▪デート後編


 そうして戦いを終え、俺たちはクレーンゲームの方へと移動していた。


 俺は先程の勝利でノリに乗っていたので、鈴本にぬいぐるみの一つや二つでも取ってあげようと思っていた。


「パンチ力だけじゃないってとこを見せてやるよ」


 そう息巻いていたのだが、英世を三枚投入しても埃の一つも取ることが出来なかった。


「…………だっせ」


 全く慰めてくれない鈴本と揉めたりもしたが、ちょうどお腹が空いてきたので、ここで昼飯の時間にすることにした。


 行先は、学生の味方『サイゼリヤ』──ではなく。


「おい、成谷。お前日本人だろ? じゃあ、寿司食おうぜ」


 という、訳の分からない理屈で言いくるめられ、回転寿司に来ていた。


 イオンモール地下一階まで降りて、一番端の広いお店。家族連れが多くいる中、俺たちの初カップル飲食は日本人のソウルフードとなった。


 ようやく食にありつける。あとは、二人で仲良く──とは当然、行かない。初デートにハプニングは付き物だ。


「うわ!! 私、ワサビ苦手なんだよ! 成谷〜。悪いけど食べてくれ!」


「なー。隣のクラスの橋本って、三股してるらしいぜ」


「やばい! 醤油が跳ねる、助けて!」


 などと、クソどうでもいいことで心をすり減らした。橋本の話はちょっと気になるがな。


「あー食べた食べた、ごちそーさま」


 満足気な顔で、鈴本は手を合わせる。


 結局、そこまでの量を食べることは無かった。二人合わせて20皿くらいだろうか。食いすぎて動くのが苦しくなるのは嫌だし、眠くなってしまうからな。


「ご馳走様。お代は俺が払うからいいよ」


「えっ、まじで?」


 有り得ないものに出会ったような顔でこちらを見る鈴本に、俺は頷く。


「そりゃそうだろ。彼女に食費払わせるとか屈辱でしかないわ」


「へー。そういうとこもあんのね」


「なんだよ」


「なんでも。あ、奢りあざっす」


 鈴本はプイッと顔を逸らした。悪い、俺にはこいつの思考が読めそうにもない……


 そして、彼女は「調子狂う」と小声で漏らした。


 *


 俺はしばらくアイツの服屋散策に付き合った。そしてこのあと、彼女の実家である『鈴本珈琲店』に向かうはずだったが。


 鈴本は帰ろうとする俺の袖を、グイッと引っ張った。


「……プ」


「はあ?」


「プリクラ撮ろう──撮るぞ!!」


「え、ちょ、えぇ!?」


 先程までのごろっとした目付きとは打って代わり、一気に楽しそうな表情になって鈴本は歩き始めた。


「おい、言っちゃ悪いがこんなのに何の意味があるのか? 小説だったら地の文の一言で済まされる展開だぞ?」


「何言ってるのか全くわかんねーけど、カップルと言ったらプリクラなんだよ!」


 鈴本はそう息巻く。いや、性格が残念なだけで、お前は十分可愛いだろ。それ以上どうやって加工するんだ──と口に出して言えないあたり、俺は実に臆病なようだ。


「わかった。お手柔らかに頼むよ」


「任せろ。可愛くデコってやっから」


「そういうことじゃねーよ!」


 結局、俺はテンション上昇中の鈴本とツーショットを撮った。加工後の写真を見たが、俺の方が可愛くなっていた。


 鈴本は頬をふくらませて、プリクラ機に頭をガンガンぶつけていた。うむ。その時の顔は、パンチ力対決で負けた時より悔しそうだったぜ。


「今日はありがとな、鈴本」


 帰り際、恥ずかしながら送ってもらった俺は、彼女と近くの駅まで来ていた。


 もうすぐ日が沈みそうだ。大きい建物を背にして笑う自分は、彼女の目にどう映っただろう。


「うん。正直、お前とデートなんて不安なことだらけだったけど、杞憂だったわ」


 相変わらず鈴本は素っ気ない。


「やっぱり……」


「ん、何?」


 俺が聞き返すと、彼女は顔を逸らしていた。


「あ、別に……コホン」


 咳払いをして誤魔化された。さて、別れの時間というのは刻一刻と迫ってくる。外で彼女を長時間立たせるのも悪い。


「それじゃ、気をつ……」


「成谷」


 鈴本は言った。


「ありがとう。また誘ってよ」


 そう言ってクシャッと笑う彼女の顔は、とても可愛かった。


「……あぁ!」


 鈴本の、知らないところが知れていく。


 どこへ向かっているのかわからない俺たちの、たった一つの、大きな希望である。

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