224.話題の中心


 教室にやってきた隼人と春希は、そこで広がる意外な光景に思わず顔を見合わせた。


「森くん、それどこの美容室行ったの!?」

「誰かに指名とかした!? 有名な人!?」

「恵麻、あんたの彼氏に何があったの!?」

「上手く説明できないけど、明らかに雰囲気が違う。これは美容師さんの腕だね!」

「え、えっとオレは一輝に連れてってもらっただけで、詳しくは……」


 珍しいことに伊織が女子たちに囲まれ詰問され、タジタジになっていた。

 少し離れたところでは恵麻も女子たちに囲まれており、時々一緒になって伊織の方を向いては「「「きゃーっ!」」」と黄色い声を上げている。

 どうやらクラスのオシャレに敏感な女子たちは、イメチェンしてきた伊織の変貌っぷりに興味津々らしい。

 そして彼女たちの関心が同じ店で髪を切った隼人に向かうのも、想像に難くない。

 騒ぎはごめんだとばかりに教室を離れようとした瞬間、目敏くこちらに気付いた伊織が逃さないとばかりに大きく手を振って声を上げた。


「よぅ、隼人!」

「お、おぅ、伊織」

「そうそう隼人も昨日、オレと同じところで髪を切ってもらったんだ」

「あ、おいっ!」

「「「っ!?」」」


 そして周囲に説明するかのように謳う。

 すると一瞬にして彼女たちの視線が伊織から隼人に移ると共に、素早く包囲される。


「わ、霧島くんもイメージ全然違う!」

「たださっぱりしただけじゃなくて、雰囲気が今までと変わったというか!」

「そうそう、今までと方向性が似ているようで違うし!」

「ってか、どういう風に切ってくれってオーダーしたの!?」

「え、えっと、頼れる兄貴分みたいにって……」

「「「っ!」」」


 彼女たちは一瞬言葉を止め、互いに頷き合う。

 隼人は彼女たちの勢いにたじろいだからとはいえ、思わず自分の放った言葉がアレだったかなと思い、気恥ずかしさから顔を赤くする。

 だが彼女たちの反応は、隼人の想像したものとは少し違った。


「うんうん、そう言われるとそうだわ」

「なるほど、確かにおかんから兄貴になった感じだよね」

「ってか森くんもだけど、美容師さんの腕めっちゃすごくない? 高かった?」

5000円札樋口さんじゃ余裕で足が出――」


 そして値段以外にも矢継ぎ早に質問を投げかけられた。

 隼人はしどろもどろになりながらも、店の名前や場所、内装の雰囲気、事前に一輝に予約してもらったなど、答えられることを答えていく。

 ありきたりなことばかりな返事だが、それでも彼女たちは盛り上がり、圧倒される。

 するとその中の女子の1人が、ふと何か気付いたとばかりに「あ」と声を上げ、そして少し意地の悪い笑みを浮かべて春希に話しかけた。


「ねね、二階堂さん。こうして見てみると、霧島くんって結構イケてるよね?」

「っ!? まぁ、その、随分と垢抜けた感じにはなったと思いますが」

「これなら放っておかない女子とか出てきそうじゃない?」

「え、えっと……」

「ってか、私的には全然ありだし」

「え……………………み゛ゃっ!?」

「あはは! はい、二階堂さんの『み゛ゃっ』頂きましたー」


 予想外の質問に春希が素っ頓狂な声を上げた。

 隼人だってそんなあからさまな揶揄いに眉を顰める。

 しかしそんな春希の反応を面白がったのか、他の女子たちも意地の悪そうな顔で春希を囲む。


「たまにさー、他のクラスの子に霧島くんのこと聞かれることあるんだよね」

「あーしも! 特に文化祭の準備始まってから多いねー」

「そうそう、さりげなく物を運ぶのを手伝ってくれたりとか、シャツの裾を破いたり汚したりしたら、繕ってくれるって」

「へ? へぇ……隼人くん?」


 春希が口元を引き攣らせながら、どういうことだと詰め寄ってくる。

 しかし隼人は辟易とした顔を作り、返事をする。


「そりゃ、男子でも重そうな荷物抱えてふらついてたら手伝うだろ、人として」

「男子の?」

「当たり前だろ?」


 たしかに隼人には彼女たちの言うことに覚えがあった。しかしその相手は全て男子だ。

 さすがにクラスメイト以外の見知らぬ女子に声を掛ける度胸は無い。

 何とも言えないジト目を向ける春希。

 そんな中、とある女子が腕を組み、にやにやしながら頷いた。


「うんうん、でもそういうところが女子的にポイントが高かったり」

「そういや文化祭って他のクラスの人と仲良くなる機会でもあるよね」

「わかるー、一生懸命だったり親切さとかよくわかるし、そんな人は男女問わずキュンとくるし!」


 ピンッと耳を立て彼女たちの言葉を受けた春希は、スッと目を細め咎めるような視線を向けてくる。


「なるほど、隼人くんはこの機に他のクラスの女の子と仲良くなろうと思って、オシャレに目覚めたわけと」

「なんでそうなる!」

「そりゃあ、お年頃ですもんね? 気になる女の子の1人や2人、いても全然おかしくないですし?」

「っ! べ、別にそういうんじゃ……」


 気になる女の子。

 その言葉で一瞬、沙紀を思い浮かべてしまった。

 さすが幼馴染というべきか、隼人のその些細な変化と動揺を見抜く春希。

 どんどんと不機嫌になっていき、そしてぷいっとそっぽを向く。


「ふぅん?」

「あ、おい春希!」

「べっつにー? 隼人が誰と付き合おうがボクには関係ないしー?」

「だから、そうじゃないって!」

「さっきなんか怪しかったし」

「あー、もぅっ!」


 慌てて後を追うも暖簾に腕押し。

 揶揄っていた女子が「二階堂さんの『ボク』もいただきました!」と囀る隣で、「あの必死さ、霧島くんってば浮気がバレた亭主みたい」と零せば、くすくすという忍び笑いが教室に広がる。隼人は「うぐっ」と声を詰まらせる。

 そして女子たちは春希を囲み、「まぁまぁ男子って――」「色んな子に目が行くのは――」「でに実際かなりレベル高――」「良物件なのは確か――」とあれこれ囁けば、表情をあれこれさせる春希を中心に盛り上がっていく。

 隼人は渋い顔を作って女子の集団を眺めていると、伊織がやってきて肩を叩き、揶揄うように言った。


「まぁ、そこで巫女ちゃんのことを考えたらダメだろ」

「うっせ!」

「え、マジで図星――痛っ!?」


 まるで見透かされたかのような物言いにドキリとしてしまった隼人は、お返しとばかりに伊織の脇腹を抓るのだった。

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