330.クリスマスパーティー①準備


 期末テスト明け週末の土曜日、クリスマスパーティー当日は、朝からどんよりした分厚い雲が、空の低いところで広がっていた。

 気が滅入りそうな天気だが、住宅街の一画にある三岳家では陰鬱な天気を吹き飛ばさんばかりの、クリスマスパーティーに向けての準備で、明るく弾んだ声が響く。


「牛乳の温度は人肌ってあるけど、これくらいかなー?」

「オーブンは使う前に予熱で温めないと!」

「ぐ、グラニュー糖って本当にこれだけ入れるのでしょうか!?」

「チョコレートの湯煎が全然うまくいかないわ。何がダメなのかしら……」


 キッチンでは春希、恵麻、みなも、柚朱たち少し不安になるようなことを口走りながらもしかし、和気藹々とブッシュドノエルを作っている。ちなみにショートケーキと直前までどちらにするか迷っていたが、せっかくならクリスマスっぽい方がいいということで挑戦した形だ。

 隼人は庭先から彼女たちの様子を、特に急遽参加することになった柚朱をハラハラと見やる。柚朱は普段は調理していないのか、お世辞にも手際がいいとはいえなかった。しかし大きな失敗をしていないのは周囲に教えを請い、耳を傾けているからだろう。

 普段からあまり交流があるわけでなく、しかも1学年上ということもあって互いに気を遣い合うか心配していたが、杞憂のようだった。

 時折「海童くんならあまり気にしない」「チョコが苦手とは聞いてない」といった、揶揄い交じりの声も聞こえてくる。そして照れた様子で漏れる柚朱の声も。

 どうやら後夜祭の一件が、上手く1年女子たちに作用しているらしい。

 もっとも、恋バナが苦手と言っていた春希は難しい顔をしているみたいだが。

 とはいえ、すっかりこれまで通りの和気藹々とした頬を緩ませていると、ふいに伊織から声を掛けられた。


「言われた通りやったら、すぐに火が付いたぜ!」


 うちわを持った伊織は頬を少しばかり煤で汚しながら、少し得意げな表情を浮かべ鼻の下を擦る。

 隼人は伊織の前のバーベキューコンロを覗き込み、感心したように言う。


「いい感じに燃えてるな。今はまだ火力が強いから、少し落ち着いたら焼き頃だ」

「そうなのか? しかし炭を格子状に組むだけで、全然火の付きが違うのな。あれだけ苦戦したのに。隼人の方は……もう終わってたか。さすがの手際だな」

「あぁ、田舎で何度か作ったことがあったし」

「それでも普通はレシピ見ずには作れねぇよ」


 隼人目の前にあるダッチオーブンの中、野菜の座布団の上で鎮座するまるごと一羽を使って下準備されたローストチキンを見て嘆息する伊織。何とも苦笑する隼人。

 ローストチキンは本日のメイン料理だった。

 クリスマスならやっぱり外せないということと、春希が夏に月野瀬でバーベキューした時、隼人がタンドリ―チキンを作っていたと言ったことから、チキン繋がりで作ることになった流れだ。無茶苦茶な流れだが、隼人が作ったことがあるから大丈夫といったら、皆に色々ツッコミを受けたのは理不尽だとは思う。

 そのことを思い出しつつ、隼人はふと気にかかっていたことを尋ねる。


「なぁ伊織、いくらみなもさんの家が大きいとはいえ、都会の庭先でバーベキューってやってもいいものなのか?」


 クリスマスパーティーの会場は大人数になったこともあり、また皆でケーキやローストチキンなどの食べ物を作ろうという話になって、それならばとみなもが自宅を提供してくれた形だ。

 訝しむ様子の隼人に、伊織がケラケラと笑いながら答える。


「ご近所さんに了承してもらえば問題ないぞ。そっちの方も、ほら」

「あぁ……」


 伊織が視線で促した先の縁側ではみなもの祖父と、いつの間にかやって来ていた隣家の奄美夫妻が酒盛りを始めていた。どうやら周辺住民からは快諾してもらったようだ。ちゃっかりと大型犬ラフコリーのれんとも来ており、行儀よくお座りしている。

 そのれんとが熱心に見つめているのは一輝。正確には一輝が串打ちしている鶏肉。

 隼人と伊織は顔を見合わせ、苦笑を零す。


「なぁ隼人、犬って串焼き食べさせていいのか?」

「タレとか玉ねぎが付いてるやつはダメだろ。けど、塩も振ってない鶏肉なら大丈夫……なのかな?」

「んじゃ、わんこ用の串を作ってあげるのも手か。それよりも――」

「一輝、だな」


 何ともいえない表情になる伊織と隼人。

 先ほどは隼人がローストチキンの仕込み、伊織が火おこしをする傍ら、一輝にはカットした鶏肉と野菜の串打ちを頼んでいた。しかし一輝の手つきは覚束なく、手間取っているようだ。できあがったものも、どこか凸凹した感じがする。

 どうやら今まで知らなかったが一輝は存外、手先は器用じゃないらしい。

 伊織がそのことを揶揄うように、作業中の一輝に声を掛けた。


「よっ、捗ってないみたいだな。オレ、一輝が不器用だとは知らなかったわ」

「……手じゃなく、足癖の悪さならそこそこ自信あるんだけどね」

「ははっ、そりゃサッカー部だからな。伊織、俺たちも手伝おう」

「オッケー」

「すまない。ありがとう」


 そう言って、てきぱきと串打ちを手伝う隼人と伊織。途中まで一輝がやっていたこともあり、3人がかりとなればさほど時間もかからず打ち終える。もちろん、れんと用の特別串も用意した。

 出来上がった串を見ながら、一輝が感心したように言う。


「隼人くんに伊織くんも、見事な手際だね」

「俺は普段から料理してきてるからな」

「おぅ、オレも店の手伝いで団子とか作るし。慣れだよ、慣れ」

「そっか」


 と言って笑う一輝。そしてぐるりと周囲を見渡しながら、ふとした疑問を零す。


「そういや、こうした集まりに姫子ちゃんの姿が見えないの、なんだか不思議だね」

「姫子も受験生だからな、さすがに本番が近いし。……もっとも、ごはんだけは食べに来るって言ってたけどな」


 隼人が肩を竦めれば、2人からも笑い声が上がる。

 そして伊織が確認するかのように一輝に尋ねた。


「逆に佐藤さんとか来そうと思ったんだけどなぁ」

「愛梨は姉さんと一緒に、どうしても外せない撮影だって。残念がってたけど」


 なんとも複雑な顔で答える一輝。

 伊織はその反応を見て、余計なことを聞いたなとバツの悪い顔を作る。


 少し空気が淀みそうになったので、隼人は努めて明るい声を意識して2人に言った。


「よし、そろそろ火加減もいいだろうし、焼いていこうぜ」


※※※※※※

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