女子の秘め事
「ったくー神の奴、
人の机に荷物置き忘れていくなよなー
……しかもよりにもよって
『幼萌え』の東子ちゃん
デザインノートと下敷きを
忘れていくなんてさ。
あの担任に一度でも
触られたら発狂ものだぞ……」
俺がこうまで
ぶつくさ文句を言っているのは
放課後今にも帰ろうとした
ロッカー前で、
こんな発言を残していったからだった。
『あ、いっけない。
教室にノートと下敷き
忘れて来ちゃいましたぁ……
誰か取りに行って
くれませんかねぇ、ちら』
『嫌だよ』
即答すると神は別段
頬を膨らませることもなかった。
ただ意味ありげに口を窄めて、
『でもぉ、
あれ東子ちゃんデザインの
なんですよねぇ……
置き勉検査
今日じゃないといいですけどね~』
と嫌みったらしく笑うのだ。
はっとして俺は
スマホで時刻を確認した。
今は十六時二十分。
神と無駄話をしていたせいで
時間を食った結果だった。
置き勉検査をするなら生徒が
帰りきったと思われる
十六時半だろう。
こうしてはいられない。
「よし、今から取ってくる」
「ありがと~
先に帰ってますねえ」
神は余裕の笑みで
ひらひらと手を振り、俺を見送った。
自分のミスであるにも関わらず
他人をこき使い、
あまつさえ自分は
帰るだなんていいご身分だ。
待っていてくれ、東子ちゃん!!
「っはぁはぁ……
それにしても
息切れのすること…………はぁ」
教室前で両膝に手をつきながら
息を整えていると、
突然教室の戸口が開いた。
あまりに唐突の出来事だったために
俺は避け切れず、
中から飛び出してきた
生徒に激突してしまった。
「うぎゃっ」
「きゃぁっ」
潰れたカエルの声と乙女の悲鳴。
そう並べてもおかしくはない
声の並びだった。
しかし乙女と
ぶつかった割には激しく、
ごっつんこしてしまったようで、
二人ともぶつかった勢いで
後ろに転んでしまい尻餅をついていた。
しかも転んだ拍子に
相手の鞄から荷物が飛び出し、
廊下に散乱する始末だ。
ただ、まだ良かったのは
二人の荷物がごっちゃに
なったりしていない点だけである。
「いててて……
ごめんなさい、大丈夫ですか?」
自分の尻を擦りながら、
相手の顔を確かめてみると
これまた見覚えのある人物だった。
「うん、大丈夫……
ってあれ、閑さん?」
黒く艶やかな双眸が俺を捉える。
低くて丸っこい小鼻に
ピンクっぽい白肌。
ぶつかった相手と言うのは
天宮さんだった。
「どうしたの?
そんなに慌てて。
何か急ぎの用でもあったとか?」
できるだけ愛想よく
振る舞っているつもりだったけれど、
彼女はどこかうわの空で、
ただ一心不乱に
荷物を掻き集めていた。
「あ、そ、そうなの!
ちょっとお母さんに
おつかい頼まれちゃってて……
今日特売品があるから
そのタイムセールまでに
行かないと行けないの」
だから急いでて、
と天宮さんは付け加える。
しかし俺には彼女の発言が
やや不自然に思えた。
特売に行かなくちゃ
ならないっていうなら、
一番に教室を飛び出していても
おかしくはないだろう。
タイムセールが
十六時からにしても
十七時からにしても、だ。
それに彼女の様子もおかしい。
時間に追われているというよりは
何か隠しているような
ぎこちなさがある。
今日話したときは
目を合わせて話してくれたのに、
今はちっとも目を合わせようとしない。
『置き勉検査、
今日じゃないといいですね~』
きっとそれだ。
それなら
彼女の挙動不審さも肯ける。
しかしここは彼女の言い分を
立てておくとしよう。
「じゃあ荷物拾うの手伝うよ。
教室の出入り口前で
屈伸してた私が悪いんだし」
けれども彼女はしきりに
「いいよいいよ」と断る。
遠慮しているのだろうと思い、
彼女の言葉を無視して
目の前に
落ちていた本に手を伸ばした。
「ゃぁっ……」
それは本の頁が
真っ二つになるような状態で
床に伏していた。
表紙は真紅の無地、
レザー調でシックな感じだ。
洋書か何かかと
思いながら手に取ると、
その真紅が
ブックカバーであるのに気付いた。
しかも紐の栞付きだ。
これはその本に
傷を付けたくないという人が
愛用していると言われる。
金属の栞は
本に切り込みを入れやすいし、
ブックレットは
厚みがあるために抜けやすい。
そのどちらも嫌だから
俺も好きな本には
この手のカバーを使用している。
高嶺の存在だと思っていた
天宮さんとしょうもないとは言えど、
共通点があって誇らしく思えた。
天宮さんの大事な本だ、
本を傷ませてはいけないと
本を閉じようと表に向けたときだった。
「!!??」
言葉を失うというか
唖然としたというか、
そのときの俺は驚きのあまり
硬直していたように思う。
なぜなら俺の手元に
浮かんでいた文字列というのが……
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