番外編

番外編:春希のにゃーん


 それはとある夕方の事だった。


「すっかり忘れてた……やってしまった……」


 玄関先、そこで春希は受け取ったばかりの荷物を前に頭を抱えていた。

 いわゆる通販である。


 お一人様道に精通している春希は、当然のこととしてネット通販の有段者だ。

 衣類に小物、洗剤や石鹸と言った日用品から、ゲームにフィギュア、ガレージキット用塗料といった娯楽品に、時に保存の利く食料品まで吟味して購入する。

 ポイントカードの付与状況からセールの時期に季節の割引フェアもきっちりと把握しており、無駄がない。むしろゲーム感覚で楽しんですらいる。


「これ、どうしよう……」


 そんな無駄遣いをしない春希であるが、段ボールの中から取り出したそれを手に取り困った顔を浮かべている。


 目の前に広げられたのは衣類というより衣装と言った方が良いものだった。

 やたらとフリルがあしらわれ胸元が強調されたミニスカメイド服、ひらひらのリボンとレースが使われた巫女服っぽいなにか、元からドレスなのだがドレスとしか言いようのない豪奢なチャイナなドレス。


 これらは映画館に行くとき、隼人を驚かそうと買い物に行った日、そのテンションのままでポチッたものだった。完全に衝動買いの無駄遣いである。段ボールの奥底からはダメ押しとばかりに猫耳としっぽがひょっこりと顔をだす。


 たしかにこれらを着て見せれば隼人は驚くだろう。その反応を想像しただけでも口元が緩む。

 しかしさすがにこんな仮装とも言えるレベルのものを着て外を出歩く勇気はない。

 春希は、はぁと悩まし気なため息を吐きながら、それらをしげしげと眺めた。


「……隼人のせいなんだからね」


 そして勝手に人のせいにして独りごちる。

 今までならこんなものには見向きもしなかっただろう。服なんて着られればなんでもよかったのだ。

 そんな自分の変化に困った顔をしつつも、頬をほんのりと赤らめ嬉色を滲ませている。


「よし、せっかくだから着てみよう!」


 思い立った春希は衣装を引っ掴んでそそくさと自分の部屋へと戻り、そしてすぐさま着替えだす。一度決めて走り出した春希はノリノリだった。


「うひぃ、スカート短っ! ちょっと屈んだだけで見えちゃうっ!」


 着替え終えた春希は姿見の前でくるりと身をひるがえす。


 ご機嫌な様子の春希が選んだのはふりふりなミニスカメイドだった。

 理由は単純。

 せっかくの猫耳としっぽを付けようと思うと、巫女とチャイナだとスカート丈的に隠れてしまうからだ。


 黒のミニ丈のワンピースを白のフリルとエプロンが、スカートや襟や袖口の各所を可愛らしく彩っている。

 少々ボリュームに欠ける春希の胸元が強調されるデザインなのだが、物足りなさというよりかは慎ましくもある春希の清楚さと可愛らしさを、絶妙なバランスの上で色気をも醸し出してさえいた。


「ボクも捨てたもんじゃないよね……?」


 疑問形になってしまうのは、今まで着飾ることに興味が無く、こうしたものがどれほど魅力につながるのか自信が持てないからである。

 しかし今の春希に迫られれば、健全な年頃の男子の理性ならば十分に殺しにかかる程のものと言って良い。

 そしてヘッドドレスの代わりとばかりに猫耳を付ければ、春希の目から見ても姿見の中の自分はあざとく狙ったような感じがして、気恥ずかしさから思わず真っ赤な顔で「にゃあ」と呟き俯いた。


(う、うわぁ、うわぁ、コスプレだよコスプレ! しかもちょっとえっちなやつ!)


 妙に気恥ずかしくなり、胸も変にざわつくのだが、隼人の事を考えると悪い気がしないのがタチが悪い。

 鏡の前でどう揶揄ってやろうかと猫っぽく挑発ポーズすらしだす始末。にゃーん。


 春希は変にこだわりのめり込むところがある。ゲームのトロフィーコンプリートは礼儀と言っていい。


 ぱしゃぱしゃと自撮りで絶賛黒歴史の量産体制に入る中、ふと物足りなさと違和感に気付く。しっぽである。

 思い出したとばかりにしっぽを手に掴んだ春希は、眉を寄せた。


「……これ、どうやって使うの?」


 猫のしっぽとしか形容できないそれは、根本に春希の親指より一回り程大きなプラグが付いているのみ。


 使い方が分からなかった。


 衣類に装着させるワイヤーか何かの類のモノもないし、ひっかけて使うような造りでもない。どう見てもどこかに挿入する形状をしている。

 もしやこれ専門のインナーが必要なのかもしれない――そう思った春希はスマホで検索をかけた。

 そして一瞬にして頭が沸騰した。



「あっ、あ゛に゛ゃっ!!??!?!?」



 夕暮れの住宅街に、春希の素っ頓狂な鳴き声が響くのだった。

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