生乾き
昔、こんな映画を見た。
紛争地帯へひとりで行った男の話だ。
その地域は砂漠のど真ん中で、しかも地面には地雷が埋まっている。
男はうっかりと、その地雷を踏んでしまった。
地雷にはいくつかの種類があり、踏んだ瞬間爆発するものと、踏んだあと足が離れると爆発するものがある。男が踏んだのは後者だったのだ。
地雷を踏んだことに気付いた男は、そこから一歩も動かずに、なんとかして足を離す方法を考え始める……。
その映画は、中途半端なところで終わる。
結局、男は丸二日経った後、覚悟を決めて足を離す。
その場にいても死ぬのなら、せめて足を離して歩き出し、大切な人に会いに行ける可能性に賭けた方が良いと判断したからだ。
そして映画はそこで終わる。地雷が爆発したのか、それとも運よく不発に終わったかは、描かれない。
だが、どうして作者はそんなオチにしたのかと、僕はいま、恨み言を呟いていた。
どうして、男が確実に助かる方法を示してくれなかったのか、と。
そしたら、僕がこうして苦しむことも、なかったかもしれないのに
僕がいるのは平和な日本の公園。暖かな春の日差しが降り注ぎ、子供たちの歓声が聞こえる平和な場所。
そこで僕は真っ赤なベンチに座り、彼女がトイレから戻るのを待っていた。
ふとベンチに手を置いて、違和感を覚えた。
手を挙げると、僕の手が赤く染まっていた。
驚いてベンチを見ると、そこには、僕の手形が残っていた。
ああ、なんてことだ――塗りたてのペンキが、まだ生乾きだったのだ!
ということは、僕のズボンのおしりにも、べっとりとペンキがついているはずだ。
これがただの休日なら、僕は悪態をつきながら立ち上がり、己の注意不足を呪いながら家に帰ったことだろう。
だが今日は、彼女との初デートなのだ。しかもデートは、始まってまだ一時間。いま家に帰るわけにはいかない。
とりあえず、ここに座っている限り、彼女におしりを見られることはない。だがいずれトイレから帰ってきたら、僕も立ち上がらざるを得ない。
どうにかして、おしりを隠し続けられるか?
いや、不可能だ!
ではどうにかして、このベンチに座ったまま今日のデートを終わらせられないか?
彼女にはこのベンチに座らせずに、僕だけがベンチに座ったまま……。
いや、不可能だ!
僕の頭の中に、地雷を踏んだ男の後悔ににじむ顔が浮かぶ。
ああ、くそ、僕もあの男のように、覚悟を決めて立ち上がるしかないのか。
……待てよ。
普通、この手のベンチには、「注意。ペンキ塗りたて」みたいな張り紙があるはずだ。
しかし見たところ、このベンチにそれはない。
もしかして、僕から見えない場所に、その張り紙があるのでは?
そしてそれは、僕のおしりの下なのでは?
もしそうなら、僕のズボンは無事だ。僕は張り紙の上に座っている。おしりは汚れていない!
いったい、どっちだ。僕は張り紙の上に座っている?
それとも、業者のミスで、そもそも張り紙がない?
その答えは、立ってみればわかる。
僕は、あの男の覚悟を決めた顔を思い浮かべた。
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