ウザさ20%(キモさ80%)のナルシスト
しかし予想に反して、
健志の表情は恍惚としたものに
なっていなかった。
むしろ、猜疑心でも
抱いているような目で俺を見据えている。
しばらくすると、
手を離せと言わんばかりに
手足をバタバタさせ、
抵抗してくる始末だ。
さすがに呼吸も
苦しくなるだろうしと
手を離してやると、
健志はふしだらににやぁと
目元を綻ばせたり、
キリッとしてみせたりと
表情が忙しなくなった。
髪は青年風。
細面だが骨格の良い引き締まった輪郭に、
すっと通った鼻筋、均整の取られた
あっさりした薄めの唇、
造作されたかのように整った凜々しい眉。
まさに端正な顔立ちの典型例だ。
それに加えて
タッパもある彼はしかし、
容姿端麗というわけではなかった。
それだけあっても冴えない。
その理由はというと、
彼は驚くほど円らで
小さな目をしていたからだった。
周囲のバランスがよすぎる分、
そこだけが浮き彫りになってしまう。
言うならば、
仮面さえ付けたらイケメンなのに、だ。
しかしこの残念さに
俺はほっとした。
親しみ慣れた
親友の顔だったからだ。
ただ、そうも
言っていられない状況ではある。
一旦は母さんを呼びつけられる
という窮地を逃れたと言えど、
また健志にでも騒がれたら
窮状へと逆戻りだ。
それは敵わないと、
次の言葉を考えあぐねていたら
未だに俺の下敷きになっている
健志の唇がゆっくりと動いた。
「お前……楪の妹か何かなのか?」
その瞳に
胡乱(うろん)さは感じられない。
俺はこれ幸いと
正直な答えを述べることにしてみた。
「ううん、違うよ。
俺は楪なんだ、信じてくれ健志」
そう答えた途端、
健志の目の色が変わり、
彼はしばしばと瞬きをする。
「おい、本当かよそれ……
だってどう見ても女…………」
健志は目をぱちくりさせては、
俺の姿を舐め回すように見回していく。
しかし見れば見るほど
俺は女であるらしく、
健志は頭を抱えていた。
「で、でも!
健志さっき
〝楪の妹か何かなのか?〟
って訊いたじゃん、
あれはどういう意味なのさ」
掘り返してはみたが、
健志は歯切れ悪く
「いや、だって……なぁ?」
と零した。
しかもまた今度は
俺の顔の辺りをじぃっと見つめ、
その細部をじっくり観察しているような
眼を向けてきたのだった。
その視線があまりにも熱っぽく、
そのうえ鼻先が擦れそうな程
距離が近付いたので
些か不愉快な念を抱いた。
だがそうも
言っていられない状況だ。
「た、健志、近いってば
……それと、何?」
彼は少し火照ったような
赤い頬をして真っ直ぐに俺を見上げる。
「楪に似てるのに、
か、可愛いから、さ……」
健志のおふざけモードから
繰り出される
「カワウィイ」は幾度となく聞かされた。
しかも大半がちょっと
女顔っぽいのを
コンプレックスにしている
俺を皮肉ってのことだった。
しかしこれは違う。
真剣な顔付きと熱い視線から
送られる賛美だ。
そういう感性を持ち合わせていない
俺でもちょっと
恥ずかしくなってしまった。
それは言った本人も同様らしく、
言った傍から
照れてしまった次第らしい。
二人して気まずさ故に
互いの顔が見られないだなんて、
可笑しなことだろう。
しかも見かけは
女×男なのに中身は男×男なんだから。
「そ、そんなに可愛いなら
俺も確認したいなー!
俺まだ鏡見てないしさー」
と軽い調子でこの押し倒し体勢を
改めようと思ったのだが……
「いや、僕はまだ
お前のこと楪だって
認めたわけじゃないからな。
お前が僕に楪だって
認めさせられるまで離さないぞ」
脅しにも似た言葉を掛けて、
健志は俺の両手首を
掴んできやがった。
くそ、これじゃあ
振り解けもしない……。
「どうしたら、
健志は俺のこと楪だって
認めてくれるんだよ?」
「そりゃあお前が楪だって
証明できたら、だろ」
健志は俺の両手首を
ぎゅっと掴んだまま、
力強くそう言い放った。
これはもう俺だけが知る
彼の秘密を口にするしか
方法はないようだ。
「じゃあ――かっ」
「それはよしてくれ……
ぼぉくの沽券に
傷が付くじゃないか」
ふははははと笑っていたが、
その実健志の顔は
青ざめていたし涙目だった。
気のせいか
肩も震えているし。
自分で言ったくせして
心の準備はできていないようだ。
とんだヘタレめ。
「でも……証明できないと
俺が楪だって
認めてくれないんでしょ?」
両手首を掴まれたままの俺は
可愛いらしい女の顔を使って、
きゃるるんとかわいこぶりっこで
首を傾げてみる。
すると健志は
罪悪感でも思い出したように、
掴んでいた手の力を緩めて力なく
「わ、分かった聞こうじゃないか」
と零したのだった。
ふふ、形勢逆転して
なんだか愉快な気分だ。
「じゃあ、ねぇ……
彼女いない歴=年齢で、
某歌い手の真似をして
おどけるのは焦っているときか
緊張しているときか傷付いたとき、
それから俺と同じで
『幼馴染みだって知ったら
萌えられませんか?』っていう
同人ギャルゲーを愛して止まない
オタクで、ちなみに推しは
ツンデレ巨乳ギャルの梨花ちゃんで、
どうしようもない
ド変態ドM野郎の田中健志くん?」
「はぅぅあっ!!!」
息継ぎもなしに数行の言葉を
挙げ連ねると酸欠になりかけるが、
それ以上に何かを
やり遂げた達成感がある。
一方健志はと言うと、
前半から中盤にかけて
今にも吐血しそうな形相をしていたが、
最後の愛のある罵倒により
恍惚とした表情を浮かべ、
腕を大きく伸ばしながら
床に倒れ込んでいる。
ここまで満足げで悦に入った
姿は見たことがない。
正直な感想を一言。
「うへぇ、きっもちわる」
すると健志は
身体をビクンと跳ねさせ、
「あふぅっ////」と鳴いていた。
やっぱりキモイ。
なんとか俺を楪だと
認めさせられたようだし、
さっさと健志の上から退こうとすると
鼻息の荒い健志が
俺の手首に掴みかかってきた。
「きゃ……」
荒っぽい掴みだったせいか、
グイと強引に引き寄せられたせいか、
俺は健志の上に倒れ込んでしまった。
そしてここからが
本当の恐怖というやつで、
俺の顔と健志の顔との距離が
小指一本分くらいになっている。
しかも健志は、
「も、もっと罵って……」と
逆上せ上がった顔で
俺に迫ってくる始末だ。
「ちょ、やめ、
マジキモイから近付かな……あ」
うっかりで
健志を興奮させてしまった
俺くんピンチ!!
多分、メンタルティな意味で。
――そんなとき、
微かな声のようなものが耳に入った。
「っっっっっっっきも」
けれど健志は反応していない。
やっぱり空耳だったのか
と思っていたら、
今度は窓の方で何かが蠢き、
そうかと思った次の一刹那には
目前に何かが振り下ろされていた。
シュッとスイングするような
風を切る音、そして、
「ダサ男×変態ドM野郎の
胸糞BLには
視界の暴力罪として天罰です!!」
という非常に愛らしい
少年ショタっ子ボイスが木霊する。
瞬きも許されず、
その声の主すら確認しない間に、
俺たちは棒状の何かで殴打されていた。
「ゔっ」
「ゔぁ、ぁあんっ////」
どういうことか
いっぺんに殴られた俺たちは
離れるようにして
逆方向へと倒れ込んだ。
ぼやける視界と朦朧とした頭で
やっと捉えたその姿はとても小さく、
地球外生命体の形を
していたような気がする。
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