喋る前から印象最悪ってどゆこと?(2)

「ほいっ」


「えっちょっ、何なん??」



 言質を取った俺は

 立花さんの腕をホールドし、

 逆の手であらかじめ

 用意しておいた文面を

 LINKに送信した。

 そして既読がついたことを

 確認した俺は有無を言わせず、

 彼女を天宮さんの

 席へと連行していった。



「天宮さん、

 約束通り連れてきたよ」



 天宮さんの席まで彼女を連れて行くと、

 俺はさっと腕を放し

 二人を向かい合わせた。



「か、奏……」


「え、え、えっ……

 ほの、ちゃん??」 



 彼女は気まずそうにしていたし、

 天宮さんは俺と彼女の顔を

 行ったり来たりして

 確認を行う始末だ。

 しかしこんなこともあろうかと、

 不器用な二人の背中を押す

 という意味を込めて

 ゲストをお呼びしておいてある。

 俺はこっそり後ろ手で

 サインを送り、一手を投じた。



「あっまみやさーん、

 ぼぉくたちと共に

 昼餉を摂ろうじゃないか!」



 健志が高らかに言い上げたのも

 束の間、

 ひゅんと風を切る音がした。

 反射的に瞬きをしてしまい、

 俺はその一瞬を見逃してしまった。

 しかしバヂッと響く、

 耳慣れない打撃音と

 振り上げられていた彼女の腕、

 そして健志の恐怖に竦む表情

 ――それらから

 推測される答えは一つだ。



「ぃやぁああああ!!!」


 俺は当惑した。


 確かに健志は天宮さんに

 左頬をぶたれたはずだ。

 それなのにどうして

 殴った彼女が

 殴られた相手に向かって

 悲鳴を上げているのだろう?

 まだ健志の顔付きは

 変態化していないというのに。



「やだぁあああっ!!!」



 しかし直後、

 俺はこの目で天宮さんが

 健志から遠のき、

 彼に怯えている様を目撃した。

 答えというのは

 どうやらそれだったらしい。



「あふ、あふぅぅん……////」



 天宮さんに

 強烈ビンタを食らわされたのに、

 ご満悦な表情を浮かべる

 健志を前に立花さんは

 侮蔑の眼を向けていた。


 多分、

 それ悦ばせるだけだけどね。


 しかし反射的に

 フルスイングしてしまった

 天宮さんも時間の経過とともに

 冷静になってきたようで、

 自分のしたことを見て

 みるみる青ざめていった。



「ご、ごめんなさいっ!!」



 腰からお辞儀をし、

 何秒間も頭を上げない

 その行動からは

 誠意がひしひしと伝わってくる。



「い、いや、平気だから、

 き、気にしないでくれ!」



 彼の言葉の裏には

 気持ち良かったから

 謝られるなんてそんな、

 という絶対相手には

 知られてはいけない意図があった。

 そしてそれとは別に 

 女子への緊張で

 右足だけ小刻みに震えている。



「で、でも、

 いきなり殴るだなんて

 あたし……ごめんなさい。

 言い訳になっちゃうけど、

 どうしても男子が苦手で。

 一定の距離を踏み越えられると、

 攻撃しちゃうの。

 本当にごめんなさい」


 申し訳なさそうに

 肩を縮こませる天宮さんは

 小動物のようで、

 守りたいという欲求が

 湧き上がってきてしまう。



「ごめんね、天宮さん。

 二人だとまだ

 気まずいかなって思って、

 二人を呼んだんだけど……

 却って嫌な思いさせてごめん」



 ぺこりと頭を下げると、

 彼女はそんなそんなと

 すぐに赦してくれた。

 そもそも怒っていたわけでも

 なかったのだろう。

 久しぶりに対面した

 二人の気まずさから一変して、

 今度は勘違いの喧嘩の後のような

 居心地悪さがある。


 面倒を抱えてしまったこの五人。


 俺が出したのは

 明白で当然と言えば

 至極当然な答えだった。



「ねぇみんな。

 色々あるけどさ、

 まずはお昼を食べてからにしない?

 ――天宮さんにだって

 何か事情があったはずだと思うし、

 少しずつ溝を埋めていこうよ」



 気さくを装った俺の言葉に

 一同は困惑の色を浮かべた。

 互いに顔を見合わせたり、

 申し訳なさそうに眉尻を下げたり、

 にやにやとほくそ笑むような

 あくどい笑みを浮かべたりしている

 人物など反応はまちまちだ。

 しかし、おろおろと狼狽えたり、

 唇を固く結んでいたりした

 天宮さんが口火を切った。



「あの……

 迷惑じゃなかったらなんだけど、

 あたしの話、

 聴いてもらってもいいですか?

 多分、こんな機会でもなくちゃ

 ずっと言えないことだと

 思うから…………」



 懇願するように言った彼女の目には

 迷いも不安も生じていた。

 胸の前で握られた手は

 力を込めるあまり、

 赤くなっている。

 次の刹那にはその場にいる

 誰もが微かに頷き、

 その後の行動が決まったのだった。


 そのとき不意に、

 純心な人が紡ぎ出す言葉は

 神の力よりも強い魔力を

 持っているような気がした。 



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