女子の秘め事(2)
『――彼は薄く開いた
彼女の唇に舌を割り入れて
強引に口内を蹂躙し始めた。』
これって……と
推測する間もなく天宮さんが
俺の手から本を強奪した。
「……ひ、引いた?」
彼女は本で顔半分を覆い隠し、
ちらとこっちを見つめてきた。
その縋るような目に俺は首を振る。
「女子がこういう……
エッチなこと考えても
おかしくないと思うよ!
女子だって、
気持ちいいことしたいもんね!!」
すると天宮さんは
ほっとしたように息を吐いた後、
言葉の危うさに気付いて
ぼっと顔中を紅くしていた。
俺も自らの発言の
グレーゾーンっぷりに顔中が熱くなった。
気恥ずかしさからか、
彼女は何事もなかったかのように
荷物を拾い集めていく。
どうにも気まずい。
そのせいで何か喋らなくては
という使命感に駆られた。
「ね、ねえ!
天宮さんは楪と仲いいの?」
荷物を片していた彼女の手が
ピタリと止む。
もうこの時点で穴があったら
頭を突っ込みたい気持ちだった。
のそりと上げた
彼女の顔は顰めっ面で、
心底疎ましそうな目をして
俺に睨みを利かせた。
「…………別に。
ただのクラスメートだけど」
彼女は吐き捨てるように言って、
また床へと視線を落とす。
昼休憩に穏やかな微笑みを
見てしまっただけに
これは精神的ダメージとなった。
冷ややかな視線は
俺への拒絶だろう……。
しかし不意に
天宮さんの頭が上がり、
「それよりも」という
切り口で会話は再開された。
「このことは秘密にしてね、
本当は誰にも
知られたくないことだから
……お願い」
天宮さんは胸の前で手を組み、
懇願するように祈りを捧げる。
きっと彼女にとって
この秘密というのは
かけがえのないものであると同時に、
身を滅ぼす
パンドラの箱でもあるのだろう。
これが、
わざわざ教室に戻ってきた
理由であるはずだ。
目を瞑りながら祈りを捧げる
彼女は手弱女のようで、
庇護欲のようなものに駆られた。
「もちろん、
誰にも言ったりしないよ」
「本当!?」
彼女は飛び上がるような勢いで
俺に飛びついてくる。
その顔もすっかり
安心しきったみたいだった。
「でもね、その代わりに――」
その言葉を口にした途端、
天宮さんは
不安そうに肩を縮こめ
「何をしたらいいの?」と
泣きそうに脆い声で尋ねてきた。
きゅっと俺の肩にしがみつく
彼女のせいで、
俺のブレザーには皺が寄っている。
俺だって弱点を利用して
女子においたをするような
ゲスではない。
そこで彼女を安心させるように
そっと背中を
撫でてやることにした。
「お願いみたいなものなんだけどね、
LINK教えてくれないかな?」
ポケットから取り出して
スマホを見せると、
彼女は「良かったぁぁ」と
ふにゃりと柔い
綻びを見せたのだった。
LINKのQRコード機能で
こんなにうきうきしたのは
人生初だったろう。
ホーム画面に表示される
「奏」の名に思わず
頬が緩みそうになったのを
堪えたけれど、
彼女は
「お友達増えた、えへへ」と
はしゃいでいたので
もうどうでもよくなった。
ちなみに本題の
東子ちゃんはと言うと、
彼女と教室前で別れた後
誰にも見られないよう
残像レベルの速さで
リュックに仕舞っておいた。
その後、もしかしたら
天宮さんまだロッカーかも
と思って追いかけてみたけれど、
足が速いらしく
もうどこにも見当たらなかった。
深窓の令嬢だとか
ミステリアスだとか呼ばれる
所以は
ここらにあるのかもしれない。
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