野菜の花束

26.姫子×マスコット


 マンションから歩いて20分。

 月野瀬の田舎と違って小学校と一緒くたになっておらず、木造一階建てでなく鉄筋コンクリート3階建ての校舎。それが姫子の通う中学校である。


 制服も以前の野暮ったいジャンパースカートでなく、可愛らしいチェック柄のスカートと襟の所に同じ柄をあしらったセーラー服は、お気に入りだ。


 その姫子であるが、この都会の学校に於いてもなかなかの美少女ぶりであった。

 勝気でクリっとした瞳、緩くウェーブのかかった髪、スタイルもごく一部のこれからの成長に期待的な部分を除けば、スラリとしており悪くない。

 転校生と言うことも相まって、非常によく注目を集める存在だった。


 そんな姫子が遅刻寸前に教室に飛び込み、「はぁ……」と切なげにため息を吐けば、それはよく目立つ。

 早速仲良くなったクラスメイトの女子、鳥飼穂乃香(とりがいほのか)が何事かとばかりに話しかけてくる。


「姫子ちゃん、ため息って……何かあったの?」

「あーうん、ちょっとね」

「またテレビの放送日がズレてて焦っちゃったとか?」

「一週見逃したーって騒いだけど、今は大丈夫」

「木の電信柱が見当たらない違和感とか?」

「それはもう慣れてきたかな」

「じゃあ今日も道路で死んでるカエルやトカゲを一切見かけなかったこととか?」

「本当に見ないよね――って、あああたし田舎者ちゃうし!」

「あはは、そうだねー」


 顔を真っ赤にした姫子は立ち上がって必死に否定をするが、鳥飼穂乃香や周囲の皆は、その姿を微笑ましく見守っている。

 田舎者であることを隠している姫子であるが、コイン精米所がないことに驚いたり、私鉄の概念を知らなかったりと、転校初日にしてその残念さが露呈してしまい、以来いじられ系マスコット的な立ち位置になっていた。


 ちなみに姫子本人は、まだ田舎者とバレていないつもりである。


「で、どうしたの? また・・何か、前に住んでたところと違って驚いたことがあったの?」

「うん、そんな感じ。今回はモノじゃなくて人だけど」

「人?」

「おにぃの昔の友達。あたしも数年ぶりに再会してさ、すっかり様変わりしちゃってて、うーん、なんていうか心がモヤモヤするんだよね」

「どんな人だったの?」

「うーん、おにぃと一緒に野山を駆け回って、悪戯好きでよく怒られてて、それでもあたしのことも気に掛けててくれて構ってくれた悪ガキって感じの人だったんだけど、なんか見た目優等生~って感じになっちゃっててさ」

「ふぅん……好きだったの?」

「あー……うん、そうかも。好きだったのかな」


 ――好き。


 その言葉がストンと姫子の胸に落ちた。

 幼い子供特有の、漠然とした淡い気持ち。初恋と呼ぶのもためらうあやふやな感情。それでも好きという言葉に当てはめると、それらが収まっていくのを感じた。


 きっと好きだったのだ。それがどういう好きだという気持ちなのかは分からない。だけど、確かに姫子は春希のことを男の子だと思っていた上で、好きだったのだ。

 しかし、もしそれが本物の気持ちだとしても、姫子の想いが叶う事は決して無い。春希は女の子であることはくつがえらない。

 甘く切ない痛みがズキリと胸を襲う。知らず、姫子は自分の薄い胸に手を当てていた。


「ズルいなぁ」

「姫子ちゃん……?」


 再会し、当時から考えられない姿になっていた幼馴染。悪ガキ大将といった面影はどこにもなく、同性ながらため息が出てしまうほどの清楚可憐な容姿。

 だけどかつてと同じ様に、兄の隣に立っている姿を目の当たりにすれば、なんだかズルいという言葉以外に例えようのない気持ちだった。


 鳥飼穂乃香はそんな切なそうに呟く姫子を見れば、さすがに揶揄からかう気持ちは起こらなかった。

 むしろ彼女の中の恋愛乙女センサーが活発に反応してしまい、お節介を焼きたいと思わせてしまった。それは他のクラスの女子達も同じだったようで、次々に集まり姫子を囲む。


「霧島さん、その人のこともっと詳しく!」

「その人のことがよく分かるエピソードとかないの?!」

「ズルいって、その人のこと今はどう思ってるの?!」

「あれだよ、しっかりと自分の気持ちを伝えないと、あとで後悔しちゃうよ!」

「え、その、あぅ……後、悔……」


 月野瀬の田舎では同世代の女子に囲まれるという経験が無かった姫子は、一斉に群がられて代わるがわる声を掛けられ目を回してしまう。

 しかしのその中で1つ、聞き逃せない単語があった。


 ――後悔。


 姫子には1つ、ひどく後悔していることがあった。


(沙紀ちゃん)


 月野瀬の田舎で唯一と言っていい同世代の親友。ずっと一緒に育って来た女の子。

 急な引っ越しだったこともあり、その直前まで告げることが出来なかった。


『もっと早く言って欲しかった! 私、姫ちゃんともっとやりたいこともあったし、それにお兄さんともまだ……っ』


 それはもう号泣だった。なだめるのにも苦労した。最後は一緒に泣き叫んだ。

 笑って許してくれて今も連絡は取ってはいるけれど、やはり物理的な距離は如何いかんともしがたいものがある。

 どうしたわけか沙紀と隼人はずっとギクシャクしたままだったし、そのわだかまりを残したままの引っ越しとなってしまった。

 姫子はそんな沙紀のことを思うと、より一層強い後悔が胸を襲う。


(沙紀ちゃん、今でもおにぃのこと気に掛けてるみたいだしね)


 そう思うと姫子は、こうしちゃいられない、何かやらなければという思いが湧いてくる。そして、パンパンと頬を叩いて立ち上がった。


「よし、あたし頑張る! まず、はるちゃんと色んな話をして、仲良くなる! 親友になる!」


 そして姫子がえいえいおーとばかりに拳を振り上げれば、周囲から鳥飼穂乃香たちは「「「おおぉおぉ~」」」と声を上げてパチパチパチと拍手をする。そんな彼女達は、どうしたわけか獲物を見つけた肉食獣のような目をしていた。


「うんうん、今後の話をしようか、姫子くん」

「お姉さん達にもっと色々話してごらん? 力になってあげよう」

「これは久しぶりにタピりながら会議をせねばなるまい」

「って、今更タピオカ会議? 今もう売ってるところなくない?」

「あぅ、いや、その……って、タピオカ⁉ 今流行りの⁉ うそ、あたし飲んでみたい!」

「「「……」」」


 もはや旬はとっくに過ぎたタピオカである。彼女たちとしてはネタとして出しただけなのに、姫子は耳聡く食いついてしまった。

 田舎では流行が回ってくるのが遅く周回遅れになる――それを見事に体現する姫子であった。


「うんうん、それでこそ霧島さんだ」

「よーし、お姉さん奢っちゃうぞー!」

「姫子ちゃんはいつまでもそのままでいてね?」

「え? あれ、皆?」


 周囲の反応に戸惑う姫子。

 教室中の顔はひどく優しく微笑ましい。中には肩を震わせ笑いを堪えている者さえいる。


 こうして姫子はまた、クラスのマスコットとしての地位をより一層確立していくのであった。

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