♂化の条件


 俺は今、

 健志の暴走から神を救ってやる代わりに

 三つの約束をしろという

 脅しを持っている。

 そのためには

 情報が必要だろうと条件について

 問い糾してみることにした。


 ちなみに神は自主的に

 宙で正座している。



「な、何から

 お話ししましょうか……?」



 神は健志の方をちらちら見ては

 ビクビク怯えている。



「まずは、

 さっき言ってた条件についてからかな。

 話はそれからだよ」



 神はそれを聞いて

 深い溜息を吐いた。

 さらに肩まで落として

 大層勿体振っている。



「分かりましたよ、

 お話しするとしましょうねぇ

 ……条件というのも、

 誰かの願いを叶えんとして

 起きた結果なのでそう簡単に

 君を男に戻してはいけません。


 とすれば、

 それに代わる行為を君が行うなら

 願いの解約が赦されると考えたのです。


 しかし、願いというのは

 秘匿に尽きるもの。

 神は決して

 第三者に口外しては

 いけないのですから、

 これこれこういう願い成就を

 代行せよとは言えません。

 ですからボクが願いの詳細を

 お教えするわけには

 いかないということであり……」



「長いわっ!!」



 あまりに回りくどい口振りに

 痺れを切らしてツッコミを入れると、

 神はトラウマを発病するがごとく

「ひっぃぃいいい!!」と

 震え上がっていた。



「も、もう結末はすぐなので何卒、

 健志放牧はお許しを……!!」


「分かったから早く言えって」



 神はしゅんとすると

 深呼吸をして冷静さを

 取り戻そうとしていたが、

 一度健志と目が合うと

 すっかり怯えきってしまうのだった。



「こほん。んん……えと、

 つまりボクから提示する

 条件はこれになります。


〝女子三人の願いを叶えろ〟


 これ以上は今説明できませんが、

 その都度必要次第 

 説明することになるでしょう」



 一段落ついたらしい神は

 ほぅっと淡い息を吐いて

 胸を落ち着かせる。



「つまりなんだ、

 俺は三人の願いを叶えるまで

 男に戻れないってことか?」


「その通りです」



 神はこれ以上反感を買わぬよう

 慎ましやかな態度を

 心掛けているらしかったが、

 条件の時点で十分大問題だ。


「ところで、

 俺がその条件を達成しようにも

 どうやってしろって言うんだよ?

 俺は楪でもなければ、

 今のままじゃ何者でもないわけだろ?」



 目の前でおすわりしていた

 健志もそう言えばそうだと頷いた。


 しかし神はというと、

 ここまでくるとなぜか

 余裕の笑みを浮かべている。



「そのところはご安心を。

 君には閑柚子(しずかゆず)

 という楪のはとこという

 役柄を与えていますし、

 あなたの母上である……

 百合子さんにも話は通してあります」



「話を通すってどうやって?

 まさかその姿で

 喋ったわけじゃあるまいし……」



 俺がぼやくように言うと、

 神はご名答と言わんばかりに

 目の前で変化させて見せた。



「もちろんこちらの姿で、ですよ。

 見覚えは……

 もちろんお二人ともありますよね?」



 怪しげにそう微笑んだ彼の姿は

 今朝方失っていた

 俺の容姿の現し身だった。


 身長は平均身長くらいはあり、

 細身というほど痩身でもない。

 黒髪のショーカットというよりは

 やや長い髪型で、

 目の下くらいまで伸びた前髪は

 斜め分けにされている。


 なんというか

 アニメやゲームのイケメンキャラを

 鵜呑みにしたような容姿だ。


 こんなものを見せられたら

 嫌が応でも

 納得せざるを得なかった。



「…………それじゃあ

 俺から出す条件というか

 約束三つを挙げさせてもらうよ。


 一つ目は、

 俺の生活を守ってくれること。


 二つ目は、

 犯罪行為に荷担させないこと。


 三つ目は、

 一度だけでいいから

 柚子という女の子として

 願いを叶えてほしい」   



「分かりました、約束しましょう。


 では楪、

 君についての話なのですが、

 さきほどもお話しした通り、

 君は閑柚子という

 女の子として過ごしてください。

 新学期からは転入生として

 通えるように準備してあります」



 着々と話が進んでいっているのは

 この際良しとしよう。

 しかしだ。



「ところで三人の願いを

 俺一人の力で

 どうにかしなきゃいけないのか?」



 そもそも、恐らくは

 神が叶えるはずだった願いだ。

 それをただの人である

 俺が行えるものなのだろうか。


 俺の憂いに反して、

 神は涼しげな顔をしていた。



「いえ、誰かの手を借りても構いません。

 必要であれば

 ボクを使ってくれてもいいですよ」



 願いを叶えろというくせに

 手助けはしてくれるのか……

 こいつを信用していいものか

 という気持ちが強かった。

 しかし、彼が俺の弱みを

 握っていることに変わりはない。 

 それなら潔く腹を括るべきか……



「なら、

 神は何ができるのか教えてよ」



「変化と脳内電波……などですね。

 ああ、力においては追々説明しますので」



 神はそれだけ言うと、

 さっきまでひどく怖れていた

 健志の方に身体を向け直した。



「それと、健志くん?

 あなたはこのことを口外しないように。

 したらそのときは一生卒業できない

 呪いにかけられると思いなさい」


 罵られることも虐げられることも

 大好きな健志だが、

 この手の嫌がらせにはめっぽう弱い。

 その証拠に彼は

 絶対守ることを誓うように、

 両手を握り締めながら

 激しく頭を上下させていた。



「それとボクの方は楪として通学しますので

 そちらの心の準備もお願いしますねぇ?」



 とここまでくると

 神は確実に精神を回復させたらしかった。

 多分、健志の興奮状態が

 完全に萎えきって収まったからだろう。


 そして健志の合意を取ると

 神はさっさと彼を追い返してしまい、

 部屋には二人だけになった。



「なんか……

 怒濤のイベントタイムを

 味わった感じだわ」


 未だにこのしなやかな

 身体に慣れない。



「あ、そうそうボクからの

 プレゼントです~これをどうぞ」



 そう言うと、

 神は凶器に使っていた鏡を

 俺によこしてきた。


 そこに映し出されたのは

 健志の言っていたように

 俺のような顔をした、

 しかし明確に女と分かる顔の

 可愛らしい女子だった。



「おぉ、マジで女子だ」



 その出来映えと言ったら

 簡易で女装した男の末路とは

 えらい違いだったわけで、 

 肌のキメも整っている。

 髭というひげも

 大して見当たらないし、

 何よりも骨格が丸みを帯びていて

 どこか優しかった。



「そんなに見とれてないで、

 こっちに来てくださいよ~」



 神は俺の姿のまま、

 戸を開けて忍び足で階段を降りていく。

 俺に目配せをしてきたので

 降りてこいということだろう。

 後をついていくことにした。


 ところが神は階段を降りきる

 手前で急に立ち止まってしまう。



「なんだよ?」


「しぃっ。

 お静かに、リビングの方を見てください」



 言われるままに

 リビングの方へ目を向けると、

 母さんがリビングで

 くつろいでいるところだった。



「何?

 見ろって、母さんのこと?」



 神は静かに首肯した。

 そして耳打ちするように

 俺へ顔を近付けると

「君が女の子らしくなることを

 願ったのは彼女ですよ」と囁く。


「どういうこと!?」と

 激しく反応しそうになったが、

 それは押さえられてしまったのだった。


 そのままリビングへ

 連れられると

 俺は柚子として紹介された。



 母は俺を見て

「若い頃を思い出すわー」と

 郷愁の音を漏らすばかりで、

 突如現れた俺に対して言及しなかった。

 それどころか、

 一緒に服を買いに行きましょと

 誘われたので

 それが目的なのかもしれない。


 そういや神は

 さっきああ言ったけれど、

 現状を見る限り神は

 事実改竄でも行えそうだ。

 

 ちなみに部屋は兄が使っていた部屋を

 使うこととなり、

 残りの夏休みは

 女子としての嗜(たしな)みを

 教え込まれるのに

 時間を費やしたのだった。


 ――平穏なんてものは

 一瞬で過ぎ去っていく。







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