さしもの神も、変態には敵わない
そうして目が覚めると、
俺と健志を殴り倒したであろう
犯人が胸の辺りで
ふよふよと浮遊しては、
くすくすと嗤っていた。
「あら~?
ようやく眠り姫のお目覚めですかねぇ」
そいつは一応
人間の形をしている。
しかし、頭部には
二本のアンテナのごとき触角があり、
中性的な顔立ちに
淡藤色の髪をしていた。
おまけに服装は巫女服で、
手の平サイズの
宙に浮かぶというカオスだ。
「お前、一体だ……何者なんだ?」
俺が問い掛けると、
頭からアンテナを生やした
謎の生命体は「はぁ?」
とでも言わんばかりに
怪訝な顔をして見せた。
しかし少し考える素振りを見せると、
にぱっと子どものような
笑みを浮かべる。
「そんなことよりぃ、
大事な話をしましょうよぉ
……ほら、君の身体の
ことについてとか~。
まあでもまずは、
その前にあの変態を起こすとしましょう」
そう言うと、
そいつは健志の方へ飛んでいく。
彼の額へ着地すると、
身体の数倍はありそうな
手鏡か何かを思いきり振り下ろしていた。
「ぅおおおっ!!?」
すると健志は雄叫びを上げて、
むくっと上体を起こしたのだった。
「ふぅー全くぅ、
骨を折らせないでくださいよねぇ」
いやいやお前が
殴り倒したんだろ、
と思ったが俺たち二人を
失神させた相手に
そんなことが言えるわけもない。
しかもその手鏡は
背にさっと収納していた。
どこに収納したんだよ。
「あ、楪。服、着替えたんだな……」
健志は俺が服を
着てしまったのを見て、
些か残念なのか
名残惜しそうな声を漏らした。
「え、似合ってな――」
「お黙んなさい!!
それ以上のBLは
看過しませんよ!!!!」
と言うと浮遊生命体は
鏡をくるくる回しながら呪文を唱え、
俺に指を指したのだった。
次の瞬間俺の心臓が
ドクリと反応し、
そこからゆっくりと重みというものが
全身に循環し始める。
二秒と経たぬ間に
腰部と下腹部に鈍痛が走り、
俺はあまりの痛みに耐えきれず
床に倒れ伏すこととなった。
「ゔっっ、い、いだぁぁ……
いだいいだいいだいいだい!!」
「おい、楪? 大丈夫か! 楪!!」
健志の声は聞こえているが
反応するだけの余力がない。
なぜなら、
腹の中で暴れ回る何かが
内臓の全てを掻き乱し、踏み潰し、
すり潰していくようだからだ。
腰には鉛版が二枚でも
入れられたかのような
重々しい負荷がかかり、
腹痛と相俟って気でも
狂ってしまいそうなまでの
痛みに襲われている。
寝転がってごろごろしたり、
暴れたりしていなければ
それに負けてしまいそうで、
そのうち失神してしまうのではと思った。
「ま、これぐらいで
いいでしょう。解いてあげます」
そいつは俺に近寄ってきて、
そっと額を撫でると
のたうち回っていたのが
嘘みたいに止んでしまう。
けれど、暴れ回ったせいで
相当な体力を奪われてしまい、
やっぱり俺はそのまま床に伏していた。
「お前、俺に何したんだよ……」
「いいえ、大したことは。
ただ……あまりにも気色の悪いBLを
見せつけてくれたので
君に生理痛というものを
体験させてあげただけですよ」
そいつは事も無げに、
そして満足げに笑った。
「お前っ、一体何の権利が
あっ……んぐぅ??」
「楪、ここは
従っておいた方が賢明そうだぞ」
健志の手で口を塞がれて、
仕方なく目を向けると
そいつはまた手を
振り下ろそうとしていた。
「あーあ、なんで
言っちゃうんですかぁ。
もー怒っちゃいますよ、
ぷんぷん……なんてね。
彼のお陰で
話が進んで嬉しい限りです」
進行役が見せるような
営業スマイルによる
無言の圧力をかけられ、
俺の肺が押し潰されそうになる。
「それではぁ……
閑楪(しずかゆずり)の
身体についてなんですが、
とある神の悪戯により
彼は女体化させられて
しまいました!
――まあ言うまでもなく、
そのとある神というのは
ボクのことなんですけどねぇ……」
神と名乗るそいつは
まだ話したりないらしく、
さきほどのような
軽い調子で語りを続ける。
「というのも楪、
君は誰かに願われて
その姿になってしまったんですよぉ。
しかしボクとて神の端くれ、
同情心くらい持ち合わせています。
ですから、
もし君が条件を達成できるなら
即時男に戻してあげても
いいわけですよ
――意味、分かりますか?」
神は
「ボクは女の子の願いなら
叶える主義でしてねぇ」と
挑発的な笑みを浮かべ、
唇に人差し指を添えた。
一方的に突き付けられた
理不尽な要求。
分かるのは、
従わなければ男に戻る術は
ないということだ。
「…………」
敵わない、抗えない。
そういう畏怖を与えるには
十分すぎる脅しだった。
ただ跪(ひざまず)かずに
平静を装うくらいしかできない。
「でもよ、それはいくらなんでも
理不尽すぎやしねーか?」
と、健志がそう言った。
そう言い返したのだ、
俺の代わりに。
「おい健志お前っ――」
俺が止めるよりも先に
神の気に触れてしまい、
神の手が振り下ろされて罰が下された。
「っっっっぅゔゔ……」
健志は股間を押さえ付けて
痛みに打ち拉がれているようだ。
それから休むこともなく
悲痛な叫びを漏らしていた。
「おい健志、健志! 大丈夫か?」
健志の身体を仰向けにしてみると
俺は呻き声の正体に気付き、
笑いを堪えるのに必死になった。
「お、おい、たけ、健志……
だいじょう、ぶっ、かよ……
んふっふっふっふっふ…………」
ダメだ堪えきれない。
だって健志の奴、
神に罰を下されたというのに
愉悦の色を顔になしているんだからな。
掠れるような声で
「あふ、あふぅぅ……
ふへへへぇ////」とか涎垂らしながら
変態言葉まで漏らしているし。
「ま、まさかそんな……
ボクは確かに
尿道カテーテルの二、三倍は
激痛の走るものを与えたというのに、
耐えられる者がいるだなんて…………」
これには堪らないと
神も頭を抱えていた。
神も相手を間違えたな、
健志はドMの中でも
ほぼ最強の変態野郎なのだ。
「うへ、うへへへ……
ねえ、もっと濃いのは?
ちょうだいよ、
ねえほらほらほらほらぁああ!!」
床に伏していたはずの
健志が起き上がり、
狩りをするハイエナのごとき目で、
手の平サイズの神に標的を定める。
「ぃいいやぁああああ!!
ボクに近寄らないでください、
この下等なマゾヒスト風情が!」
そして、親友の目から見ても
異常者としか言いようがない、
血走った目で神を追いかける
健志とその変態から逃げる神
という茶番が目の前で
繰り広げられている。
別に放っておいても
俺に害はないのだけれど、
これは神の弱みを握るには
ちょうどいい機会だ。
これを逃す手はない。
「なあ神、三つの約束を条件に
健志から解放してあげても
いいけど……どうする?」
「楪、君という奴は……
神を脅しているって分かってます?」
荘厳な声音でそう言う神だが、
その一瞬の油断が命取りとなる。
その隙を突いて健志が
彼の背に触れる。
瞬時に身の危機を感じ取ったのか、
彼は弱々しい声を漏らす。
「たす、助けてください……
条件も飲みますからぁ、
この獣から早く助けて……!!」
「はいはい、分かりましたー。
おい健志、落ち着けー
こっちにお前を罵ってくれる
お姉さんがいるぞー」
「んぉっ!?
こうしちゃおれん!!」
健志はいち早く反応すると、
俺の元まで犬のように
駆け寄ってきた。
一方で神はへにゃりと力なく
項垂れているらしかった。
「はぁ……酷い目に遭いましたぁ」
安堵の息を漏らす神の前に
俺は立ちはだかってみる。
「さーて、
何を約束してもらおうかな??」
するとみるみるうちに
神の表情が曇っていった。
形勢逆転の悦に入って
俺は密かにほくそ笑んだ。
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