遅刻

 うっかりスマホを忘れる、なんてことをよくやる私だけど、今日はしっかりと持ってきてる。財布もあるし、Suicaも家の鍵もある。全部ちゃんと確かめた。昨日までの私とは違うのだ。

 家を出る時間も完璧だ。彼との待ち合わせは午前十一時。うちから駅までは徒歩で十分、駅から待ち合わせ場所の駅までは電車で十五分。合わせて二十五分。だから午前十時半に家を出れば、ぴったり間に合う。

 十時半に家を出るには、九時に起きればいい。目覚まし時計をしっかりかけて、ちゃんと九時に目を覚ました。スマホの目覚ましをかけようとして、充電が切れてるのに気付いたときはちょっと焦ったけど……。

 うっかり屋の私だけど、対策は二重三重にかけてあるのだ。スマホがなければ目覚まし時計。財布がなければSuica。家の鍵がなかったら……それはどうしようもないかな。

 とにかく、同じ機能を持つものを複数用意しておけば、どれかはうまく働く。今日はすべてがうまく噛み合って、初めて遅刻せずに間に合った。

 待ち合わせ場所に彼はいない。勝った気分だ。きっと私が遅刻すると思って油断しているのだ。たしかに私はいつも、十分は遅れる。いや、五分くらいかな。まあそのくらいは遅れる。かつて、最長で三時間遅れたことがあった。でも、そんなのはごくまれだ。彼も、五分すれば来るだろう。

 五分待った。

 十分待った。

 一時間待った。

 まだ来ない。

 もしかして、場所を間違えたのだろうか。不安になってきた。

 スマホを確認すると、彼からのメッセージがいくつも入っている。

『お前今どこにいるんだ』

『どこって、駅の前だよ』

 返信すると、すぐに返ってきた。

『待ち合わせは、昨日だ』

 ……最長記録を、更新してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る