【CASE2:天宮奏の願い】

女子としての第一歩


「起きてー朝だよ、ユーズ♪」


 ――目覚めからの

 悪夢だと思った。



 俺の声音で優しそうな

 はとこを装う神は

 にまにまと笑み、

 この状況を堪能しているようだ。



 兄の部屋で目が覚めた俺は

 ここ数週間の一連の出来事を

 思い出して、

 頭を抱えたくなった。

 というか自分の顔の

 ドアップとか悪夢でしかないんだが。



「なんだよ、神。


 気色の悪い声なんか出しやがって……

 朝から最低な気分だよ」



「ふっふふー♪

 それよりも何か、

 気付くことありませんかぁ~?」



 上機嫌と言わずして

 何と言うかというほどの

 ハイテンションさが

 寝起きの頭には毒だった。



「ちっ……うっざ」



 口先だけで零したというのに

 神はそれをきっちり聞いていて、

 何か言いましたか?

 と言わんばかりに

 黒い笑みを浮かべていた。

 翳る笑顔とでも

 呼ぶべきかもしれない。



「それよりもぉーほらぁ、

 ボクの格好、見てくださいよぉ~」



 神は身を突き出し、

 両の人差し指を

 顎に突き立てて見せる。

 うざいなんてもんじゃない。

 しかし笑顔の圧力 

 というのは末恐ろしく、

 従わないわけにはいかなかった。

 嫌々ながら身を起こして

 神の全身に目を向けてみる。


 俺そっくりの容姿に、

 身に纏うのは

 俺が通う高校のブレザー調の制服。

 特に変わったところは

 ないと思ったが、

 爪先から頭のてっぺんまで

 観察してみて

 ようやくあることに気付いた。



「あ、ヘアピン付けてるじゃん」



 俺が指差しして指摘すると、

 待ってましたと言わんばかりに

 彼はむふふと満足げに笑った。



「あ、やぁっと

 気付いてくれましたか~そうです。


 ほら、ヘアピン付けてる方が

 ださい雰囲気が

 払拭されていいでしょう?

 この水色の素朴なヘアピン、

 中性的に見せるには

 ちょうどいいんですよぉ。

 それにボクが付けてると

 カコカワだしぃ~?」



 神はそれだけ言うと

 俺に背を向け、

 何かを手にしたようだった。


 自由人過ぎる。

 喋る悪意マシーンだ。

 そんなことを思っていると

 神は無言でつんつん突いてきた。



「あー? 今度はなんだよー」



 振り返るとキラキラと

 眩いばかり笑みを浮かべて、

 ブレザー調のジャケットと

 プリーツスカートを手に持つ神がいた。



「こーれっ着てくださいねぇ

 ……今日から君は柚子として

 高校に通うんですからっ★」



 と押しつけられたのは

 言わずずもがな、

 高校の女子制服だった。


 時計の時刻は

 七時十分を指している。

 駄々をこねている

 暇はなさそうだ。



「分かったよ……

 でもお前は出てけよな」



「は? 何故でしょう??」



 本当に分からなさそうに

 首を傾げ、俺を見つめてきた。

 しかし声のトーンや口調は

 誤魔化せても目だけは

 本心を表していて、

 半笑いになっている。



「白々しいわ!

 男の形して

 女子の着替えを堂々と

 覗こうとするんじゃない!!」



 俺はそれだけ言って、

 神を部屋の外へ蹴り飛ばした。

 ちょっと勇気がいったが、

 これは正当な行為だから

 許される、はず。



「ふぅーとりあえず、

 着替えるかなー」



 着ていたパジャマを脱ぎ、

 神がよこしてきたブラウスに

 腕を通すと、

 下から順にボタンを留めていく。

 質感や襟の形は違えど、

 着方にそう変わりはないようだ。


 あとは、女子の

 秘密の花園を作るスカート。

 筒状のそれに

 片方ずつ足を通していくと、

 何とも言えない心持ちになった。 

 今度はそれを骨盤の辺りまで

 ぐいと引き上げると

 お腹周りが締め付けられ、

 ちょっとした不快感を覚える。

 さらにスカートの留め具である

 ホックを留めようとすると、

 少々お腹を

 へこませなくてはならなかった。


 なんとかしてスカートのホックを

 留め終えると、

 首から掛ける式のリボンを身に着け、

 ハイソックスを履いて、

 ようやく女子高生の完成だ。


 足に布が纏わり付いていないのが

 妙でスースーする。

 しかも……

 スカートの下は下着一枚。

 これは心許ない。


 どうしたものかと悩んでいると、

 戸の外側から声を掛けられ、

 着替え終わったのを確認すると

 神は部屋に入る。

 そして体操服ズボン状の

 黒いものを手渡してきた。



「何これ?」


「スパッツですよ。

 ケダモノから

 神聖なる太腿と下着を

 お守りする必需品です。

 ダブルパンツ

 というのもありますが、

 それでは露出が高いので

 こちらの三分丈スパッツを

 用意しておきましたよ」



 俺はきょとんとしたまま

 神からそれを受け取った。

 男子側ならさぞ

 怒っていたことだろう

 ……しかし今は我が身だ。

 初めて神へ感謝を抱いた

 かもしれない瞬間だった。



「さあ、着替えは

 そのくらいにして

 朝食を済ませましょう。


 早くしないと新学期早々

 遅刻してしまいますよぉ~」



 俺は言われるままに神の後に続き、

 一階のリビングへと降りていった。


 それから三十分となく

 身支度を済ませた俺と神は

 一緒に登校することとなった。


 俺の家から自転車で漕いで

 十分弱に学校は位置する。

 最寄り駅は快速も止まるため、

 通学は比較的しやすい方だ。

 駅からは

 徒歩十分ほどの時間を要し、

 その道中には

 大型ショッピングモールの

 AONやパチンコ屋などがある。

 しかし比較的治安は良い方で

 昼間から酔っ払いが

 出歩いていることもない。



 学校に着くと、

 周囲の生徒は

 俺を奇異の目で見てきた。

 何かしら不自然なのかと思って

 おどおどしていると、



「見覚えのない顔がいるから

 見ているだけですよ」



 と神が励ましてくれた。

 珍しいこともあるもんだ。



 その後、新学期初日から

 俺はHRの時間で転校生として

 教壇に立たされたのだった。



「閑柚子です。

 みなさん仲良くしてくださいね」


 という月並みな挨拶を済ませ、

 神の隣である中央の最後尾に

 腰掛けると

 見慣れたクラスメートの

 女子たちに周囲を囲まれた。


 メイクは控えめ、

 だけど隠すところは隠し、

 すっぴん風を装っている風に見せている。

 身だしなみも

 そこまで派手さはなく、

 開襟は第一ボタンだけ、

 イヤリングやピアス、

 ネックレスなどの

 装飾品も身に着けていない。

 髪は誤魔化せる程度の

 焦げ茶色くらいで、

 スカートも膝頭が見えるくらいだった。


 一軍、二軍でいうなら

 二軍くらいの女子たちが

「どこから来たの?」とか

「出身は?」とか「趣味は?」とか

「好きなバンドは?」とか

 あらゆる手の質問をしてきて、

 俺はその度に神から用意された

 設定を思い出して

 いちいち答えていったのだった。


 地味に地獄だよ。



 女子に手を出そうものなら、

「粉々にすんぞ」と脅されているので

 下手なことは言えないし。


 ――あれ、結局俺、

 なんで女子にされたんだっけ? 



 まあ、今は考えるだけ無駄か。

 戻れたらそれでいいし、

 何より一つだけ

 願いを叶えてもらうという

 約束をしているのだ。

 それで全てを赦そう。


 俺の願いはたった一つでいい。



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