美少女の懇願を蔑ろにできる奴は♂じゃねえ(2)


 カラオケの精算を済ませた

 俺たちは腹ごなしにと

 最寄りのファミレスへと向かった。 


 ファミレスに入店するなり

 店員から禁煙のソファ席に

 案内されると

 俺は真っ先に口火を切って、


「ごめん、

 実は配置を決めてるから

 言う通りに座ってほしい」


 彼らはすかさず俺の方を見たが、

 別に嫌ということもなく

 黙って頷いてくれた。


「それじゃあ、

 向かって右奥が健志、

 間に天宮さん、手前に私。

 左奥が楪、

 手前が立花さんでお願い」



 立花さんは

 些か不満そうであったが、

 それでも文句は何一つ

 口に出さず無言で

 言われた通りの席に着いていた。

 それは他の三人も同様だった。


「ありがとう。

 それじゃあ先に

 注文済ませちゃおうか、

 話の途中で急かされるのも嫌だし」


「そうだな、さっさと決めようぜ。

 俺、たらこパスタ」


 という健志の発言で、

 五人全員がたらこパスタを注文した。

 セルフサービスで

 人数分の水を汲み終え、

 五人とも着席した。


 ようやく落ち着いて

 話をすることができそうだ。 



「さてと、

 大事なお話をしようか。

 ――天宮さん、

 今日一日過ごしてみてどうだった?

 やっぱりまだ男子は怖い?」


 俺の質問のせいで

 天宮さんへ一斉に視線が集中した。

 その答え一つで

 今日の価値が左右されるといっても

 過言ではないのだから。


「……男子自体よりも、

 咄嗟に殴りつけちゃったりして、

 相手を傷付けることの方が怖いよ」



 彼女は隣に座る健志を一瞥して、

 不安そうに俯いた。


 だけど、今日の彼女は

 本当に楽しそうだった。


 学校では一度だって

 見せたことのないような、

 たがの外れた笑い方も、

 悪戯な言葉だって活き活きしていた。



 だから、そんなことくらいで

 人と関わるきっかけを

 諦めてほしくない。


「――大丈夫だよ」


 俺は不敵に笑って、

 それも自信満々にそう言ってのけた。


 しかし何の確証もなしに

 安心を与えようとする

 俺を立花さんは見逃さなかった。



「大丈夫って何が……っ!!」


「健志なら、

 殴っちゃっても大丈夫だよ。

 何回か見たでしょ、

 健志はさドMだし

 そういうのはむしろご褒美なんだよ。

 だから大丈夫」


「で、でも……

 閑くんにも

 殴りかかっちゃうかもだし……」


 天宮さんは視線を落としたまま、

 手揉みしていた。

 これには

 俺が答えるまでもなかった。


「平気だよ、

 俺なら女子の攻撃くらい

 余裕で躱せるし」


 ふふんとドヤ顔が

 うっとうしいばかりの神だったが、

 今回ばかりは心強い。 


「で、でもそれじゃ

 根本的な解決にはならな……」


「別にいいんだよ、

 今すぐ全部を解決しようと

 なんてしなくても。

 それにね、私たちは

 天宮さんの事情を知ってるし、

 手助けするから……

 他の男子がダメでも、

 この二人で慣れていけばいいんだから」


 綺麗事だと言われても構わない。

 俺たちはまだ学生の身分。

 まだまだ悩み、

 藻掻き足掻いて成長したらいい。

 

 天宮さんは躊躇っていた。

 この返答が

 誰かを傷つけることに

 なりはしないかと臆すように。

 しかし彼女は

 健志や神の方を交互に見て、

 きゅっと顔を引き締めた。



「甘えても、いいですか?」



 まだまだその顔に

 不安は残っている。

 少しずつ歩んでいくための

 足がかりを得るために、

 それでも彼女は助けを乞うたのだ。


 仔犬のごとき

 眼差しで見つめる彼女に、

 男性陣はふっと笑いかける。

 自信過剰で

 ナルシストがかった

 不敵な笑みというやつで。



「ふっ、困ってる

 女子がいたら助ける、当然だろ?」 


「まあ可愛い女の子に

 お願いされちゃあね。

 断るわけにはいかないでしょ」


 ナルシスト臭や

 恩着せがましさが甚だしい

 二人の返答だったが、

 却ってそのウザさが

 彼女にはちょうど

 よかったのかもしれない。



「……あたしなんか

 可愛くないけど、

 これからもよろしくね」



 雨が降りしきった後の

 空のような顔つきは、

 俺たちを笑顔にした。


 その後、

 届いたパスタを食べながら

 俺は今日のことを振り返っていた。 


 彼女の男嫌いが克服できなくても、

 一歩踏み出す勇気を与えられただけで

 今日という日に

 価値はあるんじゃないだろうか。


 いつになるかは不明瞭だが、

 彼女が男嫌いを克服する日は

 そう遠くはない。



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