ。



「でもそう言われたら

 気になるなー」



 夏休み明けの初週末。


 女子たちと一人の

 女子を救うために

 男女グループ交際をして、

 晴れやかな気持ちになれたのを

 台無しにされてしまったのだ。

 ささやかな幸せを

 ぶちこわしにしてくれた

 奴らの顔を拝みたいというのは

 至極当然な心理だろう。


 しかし健志は

 ゲスな勘ぐりをしたらしく、

 にやにやと

 いやらしい笑みを浮かべている。



「柚子ってば、げすぅいぃぃ

 ――あ、やめ、ちょ、

 殴るのはやめ……ぁあん////!」



 誤解のないように言っておくが、

 俺はバカ健志の背中を

 どすっと殴ってやっただけで

 卑猥なことは一切していない。

 ちょっと健志が神と被って

 見えて腹が立っただけだ。



「……そういうお前こそ、

 先導して顔見に行こうとしてるだろ。

 人のこと言えないわ」



 その後健志が

「そりゃあ、ぼ・く・だ・か・ら」

 とかなんとか言ってきたので

 黙って鳩尾を殴っておいた。

 俺は決して

 ヴァイオレンスキャラではない。


 なんだかんだ言い合いながらも

 二人のことが気になった

 俺たちは結託して、

 すれ違いざまに

 顔を覗いてみることにした。



 一目見てなんだか

 見覚えのある顔だと思った。

 誰だろうか、

 朧げな記憶を辿ろうと

 集中しようとしたが、 



「りゅーじくん……

 私のこと、好き?」 


「ああ好きだよ、

 早く一つになってえれなのこと

 めちゃくちゃにしたい」



 その後も

「や、やだ、恥ずかしい」とか

 そんな声が聞こえたけれど、

 もうどうでもよかった。

 きっと甘くて濃い

 接吻だって交わすのだろう。


「…………」



 薄闇の中で

 ほんわりと漂うバニラの匂い。

 教室や街中でも

 鼻を摘むような臭いとは異なり、

 花の蜜のように惹きつけられた。

 それに誘われて振り向けば、

 待っていたのは

 二つの影が重なる瞬間だった。



 灰色に煮えくり返った心臓が、

 胸を焦がしそうなくらいの

 熱を生み出している。

 妬みのせいで二人の正体は

 分からず仕舞いだった。



 ――はずだったが、

 完全に通り過ぎて

 二人の声も聞こえなくなったところで、



「あれってさ、

 隣のクラスの初瀬えれなじゃん!

 あんな子と付き合えるとか

 妬ましいよなー

 全くぅーしかもあれ、

 そのままホテルへ……」



 健志は二人の正体に

 気付いたようだ。

 めざといのか何なのか……。



 しかし彼の言う通り、

 二人は夜闇に紛れて

 どこかへと消え去っていた。

 近くには

 お城の造形さえしていないが、

 夜間はライトアップがされていて

 雰囲気のあるホテルとやらが建立する。

 恐らくは

 そちらへ足を向けたのだろう。



「あーそういや、

 初瀬えれなって隣のクラスの

 マドンナだっていう……」


 と言うと、

 健志は尋常でないほどの

 食い付きを見せた。



「そうそう!

 うちのクラスじゃ天宮が

 深窓の令嬢とか言われてるけど、

 あれは周囲の

 誤解によるものだったしなあ。

 あいつ、全然令嬢っぽくなかったし、

 いっぱいいじめ……ふふ////」



 彼は殴られたときのことを

 思い出したのか、

 今にも涎を溢れさせそうに

 締まりのない顔をして、

 あへあへ言っていた。 



「っや、まあそういうのは

 さておきとしておいて……

 初瀬えれなは本物のお嬢様だ。


 家柄もそこそこいいらしいけど、 

 本人きっての願いだってことで

 入学してきたらしい。


 ただ、その性格が

 強烈すぎてな……ついた通り名が

〝純心無垢のお姫様〟すげーだろ?」



 ほう、そいつはすごい。

 聞くからに

 こういう田舎道にある

 ホテルなんかは似つかわしくない。

 そんな天然記念物級のお姫様が

 道端で猫撫で声を出しながら、

 いちゃつくというのも

 少々おかしな気もする。


 そもそも、

 彼女はホテルの意味を

 知っているのだろうか?

 ……なんだか雲行きが

 怪しくなってきた。



「はは、そいつはやばいな、

 色んな意味でさ。

 ……なあ健志、俺さ彼女が

『りゅーじくん』って呼んでたの

 聞こえたんだけど――」



「合点だ、

 調べろって言うんだろ?

 お前に言われなくても

 人物と素性を洗い出して、

 弱点の一つや二つは

 掴んでやるつもりだったぜ!」



 健志は悪役顔負けの

 顔付きをしていた。

 しかし発せられる

 声音は意気揚々としていて、

 なぜだろうか悪事を働く

 お代官様を倒す側に思えてしまう。

 実際は妬み嫉みから

 粗探しをしようというだけなのに。 


 しかしそれでも、


「話が早くて助かるよ。

 まあなんとなくさ、

 不穏な感じがするんだ。

 今までなら見過ごせてたんだろうけど、

 神が現れてからは

 偶然に思えないというか……」



 ただの気にしすぎかもしれないが、

 そう思わざるを得ないのだ。


 しかし健志は心配性な俺を

 莫迦にするでもなく、

「それには同意だ」と

 同調を示した。



「あいつが急に一人で帰るって

 言い出したのも不自然だしな。

 まあ、なんにしても

 俺はお前の親友だ。

 何かあったらその都度頼ってくれ」



 彼は俺に向かって

 拳を突き出してきた。

 こういうドラマみたいなことが

 好きなのだ、彼は。



「おうよ、サンキュな健志」



 それでも健志がいてくれたことに

 感謝するのには変わりない。


 この日は天宮さんに

 周りへ頼ることを教え、

 彼との絆を再確認して終わるという

 実に平穏な一日だった。

 そう……

 あのリア充現場さえなければ。





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