渾沌(カオス)なランチ


 俺たちは天宮さんの座席一帯で

 昼食を共にすることとなった。


 五人の配置はこうだ。

 天宮さんが右手奥側、

 その正面には健志でその隣に神、

 天宮さんの隣が立花さんで、

 俺はなんと右側に出っ張った 

 お誕生日席だった。

 なんてこった。


 理由は

「ユズが一番進行っぽいから

 司会席に座らせようよ」

 という神が言い出したからだ。



 しかし、そんなことは

 大したことではなかったし、

 大して誰も気にしていない。

 今みんなの意識は

 完全に天宮さんの

 男嫌いについてへ向いていた。


 めいめい持ち寄った弁当には

 あまり手を付けず、

 偏に天宮さんへと

 視線が注がれている。

 辺りは騒々しいはずなのに、

 そこだけが

 林の中のような静けさがあった。

 というよりも

 そんな空気を感じさせられる。


 だから彼女の唇がうっすらと

 開いたときは

 思わず唾を呑んだほどだ。



「――それじゃあ、

 そろそろ話させてもらうね」



 前置きのような言葉を置くと

 彼女はふーと

 淡い溜息を吐き出した。

 それから顔を上げると

 やや顎を引いた、

 非常に良い姿勢で

 再度口を開いたのだった。


「あたし、幼いときに

 男子からいじめられてたの。

 それが原因で

 男子自体が嫌悪と恐怖の

 対象になっちゃって、

 未だに男子が大嫌い。

 近付きたくもないし、

 触られたりなんかしたら

 失神しちゃうかもしれない。

 とにかくね、それぐらいダメなの」



 そう語った天宮さんは

 苦笑いを浮かべ、

 必死に痛みを

 堪えているように見えた。


 斜めからの視点ではあるが、

 その視線が正面にいる

 健志を捉えていないのは

 定かだった。

 喋るごとに彼女の視線は

 机に向かっていく。



「それでね、いじめの

 トラウマなのかもしれないけど、

 急にだったり、

 至近距離で男子に

 話し掛けられるとダメで……

 無意識のうちに手か足が出ちゃうの」


「それはいつから?」


「うーん……確か、

 高校に上がったくらいかな」


「原因とかに心当たりは?」


「ある、よ。

 さっき言った

 いじめが原因だと思う。

 でもきっかけは別だし……

 それは言いたくないの。

 ごめん、

 みんなに聴いてほしいって

 言ったのに勝手でごめんね」


 と彼女は申し訳なさそうに

 眉を寄せたので俺は

 慌てて止めに入るのだった。


「いやいや、

 気にしなくていいよ!

 それよりもいいかな?」


「ん、なーに?」


 天宮さんは首を傾げて

 円らな目で俺を見つめる。


「ちょっと試してみたいことが

 あるんだけど……

 ねえ健志くん、健志くん!!」


「うぁああ、

 おいっんんぐぅ……な、なんだ?」


 母親特製の

 玉子ピクルスサンドに

 夢中になっていたらしく、

 彼は急な呼び掛けに

 喉を詰まらせていた。

 しかしそういうものには

 強いらしく、

 胸の辺りをどんどん叩くと

 即座にこちらへの

 対応を見せたのだった。

 ちょっと治し方が

 ゴリラのように見えるが。


「あと、立花さんも」


「ん、うひ?」


 口の中いっぱいに

 おかずを詰め込んでいた

 彼女はその容姿から

 ハムスターさながらだった。


「うん、そう。一旦食べるの

 止めてもらっていいかな」


 二人とも首は傾げていたが、

 言う通りにしてくれた。


「で、何するって言うんだ?」


「んー健志くんは

 ちょっと『待て』ね。

 立花さん、

 天宮さんの肩に頭を乗せてみて」


 彼女はこくんと頷き、

 隣に腰掛ける天宮さんの

 右肩にこてんと頭を乗せた。


「はわわわ………」


 天宮さんは

 緊張したように畏まって、

 ぴしっと姿勢を正す。

 頬も紅葉していて、

 傍から見ても

 照れているのが分かる。


「こんなんでええん?」


「うん、ありがとう。

 もう少しそのままでいてね。

 天宮さん、こういうの

 立花さんにされるのは平気なの?」


「う、うん、のんちゃんは

 大事なお友達だし……女の子だから」 


 当たり前すぎる返答だった。

 このお粗末な頭を

 どうにかしてやりたい。


「そう、だよねー…………」


 俺は言い逃れるように

 左肩へと視線を流した。

 視界の左端で

 神はざまあと性格の悪そうな

 面をして笑っていている。


「楪、ごめん

 バトンタッチしていい?」 


 途端、神はにぱぁぁっと

 輝かんばかりの笑顔を見せた。

 おめめぱっちん★の

「オッケー」は

 鬱陶しかったが、助かった。

 神、サンキュな。

 謎の密約が交わされている間、

 他の三人は黙々と

 昼食を食べ進めている。


 まあ、限られた休憩時間で

 栄養補給を行うのは

 大事なことだし、

 楽しく歓談したりしていないだけ

 マシだろう。


 神は正面に向き直すと姿勢を正し、

 よそゆきの顔付きで

 こう言い放った。


「ちょっとうちのユズが

 キャパオーバーに

 なったみたいなので、

 代わりに俺が進行役を

 務めさせてもらうよ……

 あ、今さらだけど、俺は閑楪。

 以後、お見知りおきを」


 ぺこりとお行儀良く礼をすると、

 神はまた愛想の良い

 表情を作っていた。

 あまり本来の俺と異なる言動を

 しないでほしいものだが……

 しかし今回はふざけに

 徹する気はないらしく、

 三人が反応したのを確認すると

 真面目な顔付きをし始めた。


 ……ふと思ったのだが、

 そもそも俺を進行役に推したのは

 神だったのだ。

 助かったとかサンキュとか思った

 自分を殴り飛ばしたい。


「さて、今までの状況を

 整理させてもらうと……

 天宮さんは幼い頃に

 男子からいじめを受けたせいで

 大の男嫌い。

 近付かれただけで

 嫌な気持ちになるし、

 不意打ちに遭ったら無意識的に

 攻撃してしまうほど――で、

 間違いないかな?」


 しかし神は俺に

 恨まれていることなど

 お構いなしに、

 状況整理に徹していた。

 まさか自分に回されるとは

 思ってもいなかった

 天宮さんはたじたじだ。


「う、うん合ってるよ」


 返事さえしたものの、

 それきり神とは

 視線を合わせようとしないばかりか

 隣の立花さんの腕に

 しがみつく始末だった。

 これは思いの外重症である。

 無意識でヴァイオレンス、

 意識的に避けるとなれば

 これはもうトラウマだとか言って

 安易に逃げていい

 問題ではないだろう。

 もし、健志や俺ではない

 第三者に危害を加えてしまった場合

 言い逃れの余地なんて与えられない。

 許し許される関係だからこそ、

 謝って済ませられただけの話だ。


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