渾沌(カオス)なランチ(2)

「そこで訊きたいのだけど

 ――男嫌いになったのって

 本当にいじめが原因?」    


 神は口の端だけを持ち上げて

 嫌みったらしくニヤリと笑った。


 問われた天宮さんは言うまでもなく

 顔色を曇らせたし、

 何よりこの人が怒り立ったのだった。



「何それ、ちょっとあんた、

 奏を疑うっての!?」


 柳眉を寄せる彼女の顔付きは、

 子どもが悪事を働いたときに

 説教しようという

 母親のそれに等しい。

 しかも、机を叩き付けて

 立ち上がったせいで周囲から

 奇異の目も向けられている。


「いやいやー

 そういうわけではないけれど、

 もし、心当たりがあるなら

 教えてほしいなーと。

 こういうことは些細なことでも

 見逃してはならないだろうし

 ……天宮さんの男子に対する

 咄嗟の暴力ってのは、

 いじめ被害者の後遺症にしては

 些かおかしい気がして、さ」



 と、神はまた

 意味ありげな微笑を浮かべた。

 どこに向けたとも言えない

 空虚なそれは全知の神だからこそ

 醸すものではないかと思う。



「あんたねー

 ……だったら何だって言うん?」



 しかしそんなことが

 立花さんに伝わるわけもなく、

 彼女は友人を侮辱されたものとして

 苛立っていた。

 刺々しい口調を

 天宮さんが止めるのかと思いきや、

 彼女は彼女で

 それどころではないようだった。



「んー俺はね

〝天宮さんが誰か

 特定の男子に恨みを抱いている〟

 のじゃないかって考えてるよ。

 それと食事中は座っていようよ」



 何のことはないといった風に

 神は弁当を食し始める。

 自由人だ……。


 しかしあまりに

 静まり返りすぎたせいか、


「まあ自覚的なのか

 否かは知らないけどね」

 と付け加えた。


 彼は弁当の最後の

 おかずを飲み込むと

 天宮さんの方に目を向けて、


「それじゃあもう一回

 試してみよう。

 分かってても

 無理なものなのか、

 初対面でない男子にも

 反応してしまうのか」


「試すってどうやって……」


 弱々しく呟いたのは

 他でもない天宮さんだった。

 何をさせられるか

 分からない恐怖と 

 また同じ事を繰り返す

 かもしれない恐怖の狭間で

 苦しめられているに違いない。

 しかし神は

 大したことはないといい、



「立花さんと健志が

 席替えをすればいい」


 神以外の度肝を抜いた。


「あ、あんたちゃんと

 話聞いてたん?

 奏は男子が大の苦手で

 恐怖対象なんやで??」


 今にも掴みかかりそうな

 立花さんを前に

 神は平然としていた。


「聴いてたし、分かってるよ。

 だからこそじゃん。

 余計に試さなくちゃいけない。

 このまま進んでもいつかは

 ぶつからなくちゃいけない壁だ、

 そのときになって

『トラウマなんで』

 なんて通用しないよ。

 ちゃんと検証して分からないと、

 いつになったって

 それとは向き合えないからさ……」


 このときの神の言葉には

 やけに熱が籠もっていて、

 周囲四人の集中を全て奪ったほどだ。


「わ、分かったわ……

 うちは口出しせえへん。

 奏、嫌なら奏がそう言いや」


 友達思いの立花さんも

 そこまで言われて引き下がらないほど

 強情でもなかった。

 彼女も彼女なりに心配して、

 できることなら

 解決を手助けしたかったのだろう。


 さらに天宮さんの

 判断を待つまでもなく

 健志が立ち上がり、

 ずかずかと進むと

 立花さんの前に立ちはだかり、

 席替えを要求した。


「退いてくれ」


 その一言に込められた

 意図を汲んだのか、

 はたまた健志が

 キモかったのかして

 彼女は速やかに立ち上がり、

 健志と席を交代する。



「あ、あのあたし……」



 健志は天宮さんに

 声を掛けられて戸惑っていた。

 しかし決意したように

 顎を引くとキメ顔で手を差し出し、



「心配するなって、

 ぼぉくがたちまち

 君の凍てついたはぁとを

 融かしてみせるからS・A★」


「いやぁあああ!!」



 豪快にアッパーカットを

 お見舞いされていた。

 彼の顔面が天井を仰ぐ瞬間、

 アヘ顔をしていたであろうことは

 確認するまでもない。

 しかし、二秒と待たずして

 冷静になった天宮さんは

 すっかり顔を青ざめさせて

「ごめんなさいごめんなさい」

 と謝罪を繰り返していた。



「ふっ……いいってことよ

 …………くっふぉ!?」



 調子に乗った健志は

 立花さんに

 足を踏みつけられたらしい。

 気持ちよさのあまり

 身体を痙攣させていた。

 見れば見るほどキモイ。



「ふむふむ、

 パーソナルスペースに

 手が入るのもダメ……と。

 これはまた

 厄介な問題を抱えたものだねー」



 そう冷静に、

 しかし愉悦を交えて分析していたのは

 他でもない神だった。

 とは言えど、

 ただの冷血ではないらしく、

 彼はさらにこう続ける。



「こういうのは

 検証に検証を重ねて、

 意識的にも無意識下にも

 男子は危険じゃないって

 教え込ませないと、

 反射性の暴力は解決しないだろうね」


「そんな他人事みたいに……

 あんたって奴は……!!」


「まあまあまあ、落ち着いて。

 そうカッカしないでほしいな、

 まだ話は途中なんだからさ」


 神は終始苛々している

 立花さんをなんとか宥めさすと、

 今度は俺の方を向いて

 アイコンタクトを送ってきた。



『あとは任せたよ』



 む、無責任にもほどがある。

 あのクソ野郎……

 しかしこれだけ

 お膳立てされていれば、

 要領の悪い俺でも

 俺なりに答えは出せそうだった。


「楪が上手く

 まとめてくれたから言うね

 ――今ここにいる五人で

 週末遊びに行きませんか?」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る