美少女の懇願を蔑ろにできる奴は♂じゃねえ


 予定通り、昼の腹ごしらえに

 大手ハンバーガーショップ

「ミクドナルド」へと足を運んだ。


 ここは安価な上に

 ラインナップ豊富で、

 居座りやすいので

 常時金欠の学生には大人気である。


 ワンコインで多種のジャンクフード

 食べられるのは

 なかなかに魅力的だし、

 季節ごとに入れ替わる

 期間限定メニューもあり、

 常連客を飽きさせない。

 しかもその期間限定メニューも

 コーヒーチェーン店の

 それに比べると

 ワンコインはお得なのである。

 コーヒーチェーン店が

 大人の憩いの場なら、

 ここは学生の憩いの場だろう。

 しかし飲食系のチェーン店の

 休日昼間は戦場だ。

 一人ならいざ知れず、

 二人以上となると座席確保は難しくなる。


 というわけで注文は男性二人に任せ、

 俺たちの女子三人は

 座席確保へと向かっていた。



「奏とうちと閑さんと閑くんと

 ……って、

 ぁあっ紛らわしい!!」


 確保する座席数を数えるため

 名前を挙げていったのだが、

 俺と神のところで

 分かりにくさのために

 モヤモヤしたようだ。


「ごめんごめん……

 でも別に気なんて遣わなくていいし、

 さん付けもいらないよ。

 それにややこしいなら

〝柚子〟って名前で

 呼んでくれても構わないし」


 しかしそれでは

 何か気に入らないらしく、


「いや、遠慮しとくわ。

 奏経由で

 関わってるようなものだし、

 第一名前呼びまでするほどの

 仲でもないやろ」

 

 即座にばっさりと

 切り捨ててくれた。

 なかなかに手厳しいものだ。

 というか、

 いよいよ彼女の俺への

 塩対応が目に余るのだが……。



「ほのちゃん!!

 そんな言い方したらめっ、でしょ!」



 天宮さんは立花さんの顔の前に

 ぴしっと人差し指を突き立てて、

 おいたをした

 子どもを叱りつけるように

 言い聞かせていた。

 なんとまあ、

 ほのぼのしい光景だろう。


「うー……分かったって、奏ぁ。

 ――じゃあ閑さんのことは

〝しず〟って呼ぶことにするわ」


 彼女に叱られた立花さんは渋々、

 本当に渋々といった様子で

 許容することにしたようだ。 



「分かった!

 それじゃあ、席だけど……

 あそこにしよっか」



 俺が指で示したのは

 壁に隣接する横並び一列の

 カウンター席だった。



「えーあそこ?

 まあ他に五人固まって

 座れそうな席はないし、いいか……」



 ほどなくして、

 トレイにハンバーガー諸々を乗せた

 神と健志がやってきた。

 座席は左から順に立花さん、

 天宮さん、俺、神、健志の

 男女別配置だ。

 天宮さんは二人が来る前に

 俺と立花さんで両隣を埋め、

 男子がパーソナルスペースに

 立ち入らないようにと細心していた。


 このままで彼女の男性嫌いは

 治るのだろうか……?


 腹ごしらえを終えた俺たちが

 次に向かったのはカラオケだ。

 土日の利用客は多く、

 待たされることも多いため、

 予約を取っておいたのだ。

 そのお陰で移動に

 徒歩で二十分近く要したものの、 

 比較的入室はスムーズに行えた。

 部屋に入るなり神がノリノリで、


「よーし今日は歌うぞー無礼講だー!!」


 とか言ってくれたお陰か

 若干場の空気が

 軽くなったのだった。


 カラオケはいい。

 無理に会話を続けようとする

 必要もないけれど、

 誰かの歌っている曲を知っていれば

 自ずと身体が

 リズムに乗ってしまうし、

 なんだかいつもより話しやすい。


 席は右側が男子列、

 左側が女子列と

 これまた男女を別にした。

 男子側は奥が健志、

 手前が神、

 ついで女子側の奥が天宮さん、

 真ん中が俺、

 手前に立花さんとなっている。


 少しでも親しみを

 抱いてくれればいいのだが。


 そう思っていたらちょうど

 健志の歌う番が回ってきた。

 ちなみに歌う順番は

 神から順に時計回りとしている。


 カラオケにくれば、

 誰かを基準に

 時計回りにすることかと思う。


 とうとう曲の前奏が流れ出し、

 健志は普段の数倍はあろう

 ハイテンションで

 リズムに身体を委ねている。

 想像するだけで

 吹き出すか引くかの二択だが、

 こう見えても

 健志は頗る歌が上手い。

 ちなみに選曲は……

 愛を謳うバラードだった。


「あーいしてるー、

 あーいしてるぅぅぅ…………」


 真顔よりも熱の籠もった

 真剣な顔付きといったら、

 普段おちゃらけてばかりいる

 彼からは想像もしないくらいだ。

 美声とまではいかないが、

 旋律や音程を守りつつも

 聴き手が最も心地好い

 と思えるだろうという

 歌声を響かせる。


 俺は彼のこの歌い方が

 好きだし、聴いていると

 俺まで真似して

 歌いたくなるから不思議だ。


 不意に、腕の辺りに

 何かの感触を覚えて

 そちらに顔を向けると、

 天宮さんが

 話を聴いてほしそうに

 こちらを見つめていた。



「どうしたの、何かあった?」



 健志が歌っている最中なので

 声のボリュームは抑えめだ。

 それだけに

 二人の距離はより密接になる。

 しかし彼女は気にしないままで、

 むしろ話す内容を

 聴かれたくないのか

 俺の耳に唇を寄せた。


「ねえ柚子ちゃん、

 田中くんって変だけど

 ……面白くて、いい人なんだね」



 耳から顔を離すと、

 彼女は照れ臭そうに

 えへへとはにかんだ。


 それから立花さん、俺、

 と歌の順番が交代していき、

 彼女が歌い終わると

 健志へとマイクを手渡していた。

 そして昨日

 握手しようとしてでさえ、

 アッパーカットで

 拒んでしまったものを

 今は彼女から近寄れている。



「は、はい田中くん!

 これマイク、どうぞ……」


「お、おぉう!

 助かるぜ、これがなければ

 ぼぉくは…………」


 まだぎこちないけれど、

 確かな成長だ。

 そうだ、

 このまま事が順調に進めばいい。


 一巡して

 再び健志の出番となると、

 女子がいるせいか

 彼はいっそう張り切り出した。

 今度はしっとりした

 バラードから一転して、

 ネタ系の早口ソングだ。


 しかもスマホを片手に挑んでいる。

 どうやらこれは

 替え歌でふざけ倒すらしい。


 前奏が始まった瞬間、

 俺は腹を抱えて

 笑いを嚙み殺した。

 その時点で彼は替え歌を歌い出し、

 一人二役の

 寸劇を行っていたのだから――。



「っひっひっひっひっひ、

 ひぃ~ちょっと健志、

 それやめっ……ぶっ」


 必死に笑いを堪えている俺が

 馬鹿らしくなってくるくらい、

 神は笑い上戸になっていた。

 というよりも、

 あいつのせいで

 せっかく堪えた笑いが

 込み上げてきそうなくらいだ。


 左隣へと目を向けると

 彼女もまた

 声を上げて笑っていた。

 それはいつも見せるような

 控えめな笑顔じゃなく、

 可笑しくて可笑しくて

 ――腹の底から

 笑っているような爆笑だった。



 カラオケでの健志は

 終始ピエロ役に徹し、

 場を賑わせていた。

 彼の功名かはたまた、

 カラオケという特別な密室が

 生み出したイリュージョンなのか、

 たった半日ばかりで

 天宮さんは男子に慣れつつあった。


 けれど楽しい時間こそ体感的に

 過ぎ去っていくのは大変に速い。

 何度か時刻を確認しながら、

 あと少し、あともう少し、

 と先延ばしにしていっていたら

 気付けば日も暮れた十八時だ。


 とは言えど、

 事前にコースを伝えておいたので

 夕食を外で済ませることも親には

 伝えてあるから問題はないだろう。


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