恩着せがましいホラー映画

あ、あの映画見た? そう、『痙攣』。


あ、結局観たんだ。ひとりで? そっか、ひとりか。どうせなら誘ってくれてよかったのに。

で、どうだった?


本当に全然怖くなかった? そうでしょそうでしょ。

今世紀、いや人類史上最も怖いに違いない、最恐最悪のホラー映画!

監督は全くの無名の新人だが、おそらくどこかの大ベテランの偽名!


実際に観ると全然怖くないんだけど、「怖くなりそう」って予感だけはビンビンに伝わってきたでしょ?


うんうん、やっぱりそうだよね。


ある日、街に現れる怪異。主人公たちは違和感に気付きつつも、その正体はわからない。

やがてじわりじわりと彼らの周りで異変が起こり、ついに……。


ってところで、突然コメディ映画のワンシーンが流れる。


十秒後、何かから必死に逃げているらしい主人公。

そして再び襲われそうになった瞬間、やっぱりコメディ映画が流れる。この繰り返し。


全然怖くなかったよね?

そしてエンディングには、こんな文章が表示される。


「この映画は本当に怖いので、怖いシーンを差し替えました。あなた達を恐怖から守るためです」


恩着せがましいよね?


でも、たしかに怖いんだろうなってのは、伝わってくる。

演技、音楽、照明、脚本……映画を構成するあらゆる要素が、観客を恐怖に駆り立てているのが分かる。

正体不明の監督の手腕は、明らかに素人のそれじゃない。どこからどう見ても一流そのもの。


……監督の正体に心当たりがある? へぇ、誰だい?


え、僕?


……。


ふふふ、そう。その通り。僕が『痙攣』の監督さ。あれは僕が撮った。


そしてここに、『痙攣』のマスターテープがある。映像シーンを一切差し替えていない、あの映画の完全版さ。


観たい? 観たいよね?


じゃあ観せてあげよう。

でも、タダってわけにはいかないよね。

そんだけ観たがっているものを観せてあげるんだから……ねぇ?

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