▪喫茶店と幼なじみ

 8月6日。夏休み真っ只中の午後に、俺は鈴本喫茶店にお邪魔していた。


「それでさ〜、ウチの彼氏がね〜」


「うん。……あの、ツッコミどころは多々あるんだけども」


 例えば、どうして彼女の実家で恋バナをしなくちゃならないのかだとか、そもそも鈴本本人が不在だろうがとか、言いたいことは山ほどあるのだけれど。


「俺たち、男だよな?」


「え、そりゃそうだけど」


「じゃあなんでちょっとJK味だしてんだよ! つーかお前は180cm越えのスーパールーキー、『中盤の鬼』と称えられるサッカー部の青瀬じゃねーか!」


 どういうキャラなんだ。あと舌出して誤魔化してんじゃねぇぞ。


「ご丁寧な解説どうも。それで何の話だっけ?」


「架空の彼氏の愚痴はもう良いわ。それよりも、今日は祭りがあるんだろ?」


「あぁ、そうだった。ここの近所だよね、確か」


 隣町に住んでいるため俺はよく分からないが、近くの公園で祭りがあるらしい。


 そのため、部活終わりに詳細を聞くべく鈴本実家直営の喫茶店にやってきた、というわけだ。本人の代わりに青瀬ともう一人のサッカー部員がいたけども。


 そいつは帰った。ちなみに、俺も青瀬も学校指定の紺のジャージを着ている。少々ダサい。


「んじゃ、あともう少しで6時になっちゃうし、早速行こうか」


「んだねぇ」


「楽しみだね」


「んだねぇ」


「あ、ノリちゃん。会計しといて」


「んだ……いや、お前しか飲んでないだろ」


 机上には、空のコーヒーカップが置いてある。俺が来る前に口をつけていたようだ。


「さ、行こうか。美少女探しと行こう!」


「そうだな……」


 よくわからないボケはスルーして、俺たちはバカ騒ぎしつつ女子共の浴衣姿を見るという欲望に駆られて公園へと繰り出すのであった。


 *


「そういうわけで、成谷。私が迷子になったら助けてくれよ」


 そう言われてからというもの、未だに彼女の姿を見かけていない。


 ……おかしい。そもそもあいつはイオンからチャリで帰ってくるはずで、おまけに近所だし迷う要素なんてひとつも無いはずだが。


「来ねぇ」


 俺は一人でりんご飴を舐めながら体育座りをするという、果てしない辛さを味わっていた。


 ちなみに、青瀬はサッカー部の奴らと祭りを回るらしい。じゃあなんで俺と来たんだよ。


「あーあ、ぼっちに成り下がってしまった」


「どうしたの?」


 すると、目の前に短髪の美少女が現れた。


「……なんだ、実咲か」


「えへへ、ビックリした?」


 そんな彼女は、ピンクを基調とした浴衣姿で来ていた。うむ、素晴らしい。最高に目の保養になる。


「そりゃあな。ってか、今日は誰と来たんだ?」


「一人だよ。智人が来てたらいいなって」


「冗談キツいっての」


 俺は美少女の優しさを手で押しのけ、わざとらしくりんご飴にかじりついた。鈴本とは連絡がつかないし、しばらくは実咲と過ごすか……


「本当は、花火の時に会いたかったんだけどね」


 寂しそうに、実咲は笑う。どういった意味なのか、俺には図りかねる。


 やがて、彼女は俺の隣に座った。人混みから少し外れて、かつ周りも見渡しやすい特等席だ。


「……あの、さ」


 急に声色を変えて、彼女は俺に問いかけた。


 なんだろう。しょっぱい雰囲気はあまり好きでは無いのだがな。


「もし、私が好きって言ったら……好きになってくれる?」


 なるほど、爆弾発言だった。しばらく俺の中の時が止まった。


「…………」


 即答できない自分が情けなかった。だってそうだろう。もう俺には付き合っている人がいるというのに、即座に断ってやることもできないのだから。


「ごめん。やっぱり、俺は鈴本が好きなんだ」


 結局、少しばかり時間を要しながらも、そう言いのけた。


 遅かったとはいえ、俺は自分のセリフに驚いた。数ヶ月前の自分なら、こんな言葉は想像もできないはずだ。


 やがて察したのか、実咲は乾いた笑いをした。


「……あはは。私、運が無かったと思うんだよね。バカみたい」


 どうやら、自分に言っているようだった。かける言葉もなくて、俺は俯いた。


 ……もし、あの時ラブレターを入れ間違えて無ければ、俺たちはどうなっていたんだろう。


 まぁ、それは考えても仕方の無いことだと思う。だって、過去ですらないifに意味なんてないのだから。


 今あるのは、鈴本と付き合っている、という事実だけだ。


「ね、智人」


 そして、振られてもなお実咲はいつも通りの笑顔で俺の名前を呼んだ。


「……なんだよ」


「もうキスってしたの?」


「こりゃまた突然だな……」


 実咲の笑みに不信感を覚えながらも、俺は胸を張って答えた。


「してないぜ!」


「やっぱり……ってええ!? 本当に!?」


 なんだこいつ。過去一番驚いてやがる。


「心外だ……ま、まだ付き合って数ヶ月だし、普通だろ」


「いやいや! 普通はエキサイトでハイテンションなボディランゲージするでしょ!」


「妙な言い回しだな」


 彼女はひとしきり騒いだ後、全く喋らなくなった。ただひたすらに、前を見つめていた。喜怒哀楽の全てを詰め込んだような表情で、一言呟いた。


「じゃあ、やーめた」


 驚いて、俺は彼女の顔を覗いた。すると、小さな頬に涙が伝っているのが見えた。


 どうしていいかわからなかった。幼なじみの女の子を泣かせるなんて、俺はいま世界で一番最低な男なのではないか……?


「ど、どうしたんだよ。よく分かんねぇこと言いやがって」


「ふん! 智人なんて嫌い」


 そう言うと、彼女はどこかへ走り去ってしまった。よく分からないが、怒らせてしまったことだけは確かだろう。


「後で謝らないとな……ん?」


 鈴本を探そうと立ち上がった時、リュックがないことに気がついた。


 そういやさっき、実咲が俺の背中をジロジロ見ていたような……


「あー。盗まれた!」


 タイミング的にも犯人は実咲で間違いない。焦っている間に、着替えと定期券が入ったリュックを奪っていったようだ。


 もうよく分からない。ただの窃盗犯だが、後で親御さんに電話しておこう。幸い、俺は実咲の親御さんと仲がいい。


 それより、気になるのは鈴本だ。


 花火が始まるまでもう少し。本当に、あいつと再会できるのだろうか……


 待ってても仕方ないが、なんとなくここから離れることができなかった。今はもういない、彼女の残像を沈めることに精一杯だった。

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